表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/43

第5話

 それから数日が過ぎたある日の朝、知らせを持って駆け込んできたのは、トリノの雑貨屋を手伝いに来ているエンリケだった。


「大変だ! リッキー商会の処分が、広場の掲示板に張り出されたんだ!」


 彼の話によると、リッキー商会から卸した小麦が原因で、死者が出たという。


「そんな人が、本当にいたの?」


 詰め寄る私に、エンリケは首を激しく横に振った。


「そもそも、食中毒が出ただなんていうのが、おかしな話だったんだ。アシオスのどの医者に聞いても、そんな患者は診たことないって言ってるのに。守護隊に問い合わせても、個人の安全と保護を理由に詳細は教えてもらえない。もうリッキーの店はお終いだ」

「お終いって、どういうことよ!」

「リッキーさんが守護隊に連れて行かれた。今、地下牢に拘束されてる。食中毒の原因となったネズミの死骸とその糞を放置し、流通させた罪だ」

「そんな!」


 つい数日前、訪れた倉庫はいつものように清潔で、どこにもネズミの気配だなんてなかった。

もちろん彼の店から卸した品物に、ネズミが混入してたなんてことは一度もない。


「いつ解放されるの?」

「そんなの、誰にも分からないよ。とにかく、故意にやったんじゃないってことを証明しないと」

「知っててわざと不良品を売った疑いがかけられてるの?」

「その辺りがはっきりしないから、連れて行かれたんだ。いずれにしろ、状況は厳しい。守護隊の判決に逆らえる人間なんて、この世にいないからな」


 大変だ。助けに行かなくちゃ。

なにが正しくて、なにが間違ってるとか関係ない。

守護隊がどう思うか。

それがこのアシオスでの全てだ。

朝食のテーブルから立ち上がった私に、カミラが声を上げた。


「どこに行くのフィローネ! ここに居なさい!」

「そんなの無理!」

「待て、俺も行く!」


 裏口から家を飛び出した私の後ろを、すぐにエンリケが追いかけてくる。

私たちはあぜ道を駆け抜け街の中に出ると、噴水広場を目指した。


 エンリケの言う通り、アシオス守護隊本部前には、噂を聞いて集まった人たちで埋め尽くされていた。

私たちは人混みをかき分け正門の前に出ると、縄で後ろ手にしばられたリッキーさんが、ちょうど本部建物の中に消えてゆくところだった。

先日倉庫広場で見かけた男たちが、心ない野次を飛ばしている。


「お前のせいで俺たちの生活はめちゃくちゃだ!」

「騙されてたんだよ、俺たちはずっと!」

「最悪だ。裁きを受けろ!」


 私はカッとなって、つい声を荒げてしまう。


「あなたたちに、彼が何をしたっていうの? いま凄く元気じゃない! いつ食中毒で倒れたのよ、言ってみて!」

「あぁ?」


 男が私をにらみつけた。

浅黒い肌にツルツルの頭。

リッキー商会で私を脅してきた男だ。


「あんた、倉庫広場で積み荷を動かして働いてた人じゃない。なんでそんな人がここで野次を飛ばしてるの?」

「チッ。やかましいわ。帰るぞ」


 一緒に野次を飛ばしていた数人も、やっぱり倉庫広場で見かけた連中だ。

いくら守護隊の命令で広場の監視をしていたとはいえ、どうしてこんなことが出来るんだろう。


「おい、フィローネ。お前やりすぎ。いきなり突っかかるなよ」


 一緒に来ていたエンリケの手が、私の肩を掴んだ。


「いくらなんでも、ちょっとは考えて行動しろよ」


 私にとってリッキー商会の倉庫広場は、宝の山だった。

小麦や干し肉などの食料品はもちろん、家財道具の他にも珍しい置物や道具類も集まっていた。

遠方の果物の干したものや、珍しい動物の毛皮や羽根が手に入れば、リッキーは遊びに来た子供たちに喜んで見せてくれた。

彼の奥さんやまだ小さな子供二人もよく知っている。

仕事にも厳しい人だった。

相談すればどんな無理な品でも手を尽くし探してくれた。

倉庫はいつも活気にあふれ、人の出入りも多く沢山の目があった。

そんな倉庫で、ネズミの死骸? 感染症? 


