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第6話

 翌日、俺は朝日と共に目を覚ますと、自分で着替えを済ませる。

侍女たちの待つ本来の寝室に戻ると、起こしに来るのを待たず衣装部屋へ入った。


「ニ、ニロ王子?」


 驚く侍従たちに目もくれず、服を着替えさせる。


「あ、あの、ディオス殿はまだいらっしゃっておりませんが……」

「かまわん。俺がやりたいようにやっているだけだ。好きにさせろ」

「な、なにかご用件がおありなら、後ほど私どもが代わって……」

「城内をうろつくだけだ! 王子が自分の城の中を歩いて何が悪い」

「も、申し訳ございません!」


 王子のために用意された衣装に着替え庭に出ると、庭園の中で輿が待っていた。


「もうそれは必要ない。これから俺は自分の足で歩く」

「そ、それでは、王の命令に逆らったと、我々の首が飛んでしまいます!」


 焦る担ぎ手たちが何を訴えようと、俺はもう譲るつもりはない。


「ではお前たちの首がはねられたら、はねた奴の首を俺がはねてやろう。二度とここに顔を見せるな」


 ジャラジャラと宝石のついた真っ白な刺繍入りの長衣が、歩く足に合わせ揺れる。

俺は間抜けなフリをしているだけで、間抜けになったつもりはない。

素足のまま冷たい大理石の床を歩き、俺のためだけに仕切られた「王子の間」と呼ばれる庭門の前に立つ。


「ここを開けろ」

「し、しかし、王子がここから出るには、王の許可が……」

「開けろ!」


 月に数度ある、祖父王への面会時にしか開かない扉が開かれた。

予定にない開門に、外に控えていた門番たちが驚き慌てふためいている。

この扉の向こうは、王族しか入れない「白の廊下」と区別された「オークルの廊下」だ。

王族以下の上級貴族とその政務官らが控え、国内のあらゆる意志を決定する政治の中枢区画から閉め出されてた俺が、いま初めて自分の意志で白き門より出てオークルの廊下へ踏み込む。


「腹が減った。お前たちはいつも、どこで飯を食ってる?」


 回廊沿いの壁に張り付き、怯えたように頭を下げる政務官の一人に声をかけた。


「え? えっと、城の中の食堂か、持参してきたものを、それぞれの部署内で食べております」

「行こう」

「はい?」

「私もお前と同じ所で食事がしたい」

「あ、あの……」

「ニロ王子」


 騒ぎを聞きつけ一番に駆けつけてきたのは、フォンテス家のハビエル侯爵だった。

今は亡き父王の古くからの友人であり、国内での力はヘスス、フレンには及ばないものの、この城内でまだ良識を保っている、珍しい貴族の一人だ。


「お久しぶりにございます。なかなか王子にご挨拶する機会も恵まれず、寂しい思いをしておりました。お元気でしたか?」


 この男の顔を最後に見たのは、父王の葬儀の時だったか。

黒かった髪に白いものが混じり始めてはいたものの、引き締まったバランスのよい体つきは以前のままだった。


「もしよろしければ、私と一緒にお食事でもいかがです? 私の休憩室でよろしければ、すぐに用意させましょう」

「……。いいだろう。そうしよう」


 ぞくぞくと人が集まっていた。

俺はハビエルに促されるまま、彼の私室に入る。

すぐに食事が用意された。


「王子は庭園の中で、穏やかにお過ごしだとばかり思っておりました」

「……。俺も、そうであるべきだと思っていた」

「おや、違ったのですか?」


 ハビエル侯爵はそう言って笑う。


「ですが、あまり皆を驚かせるようでは、逆効果です。ぜひ思慮深きご配慮を……」


 すぐに迎えに来たディオスとパブロによって、王子のための庭園と称される牢獄に引き戻される。

ヘススとフレンの両公爵から、たっぷりお叱りを受けた。


 俺が勝手に庭園から抜け出したと祖父王の耳に入れば、ボケた爺さんが何を言い出すか分からない。

いずれにせよ、祖父王はもうこの二人の言うことにしか耳を貸さない。

王が心を許し話しをする人物が、他にいない。

祖父にとって俺はあくまで可愛い孫であり、次の国政を担う王子ではなく、保護し慈しむだけの対象だった。


 たかだか数分庭を抜け出しただけなのに、怒り狂う公爵二人の小言は、夜になっても収まる気配がない。

俺はどうしても堪えきれない欠伸をかみ殺した。

ここでうっかりそんなことでもしようものなら、釈放される時間がさらに遅くなる。

退屈な夜には慣れているが、こればかりはたまらない。


「もういい。眠気が来た。お前たちは帰れ」

「何をおっしゃいますか、王子!」

「我々は王子の身の安全を……」


 このままでは本当に寝てしまう。

ソファに寝転がっていた体を起こすと、夜空の一部が赤く燃えている。


「王子! 話をちゃんと聞いておりますか!」

「ニロ王子。今後このようなことは控えると、ここで固くお誓いください。そうでなくては我々が……」

「あれはなんだ?」


 デブ二匹の言葉を無視して、城下を見下ろす。

足元に広がるアシオスの街並みに、ぽつんと火柱が上がっていた。


「火事だ」


 ここからだと小さな火種のようだが、実際にはかなり大きな火災であることは間違いない。


「おや。本当にございますな」

「あれはアシオスの方角だ」


 ドモーアと繋がるヘススの頬がピクリと動き、それを見たフレンはフンと鼻を鳴らす。


「一体アシオスの守護隊長は、今ごろ何をしておるのやら」

「すぐに確認させましょう。火災は広がると、大事に至ります」


 ようやく二人が出て行った。

腐ってはいても、二人は国を支える有力貴族。

事態把握のため、情報収集に出掛けたらしい。


「助かったな」

「あれは、リッキー商会の辺りでは?」


 ディオスの言葉に目を細める。

確かにあの辺りは、そうなのかもしれない。


「こちらでも、情報を集めましょう」


 その後入ってきた知らせは、どれもあまり良い話ではなかった。

街で出会った倉庫番の男はドモーアに捕まり、保釈はされたものの、火災によって再度現場検証を行う機会は失われてしまった。

俺がどれだけ手を回しても、ヘススがドモーアから金を受け取っている限り、正確な保健記録など、簡単に塗り替えられてしまうだろう。

つまりそれはこれからもずっと、アシオスはドモーアとヘススの思い通りになるということだ。

何も出来ない俺は、結局あのオレンジの髪の少女と、何も変わらない。


「御前会議のお時間です」


 憂鬱な毎日は何も変わることなく、俺は着飾られるままの人形であり続けている。

シアの言う通りだ。

俺は馬鹿な王子でしかない。

それでも宮殿を動く輿はなくなり、自分の足で城内を歩いている。

そんなことくらいしか、出来ることはなかった。


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