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第6話

「最近そういうお客が多くてね。残念だけど、うちはもう前の店とは一切関係ないんだ。これまでに何度もあんたらみたいな人が訪ねてきてね、悪いがこっちはもううんざりしてるんだ。雑貨屋でもミルクは使うんじゃないか? 売り物のミルクならいくらかは用意出来るんだがな。また気が向いたら買いに来てくれ、そうじゃないなら、早めに帰れ」

「ごめんなさい」


 驚いた。

丁寧に謝罪をし、急いで立ち去る。

私と同じようにエンリケも動揺しているようだ。


「知らなかったよ。もうロドリゲスさんの店がなくなっていたなんて」

「じゃあアシオスの卸問屋って……」

「専門でやってるのは、ガルシアじいさんのところだけだ」


 これが田舎町であるなら、特に問題にはならなかっただろう。

アシオスは王城の足元にある市街地だ。

農家や旅人が手に入れた獲物や薬草をふらりと売りつけにくることはあっても、よほど信頼のある相手である限り買い取るようなことはしない。

市だって定期的に立ちはするが、日常生活を続けるためには、店が必要でありそれを支える仲買人が必要だ。


 だけどそのガルシアの店も、すっかり様変わりしてしまっていた。

三階建ての大きな倉庫に一人で住んで商いをしていたお爺さんは亡くなって、古い木造の建物からすっかりモダンな石造りの宿屋へ生まれ変わっていた。

私たちは呆然とそれを見上げ立ち尽くす。


「どういうこと? アシオス中の卸がなくなったってこと?」


 エンリケがぼそりとつぶやく。


「なんだよ。じゃあアシオスにある商店が品物を注文出来る卸しって、ほぼ一件だけになっちまったってことか」

「そんなお店、他にあった?」


 苦い顔をするエンリケの、難しい表情を見つめる。


「あ……、あの貴族の店ね!」

「そうだよ。これまでもそこから品を入れたことはあっただろ? フィローネ」

「そうだけど……」


 新しく店を始めたから商品を入れてくれと、店の人が営業に来ていた。

一般的な相場より随分と安い値段を提示され、確かに見せられた品は悪いものではなかったけれど、随分と上から目線で、自分たちの提示した金額でこっちが喜んで買い取るのがさも当然といった振る舞いが鼻についた。

