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第13話

「フィローネ。今はゆっくりしている暇はない。エンリケ、動けるか?」

「あぁ、何とか」


 俺は彼の明るい緑の目をのぞき込むと、軽やかに微笑んでみせた。


「もう大丈夫だ。危険は去った。落ち着いたらまた会いに行く。二人はホセの所に行ってやってくれ」

「分かった」


 俺は残されていた馬に飛び乗った。

ぐずぐずしている時間はない。


「急げ。戻るぞ!」


 城へ向かって、全力で飛ばす。

馬の口から、あふれた泡が飛び散った。

倒れる寸前まで走らせると、馬を飛び降り地下通路へ急ぐ。

今回は部屋に戻っただけじゃ間に合わない。

王子の服に着替えるか? 

いや、それもなしで!


 執務室へたどり着くと、城外に出ていた時の格好のまま閉じられた扉の外へ飛び出す。


「面会だ。準備を整えろ!」


 侍従侍女が慌てふためくなか、俺は庭園の一角にある謁見の間へ急ぐ。

自分の手で俺と世界を分けるカーテンに手をかけると、自らそれを引いた。

まさかこれを自分で用意する日が来るなんて、少し前までは想像すら出来なかった。

ディオスとパブロの二人も、汗だくのまま息を切らしその中に入る。


「通せ」


 華やかな香が焚かれた。

その匂いのおかげで、今の自分がどれだけ汗臭いかが分かる。

ゆっくりと扉が開いて、今まで一度も使われることのなかった無駄に豪華な部屋に、シアとドモーアが通された。


「待たせたね」


 彼らに向かって、パブロは透き通った声を響かせる。


「いえ。お目通り叶い、光栄の限りでございます」


 ドモーアもシアも、通された部屋を驚きの目をしながら密やかに見渡している。

祖父王の代から変わっていない、とことん趣味の悪い部屋だ。

数々の王冠に首飾り、磨き上げられた宝剣と、細かな宝石を全身に散りばめて作られた黄金の鳥などが、無数に並べられている。

ここでならその小さな袋に詰め込まれた宝石類なんて、すぐに霞んでしまうだろう。


「頼んだ品が、届いたの?」

「は、はい!」


 侍女がトレイを持ちドモーアに近づくと、彼はそこにフィローネの刺繍が入った袋を置いた。

侍女はそれを丁寧に頭上に掲げたまま、垂れ幕の内側に運ぶ。

パブロがそれを受け取った。


「あぁ、確かにこれだ」


 パブロはそれを、俺に手渡した。

ずっしりとした重みが、ようやく自分の元へ戻ってきた。

俺と同じ目をした、ディオスとパブロの碧い目と視線が重なりあう。

俺が笑ったら、二人も同じように笑った。


「ありがとう。助かったよ」


 パブロの言葉に、カーテンの向こうでアンティークソファの上に置物のように座る二人の緊張も、少しは和らいだようだ。

俺が顎でドモーアを指したら、パブロはそこへ視線を向けた。


「君が見つけてくれたのか? ドモーア隊長」

「へ! あ、はい」


 彼は座り心地の悪そうなソファから立ち上がると、饒舌に語り始めた。


「本日はこのようなところにお招きいただき、身に余る光栄にございます。ニロ王子におかれましては……」


 こいつに付き合う必要はない。

俺はパブロの耳元で囁いた。


「フィローネのことを聞いてくれ」


 パブロは「うん」とうなずくと、再び鈴のような声を響かせる。


「あの子はどうしてた?」

「あの子とは?」

「オレンジの髪の……」

「あ……、あぁ! あの、とっても可愛らしい女性ですね!」


 ドモーアはその顔に恐ろしく不釣り合いな、柔和な笑みを浮かべた。


「もちろんお元気にしておりましたよ。王子のことは、彼女には気づかれておりませんので、その点はご心配なく」

「そう。よかった」


 そう言った王子の声に、ドモーアはすっかり気分をよくしたようだった。

今度はしっかりとためらいなくソファに腰を下ろす。


「しかし、どこであのような素敵な女性とお知り合いになったのですか? これからもアシオスにおいでになるようでしたら、私の方へ一言おっしゃっていただければ、いくらでも護衛いたしますものを」

「それは必要ないよ。僕にはもう、優秀な側近がいるからね」


 そう言ったパブロは、俺にいたずらなウインクを飛ばす。

ディオスと俺は一緒になって、ニヤリと笑った。


「ですが、アシオスで王子の身になにかあれば、私に生きた心地が致しません。どうかお忍びの際には、我がアシオス守護隊にもご一報をいただけると助かります」

「……。分かった。約束しよう」


 俺はため息をつく。

これが王子に取り入ろうというきっかけ作りであり、監視目的も兼ねるということを見抜けないほどバカではない。

誰の入れ知恵か。

ドモーア自身か、ヘススのものか。

まぁ約束したところで、実際に連絡なんてしないんだけど。


「今日はご苦労だったね。このお礼は、後日必ず報いよう」

「ありがたき幸せにございます」


 椅子から立ち上がると、固い靴の踵がカツンと床に響く。

守護隊長二人を残し立ち去ろうとしたとき、ずっと黙っていたシアが初めて口を開いた。


「王子、一つお聞かせください。その……。ニロ王子にとって『可愛い人』とは、どのようなお方でしょうか」


 薄いカーテンの内側で、パブロの碧い目が俺の碧を見つめる。

黙ってうなずいた俺に代わり、パブロは高く透き通る声を響かせた。


「私にとっての、消せない希望だ」


 謁見は終わった。

俺たちはベールに覆われた部屋を後にする。

これでもう、心配はなくなった。


 王子のための庭園にでると、白亜の石畳の向こうに夕陽に沈み行くアルパラナの城下街が見えた。

落ち着いたら、彼女たちに会いに行こう。

今度こそちゃんとした、プレゼントを持って。

フィローネには髪留めかなんかがいいかな。

ホセには新しい杖を。

エンリケには、どんなものがいいだろう。

次に城外へ出た時に、アシオスの街まで買いに行こう。

ディオスとパブロも一緒に、三人の喜ぶ顔が見られたら、きっと俺もうれしくなるから。


 諦めなければ、望みは叶う。

それを俺に信じさせてくれた。

たった一人で始めた戦いだって、きっと何かを起こせる。

どんなに遠く困難な道のりだとしても、歩き始めることさえ出来れば……。


「俺も父さんのような、いい王さまになれるかな」

「王子がそう望むなら」


 ディオスが言った。


「きっとなれます」


 パブロもそれにうなずく。


「はは。だといいな」


 それがまだまだ遠い存在だとしても、いつかなれるなら、そうなってみたい。

夕暮れの風が柔らかく髪を撫でる。

俺はそんな未来を夢見て、目を閉じた。


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