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第4話

 ブラス地区はアシオスと異なり、農耕が盛んな地区だ。

広がる田畑には豊かな作物が実り、農民たちはせっせと土に鍬を入れている。

麦畑が風に吹かれ、黄金の波をかきたてていた。

まだ前任者が統治していた数年前に、ブラスの街を一度通ったことがある。

その頃のこの街は完全に寂れ人気はなく、半壊した納屋に疲れはてた人々がぐったりと寝転がっているだけだった。


「随分様変わりしたね」


 ブラスの守護隊長が老衰で死亡して数ヶ月後、無法地帯と化していたこの地区を任されたのがシアだった。

生意気な若僧ですぐに辞めると噂されていたのに、今や御前会議の場でも一目置かれる存在になっている。

少しでも目立つ人気者が現れれば、権力者たちが群がる。

シアは誰にも組みすることなく、貴族たちから嫌われていた。


 ブラスの中心地に入ると、古びた建物は取り壊され、少しずつではあったが、街のようなものが形成され始めていた。


「ここか」


 白木の平屋建て二階の建物。

守護隊本部建物としては、かなり質素な作りだ。

どこかの地方にある、兵舎の出張所のようだ。

門前には伝令用の馬が繋がれ、脇には訓練所のような所も見える。

何人かの守護隊員らしき者たちが、武芸の訓練に勤しんでいた。


「おや。この辺りじゃ見かけない顔だな。どこから来た」


 一人の隊員が訓練の手をとめ、近づいてきた。

馬を降りると、ステップの前に座っていた農民の子が、すぐに手綱を受け取り横棒に繋いだ。


「お前たちは、ブラスの住人の顔を全て覚えているのか」


 そう言った俺に、ブラスの守護隊隊員は肩をすくめた。


「いや。そういうワケじゃないが、なんとなく」

「シア隊長に話がある。案内してくれ」


 男は駆けつけた別の男と顔を見合わせた。


「あー……。いくらブラスの守護隊が開かれた隊を目指しているとはいえ、いきなり隊長に面会ってのは、さすがに無理だな。坊や」


 俺はディオスから宝石の詰まった袋を受け取ると、それを男に向かって投げた。


「アシオスで見つけた。これはブラスで盗んだものだと、言っていた。シア隊長にお目通り願いたい」


 男が袋の中身を確認する。

詰め込まれた宝石類に、ギョッと顔色を変えた。


「わ、分かった。取り次ぎはする。ここで待ってろ」


 男は小袋を突き返すと、奧に消えた。

すぐに別の案内が来て、本部建物に入る。

床のあちこちが泥で汚れ、廊下には農具や武器が立て掛けられているが、壁を飾る絵画や花瓶のような装飾品は見当たらない。

かなり実務的な本部のようだ。

白いペンキのはがれた両開きの扉が、大きく開かれた。


「お前たちか。俺に会いたいとか言う、生意気な小僧は」


 泥だらけのブーツを書斎机の上に投げ出し、頭の後ろに両手を回したシアが俺たちを見下ろす。


「いいか、小僧ども。俺にウソをついたら、この場ですぐに首をはね飛ばすからな」


 白い肌に整えられた眉。

その眉間に強く皺を寄せ、細い目で睨みつける男からの威圧感がハンパない。

御前会議の前でみせていた、品行方正で真面目そうな態度とは正反対の粗暴な様子に驚いたものの、平静を装う。

俺は持っていた小袋を差し出した。


「これをアシオスで見かけた。ブラスで盗まれた物だと聞いたが、心当たりはないか」


 部下らしき男が小袋を受け取りシアの前に置くと、渋々机から足を下ろしそれを開いた。

中を見た瞬間、シアの目つきがより鋭くなる。


「おい、坊主。名は何という」

「セリオだ。こっちはディオスとパブロ」

「なるほど」


 シアは袋の中から、血よりも赤い石のついた耳飾りを取り出すと、目の前にぶら下げた。


「これらの品がアシオスにあり、このブラスから盗まれた物だと?」

「そうだ」

「誰に聞いた」

「この俺が。自分の耳で」

「あははははは!」


 突然シアは笑いだしたかと思うと、すぐに表情を厳しく引き締めた。


「コイツを捕らえろ。今日の俺は、すこぶる機嫌が悪いんだ。運が悪かったな。ウソをついたら首をはねると俺は言ったが、こう見えて気分屋なんだ。言い直そう」


 シアはテーブルの上で、両手の指を絡めた。


「どうしてこんな下らないウソをついたのか、白状するまで拷問した上で、首をはねてやる」


 シアの周囲にいた男たちが、一斉に武器を手に取った。


「待て! この宝石を、アシオスで見つけたのは本当だ」

「フン。それはどんな奴だ」


 シアの顔つきは、真剣そのものだった。

視線が絡み合う。


「……。ドモーアだ」

「あははははは!」


 今度はシアを含めた、ブラスの守護隊員ども全員が声をあげて笑う。

彼らを統べる若きブラスの守護隊長は、冷たい笑みを浮かべた。


「おい、クソ坊主。一つ教えてやろう。このブラスもアシオスも、貧しい街だ。こんな宝石を持ってる連中など存在しない」


 槍を持つ兵士の一人が、その剣先を俺たちに向ける。

本気で俺たちを捕らえるつもりか? 