多少怪しげな雰囲気だったけど、条件は悪くないし、新しく商売を始めるためのサービスだと思えば納得もいく。

これからお世話になることもあるだろう。

こっちにだって付き合いはある。

無理を言ってお願いすることもあれば、頼まれることもある。

そんな感覚で仕方なく何度か買い取ったことがあったから、記憶には残っていた。


「そういえば、ホセもそんなこと言ってたな」

「あんまりいい噂は聞かないけどな。結局そこしかない」

「なんて名前だったっけ」

「確かサパタ商会とかなんとか」

「じゃあその、サパタの店で頼むってことね。かなり条件が厳しくなるとは思うけど」

「だけど現状、そこで仕入れるより手段がない。アシオスで取り引き出来る大きな卸は、実質そこだけになったからな」


 翌日、束にしてまとめたこれまでのリッキー商会との取引伝票を片手に、エンリケとサパタ商会へ向かう。

アシオス郊外に建てられた貴族の別荘は、緑豊かな草原の丘の上にあった。

元貴族の屋敷を改修したとだけあって、建物は立派だった。

黒地に金の植物が巻き付いた豪華な門扉を抜けると、整然と整えられた前庭があり、色の濃い青で統一された、五階建ての華やかな建物が訪れた客を迎える。

前庭には多くの馬車や荷馬車などが停められていた。

大繁盛しているのも無理はない。

外部からアシオスに入るほぼ全ての商品が、ここへ集まることになってしまったのだ。

私たちは想像以上の規模の大きさに若干の戸惑いを隠せないまま、エントランスホールに入る。

そこで接客に当たっていた人たちの中には、街で見かけたことのあるような人もいた。

まるで貴族に雇われた使用人のように、みんなお揃いに仕立てあげられた服を着て、それぞれの商談テーブルで働いている。

屋敷にある沢山の客間は、今は遠くから荷物を運びにきた行商キャラバンの一行を宿泊させるための宿になっているという。


「思ったより、ちゃんとしてるんだな」


 エンリケは初めて入る貴族の屋敷と、待ち時間を過ごすために勧められたソファの座り心地に、すっかり気を許してしまったようだ。

テーブルに置かれたポットからカップにお茶を注ぐ。

華やかな紅い色と気品ある香りは、今までに飲んだことのないお茶だった。


「なんだこれ? こんなの、飲んだことないぞ。うちでも仕入れてみるか?」


 エントランスホールの脇には、大広間が見える。

珍しい動物の毛皮や角、見たことのない花の鉢が飾られていた。

扱う品の一部を展示してあるみたい。


「すっげーな。貴族が本気で商売に手を出したら、俺たちじゃかなわねぇよ」

「そうね。だけど、だからって負けちゃいられない。逆にしっかりしなきゃ」


 リッキーさんが縄で縛られ連れて行かれたあの小さな背中が、ホセの貧しい小さな部屋で見せた震える目が、忘れられない。

守護隊の牢へ捕らえられたままだというリッキーさんは、まだ解放されていない。

奥さんや子供達はどこかへ姿を消してしまった。

そんなことが起こっている世界とは正反対のような場所で、私になにが出来るんだろう。


「トリノ雑貨店さま。こちらへどうぞ」


 私と変わらないくらいの年齢の女の子に、案内される。

丁寧にまとめられた髪とお揃いの制服は、いつも買い物にいく街の売り子たちの、粗野でフレンドリーな態度とは全然違う。

洗練されたスマートな物腰は、本当に自分が貴族の宮殿に招かれたみたい。


「いらっしゃいませ。こちらにおかけください」


 そう言って立ち上がった男の子に、エンリケは無言で衝撃を受けていた。

この人のことは見覚えがある。

私とはあまり話したことはないけど、エンリケと一緒にいるのを何度か見た。

彼の友人とまではいかない、知り合いの類いだ。

きっちりと整えられた身なりと、すっかり上品になってしまった言葉付きと仕草に、エンリケは自分と見比べて勝手に小さくなっている。

私たちは全くの普段着で来てしまっていた。

ここでは今までリッキーさんと取り引きしていたようにはいかない。

商談用のテーブルすら小さいながらもちゃんとしたもので、薄い板ガラスが敷かれ紙とインク瓶に刺さった羽根ペンも新しいものが用意されている。

口頭での口約束と、壁にかけられた木札なんかじゃない。

その男の子の隣に、案内してくれた女の子も腰を下ろした。


「サパタ商会のアレハンドロと……」


 彼女はしっかりとした明るく賢そうな目で、真っ直ぐに私を見つめる。


「カンデラです。よろしくお願いします」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 交渉は恐ろしく順調だった。

こちらが提案したリッキー商会との取り引きと、ほぼ変わらない条件で同等の品を用意することを約束してくれる。

仕事の話をしているというより、まるでただこちらの話にメモを取っているみたいなだけの感じだ。


「本当にこの内容で、用意出来るの?」

「お約束します。もちろん品がご用意出来ない場合は、お代はいただきません」

「産地はどこの山の薬草になるの? 摘んでから乾燥と出荷、入荷するまでの期日は? そういうところまで、こちらの商会は把握してるのですか?」

「うちはリッキー商会ではございませんので。そこまでの保証は出来かねます」


 アレハンドロと名乗った彼は、すました顔で何でもないことのようにそっけなく言い放つ。

彼のぴったりと撫でつけた髪と緑の目が、事務的な印象をより強くしていた。


「ですが、同等の品質は保証します。届き次第ご自分の目でお確かめください」

「私はあなたに聞いてるのよ。それがすぐに答えられないなんて、どういうこと?」


 彼の隣で座っているだけかと思われた女の子が、不意に完璧な営業用の笑みを浮かべた。


「ここはお客さまと商取引をする場です。流通と品質に関しては、別の部署が担当しておりますので、よろしければ後日ご報告いたしますが」

「報告だけなの?」

「集荷と発送のための倉庫はここではないので。うちでの取引量を考えると、個別の問い合わせは難しいかと。盗賊などの防犯対策や倉庫の安全確保のため、基本的には極秘事項になっております。サンプルとして一部の取り寄せなら可能です」

「案内出来ないってことじゃない」

「秘密保持が可能かどうかの信頼問題です。うちとの取引実績による審査もあることはご理解ください」


 貴族の屋敷を改修したという深い緑のカーペットが敷かれた重厚な面持ちのエントランスホールの壁際に、簡単な食器棚が置かれ、白磁のティーセットが並べられている。

貴族の館で雇われたような使用人たちが、ひっきりなしにホールに設置された無数のテーブルにお茶を運んでいる。

耳に聞こえてくるこのざわついた声たちは、みんな商取引の声なのかと思うと、これまでの取引とこの店の規模の違いを思い知らされる。

隣町から来た農家のおじさんが売りに来た野菜を、「うちで売ってやるから安心しな」なんて言いながら買い取る様子が間近で見られた店は、もうなくなってしまったんだ。


「トリノ雑貨さんが望む薬草などの資源は、山の天候やその年の収穫具合によって値段や仕入れの変動があります。できる限り質のいいものを集めるようこちらも努力はいたしますが、多少の遅れや相違はご理解ください」


 カンデラがハラリとめくった帳簿に、薬草の種類と産地、買い取り量が書き並べられているのがちらりと見えた。

ここはもう、私の知っている世界ではなかったみたい。


「分かりました。まずは最初の入荷を楽しみにしています」

「どうぞよろしくお願いします」


 彼女の差し出す手を、私は握った。

エンリケも手を差しだし、四人は互いに握手を交わす。

二人からの見送りをうけ、少し人の減った屋敷を出た。

見慣れたあぜ道と目の前に広がる田園風景に、ようやく肩の力が抜ける。

エンリケは大きく深呼吸したかと思うと、思いっきり背伸びをした。



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