「ねぇ、本当にネズミの死骸が小麦粉の中にあったの?」

「見たって証言が残ってる」

「どこに?」

「守護隊の審判だよ。色々調べた調書が公開されてるんだ」

「エンリケもそれを見たの?」


 彼は明るい金髪をした頭を横に振ると、緑の目を曇らせた。


「見たよ。街の人たちの中にも、それを見た人がいるはずだ。どこにもおかしな記述はない。リッキーの店から卸した小麦粉を食べた人間が食中毒を起こし、倉庫からネズミの死骸が見つかって、危険と判断されたんだ。その罪を問う取り調べがこれから始まる」

「本当なの?」

「そうだから、そうなんだろ?」


 自分の体が、悔しさと怒りに震えている。

本当にリッキー商会は終わってしまうの? 

調書が公開され、それに疑問を挟む人が誰もいないのなら、彼らの調査内容は事実だ。

それをどう判断をどうするのか。

その過程は公開されても、私たちが結果に口を挟むことは出来ない。

私はリッキー商会の無実を信じている。

だけどもしそれが証明されたとして、これだけの大騒ぎになった痛手は避けられないだろう。


「これからどうやって商品を仕入れればいいんだ」

「うちの在庫も空っぽだよ」

「どっかで調達してくるより仕方ないじゃないか」

「どこかって、どこで……」


 守護隊官舎前の噴水広場に集まった人たちが口々に囁いている。

そうだ。

悲しんでばかりじゃいられない。

うちの倉庫にも、ほとんど商品は残っていない。

リッキーさんやホセには悪いけど、商品がなければ商売も出来ない。


「エンリケ!」

「うわっ。今度はなんだよ、フィローネ」

「もうリッキーの店では商品の注文は頼めない。だったら、他の店から仕入れるしかないよね」

「あ、あぁ。まぁそうなるよな」

「他の卸って、どこがあったっけ」

「えーっと。ロドリゲスさんとこか、ガルシアの店?」


 確かに私にも、そこくらいしか思いつかない。

だけどリッキーの店に比べたら、配送が不確かなうえに、供給も不安定だ。


「仕方ないわね。今から直接行ってみましょ」

「直接? 商品の購入に?」

「他に手段ある?」

「いや、ないけど……」

「だったら、うかうかしていられない。早く動かなきゃ」


 リッキーさんのことやホセを見捨てるんじゃない。

助けたいと思うなら、ここで私たちまで倒れるわけにはいかない。


「もう一度あの人たちが立ち上がった時に、得意先になってあげられるだけの体力がうちの店にも必要でしょ?」

「あぁ。はは。そりゃそうだな」


 エンリケがニッと笑って片手を挙げると、私はそれに合わせてパチンとハイタッチを交わす。


「行くか、フィローネ。善は急げだ」


 エンリケと二人、噴水広場から直接ロドリゲスさんの店を目指す。

アシオス一番の卸だったリッキー商会が事実上閉店に追い込まれてしまったいま、残る大きな卸業者といえば、そこしかない。

石畳の道をエンリケと並んで歩きながら、注文を最優先すべき品と、その卸値がいくらまでなら買い付けるかの相談をまとめる。

リッキーの店より条件が悪いのを見越したうえで、どこまで譲れるのかが焦点だ。


「あ。ついたぞ。ここがロドリゲスの……」


 目の前に広がる風景に、自分の目を疑った。

かつては、柵で囲んだ敷地内に小さな倉庫が二つ建てられ、その脇に馬小屋があったはずの店が、すっかり牧場に変わってしまっている。

事務所兼住宅たった建物と馬小屋がそのまま残されていなければ、きっとここがロドリゲスさんの店だと気づかなかっただろう。

倉庫だった建物は一つが取り壊され、残った一つには干し草が積まれているようだ。

新たに作られた放牧地に、数頭の牛と羊、ヤギや鶏が飼われている。

ふとヤギの乳しぼりをしていた男性が、不思議そうにこちらへ顔を向けた。

その面影にも、もちろん見覚えはない。


「なにかご用でも?」


 見知らぬ男性が、こちらに近づいてきた。


「あ、あの。ここって、ロドリゲスさんのお店があった場所じゃ……」

「あぁ。彼は半年前にここを売り払ったんだ。今は別の人が買い取って、ご覧の通り牧場を経営してるよ。牛とヤギの乳を売ってるんだ。少し飲んでいくかい?」

「いえ。私たちは薬草や茶器、香辛料を買い付けることの出来る店を探していたの。ハーブティーや石鹸。軟膏なんかを売ってる店なの」

「雑貨屋か」


 彼は被っていたつば付きの帽子を脱ぐと、それを持ったまま胸をボリボリと掻いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