シアのくるくる巻く金髪の下で、細く黒い目が、より一層細まった。


「そうだな。もし持っていたとしても、偽物だ」


 シアの持つ鮮血のように赤い石が、キラリと輝く。


「やれ」

「待て! 共にドモーアを倒さないか!」

「は?」

「倒すといっても、別に本気で殺そうってわけじゃない。お前たちにとっても、アシオスの守護隊は厄介な存在だろ? ちょっと教えてやるだけでいいんだ。俺たちをナメてんじゃねぇぞって」


 シアの整った金色の太い眉がピクリと小刻みに動き、にらみつける目はよりいっそう厳しさを増した。


「今すぐコイツらを、ここから追い出せ」

「ちょっ、まっ……」


 抵抗する俺を横目に、ディオスとパブロは素直に外に出て行く。


「おい! 俺に触れるな! さもないと今すぐ……」

「またな兄ちゃん」


 軋む扉が開かれ、粗末なブラス守護隊本部建物から放り出された。

苛立つ俺とは対照的に、ディオスとパブロは素直に階段を下りると、馬の元へ向かっている。


「おい! 話を聞け!」

「出直そう、セリオ」


 繋がれていた馬をほどくと、ディオスはその手綱を俺に差し出した。


「いや、ストレートに頼めとは言ったけど、ホントにあんな直で頼むとは思わなかった」

「あぁ?」


 シアの奴、御前会議ではあんなにイイコぶって、俺を利用してきたくせに! 

あの不遜かつ生意気でふてぶてしい態度が、奴の本性だったとは思わなかった。


「腹を割って話しただろ」

「それはもっと親しくなってからの話でしょ。いきなり無謀すぎだ」

「チッ」


 舌を鳴らしてみたところで、もう遅い。

俺は田舎道をのんびりと歩く馬の上で、ふて腐れていた。

そんな俺を見かねたのか、ディオスが面倒くさそうな口を開く。


「ドモーアを何とかしたいという気持ちに、変わりはないのでしょう?」

「当然だ!」

「ならば、ドモーア周辺の状況から調べてみてはどうですかね。作戦を練るにしても、まずは敵情を知らねば」

「そういうことは、もっと早く言え」

「戦略というにはほど遠い、誰もが思いつく基本中の基本ですが」


 城に戻ると、俺は早速ディオスに指示し、ドモーアの周辺を探らせる。

なのに数日待っても何の連絡もない。


「まだ使えそうな面白い話は出て来ないのか!」

「ドモーアは平民出身でありながら、アシオスの守護隊長にまで登り詰めた男です。そう簡単には、尻尾を掴ませてもらえませんよ」

「お前たちが無能なんじゃなくて?」

「普通にドモーアが優秀ですね」


 俺はそんなつまらない話を聞くために、城の中に閉じ籠り報告を待っていたんじゃない。


「ただ、例のリッキー商会を潰すのには、かなりの無理をしていますね。やはりここをつつくのが一番確実かと」

「あのオレンジの髪の?」

「フィローネです」


 俺は真剣に考えてから、ディオスの顔を覗き込む。


「アイツらに任せて、大丈夫か?」

「少なくとも、『セリオ』で動くより安全かと。直接的な関わりもありますし、より自然です」


 なるほど。

直接俺が動くのではなく、アイツらにやらせるのか。


「彼女たちなら、真剣にドモーアと闘ってくれるでしょう」


 一国の王子が自ら動くことなく、ほぼ見ず知らずの市民に手を借りる。


「はは。貴族みたいなやり方だな」


 そういうのに、俺は嫌気がさしていたんじゃなかったのか? 

何のために、シアの所まで出掛けて行った? 

誰かの後ろに隠れ、こそこそと裏工作を重ねるのは……。


「アルパラナの第一王子が、表立って動くことは出来ません。ニロ王子が動くとなると、警備はもちもん様々な人物が入り交じり、あっというまに他人の手に奪われてしまうでしょう。だからこそ、今は他の名を語り信頼出来る人物に託すのです」

「それがあの、オレンジの髪の少女でもか?」

「フィローネです」


 ディオスの言うことは、間違ってはいない。

ニロで動けば、たちまち祖父王の知る所となり邪魔される。

かといって、セリオのままシアのような男に捕まるのもヤバい。


「仕方ない……と、いうことか」

「そういうものなのだと、お考えください」

「はは。そういえば俺も、貴族だったな」


 他人を使って気にくわない奴を蹴落とす。

まさに今やろうとしていること、そのものじゃないか。


「奴らに、使えそうな資料をまとめてやれ。それが出来たら、直接渡しに行こう」


 せめてそれくらいは、自分でやりたい。

純粋に真っ直ぐに、自分の思いだけで突き進む彼女たちを、羨ましく思う。


 腰かけていたソファから立ち上がると、四角い池の周囲に、手入れの行き届いた植木が涼しげに揺れる庭に出る。

長いローブにふんだんにあしらわれた宝石が、西日を受け煌めいた。

王子のための庭からは、夕陽に染まった街が一望できた。


 この国はニロ王子のものだと、大臣たちから散々言われているが、その通りだと思ったことなど、一度もない。

それを素直に信じてしまうほどバカではなかった自分に、感謝している。


「資料の用意が出来たら、教えてくれ。アシオスへ行こう」

「はい」


 ディオスがそう答え、パブロもうなずく。

俺は二人を残して、寝室へ向かった。


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