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第3話

 背の高いレンガの壁に囲まれた倉庫広場から、外に出る。

郊外のあぜ道の上を、大地を踏みしめ歩いた。

街道沿いに目印代わりに植えられた立木がぽつぽつと等間隔にならぶ向こうには、草原が広がっている。

リッキー商会の倉庫広場から出てきた大きな荷馬車が、積み荷を一杯にして出て行くのに追い越され、ようやく感情が戻ってきた。


「何よアイツら! バカじゃないの?」


 力自慢の男なんて大嫌い。

こちらの話をまともに聞こうともせず、一方的に自分たちの要求を押し通すだなんて、許されていいはずがない。

それで何もかもが自分たちの思い通りになるなんて、思い上がりも甚だしい。

どっちが頭の悪いバカなのか、全然分かってない。

あぁ、だからバカなんだ。


 遠くにそびえるアルパラナ城を見上げる。

頼れる者がいないというのなら、自分たちのことは自分でやるしかない。

「今日のことは内緒ね」と、メイルに念を押し家まで送り届けると、私は店に駆け込んだ。


「トリノ! トリノはどこ!」


 緑の丸い扉を開けると、淹れたばかりのハーブティーが独特な甘く渋みのある香りを部屋に充満させていた。

手狭な店内にはごちゃごちゃと多種多様な雑貨が並び、所々に鉢植えで育てている薬草が緑の葉を揺らしている。

そんな店内の窓際で、四人が集まれば肘が擦り合うほどの小さなテーブルに、ぽっちゃり体型の四人のおばさま方がお茶を楽しんでいた。


「あらフィローネ。お帰りなさい」

「まぁ。突然駆け込んできて、どうしたの?」

「リッキーのお店のことよ!」


 足の長い高い椅子に腰掛けているせいで、いつもより目線の高いカミラを見上げる。


「ホセが怪我して辞めたって、本当? 事務所も真っ暗で誰もいなかったし、どうなってんの?」

「フィローネ。あなたリッキーの倉庫へ行ったのね」


 カミラは小さくため息をつくと、飲んでいたハーブティーのカップをテーブルに置いた。


「行っちゃダメって、言わなかった?」

「散歩よ。退屈だから散歩してたら、そうなっただけ」

「連絡を待ちなさいと言ったはずよ」

「連絡を待ってたら、こっちが困るじゃない」

「そうね。うちも本当に困ってるわ」

「だったらどうして何もしないのよ!」


 カミラと同じテーブルについている、パン屋のテレサも大工の奥さんのマリアも、ろうそく屋のパウラも、同じように眉間にシワを寄せ表情を渋めた。


「みんな困ってる。そんなの当たり前よ。だけど、どうしようもないじゃない」

「なんで? なんでどうしようもないの?」

「リッキーさんだって頑張ってくれているはずなのよ。だから私たちはそれを信じて待ってる。どれだけ彼を急かしたって、品物が入って来るわけじゃないもの。本当に困ったら、別の卸しに荷物を頼むしかない。そうでしょ? だからギリギリまで、リッキーさんのお店を待ってるの」

「そ、それはそうかもしれないけど……」


 何となく納得がいかない。何もしないで待っていて、本当にいいの? 大丈夫なの? 

何をどうしたって落ち着かない私に、パン屋のテレサも呆れたようにため息をつく。


「だって、商品が入ってこないんだから、しょうがないじゃない」

「もしかして、テレサのところもそうなの?」

「そうよ、フィローネ。だからこうやって、みんなで集まって相談してるんじゃない。どうすればいいのかしらねーって」


 相談? ただの世間話じゃなくて? って、言いたい気持ちはちゃんと飲み込む。

彼女たちはそれぞれの不安を口にしていた。


「もう一週間、新しい小麦が入って来てないわ」

「うちも。ろうそくの材料がそろそろ底をつくわね」

「マリアは? マリアのところは、大工さんでしょう? 仕事は順調なの?」


 マリアは静かに微笑んで、首を横に振った。


「いいえ。うちも同じよ。新しい仕事が入ってこなくて、旦那は家でヒマしてるわ」

「だったら、何とかしなくちゃ!」


 私がどれだけ叫んでも、彼女たちに思いは伝わらない。


「だけどほら、何年か前にもこういうことがあったわよね」

「あぁ! あの天候が悪かった年ね」

「あの時も大変だったわよねー」


 カミラの言葉に、三人は真剣な表情でうなずく。

ダメだ。一向に話が進まない。

この人たちじゃ話にならない。

私のこの言い様のない不安は、どうすればいいの?


「フィローネ。あなたもここに椅子を持って来て、一緒にお茶しなさい」

「いい。他に用事を思い出したから」


 裏口から店の外に出る。

今朝干した服はすっかり乾ききって、ひらひらと風に舞っていた。

私は木陰に身を潜めると、自分の両膝をぎゅっと抱きしめる。


 自分が子供なのが嫌い。

無力なのも嫌い。

黙ってみていることなんて出来ないのに、何をどうすればいいのかも分からない。

リッキーの店がおかしくなっていることは分かった。

いまリッキーさんはどこにいるの? 

怪我をしたっていうホセは? 

何がどうなっているのか、本当のことがさっぱり分からない。

せめて現状を知りたい。

どうすれば……。


「私、ホセのところへお見舞いに行ってくる!」


 店内に向かって裏口から顔を出し、声を上げた。

驚いたカミラたちがお茶をこぼすのを見ながら、私は通りへ飛び出す。


 リッキー商会の倉庫広場で番人を勤めるホセは、アシオスにいくつかある宿屋の一室を間借りしていた。

宿の一室といっても、もちろん客室なんかじゃない。

客用の布団やシーツ、タオル類を入れてあるリネン室の隣にある個室を借りて、そこに住んでいた。

私と同じ、家族のいない孤児だ。

仕事も倉庫番なら、家でも倉庫番だなんて冗談を言っては、いつも笑っている。

右足を子供の頃の大怪我で動かせなくなった彼にとって、リッキーさんの口利きで食事も風呂も一カ所で済ませられる宿屋は、ありがたい場所だった。

穏やかで物静かな彼は、倉庫番の休みの日には賑わう宿屋を手伝いながら、ひっそりと静かに暮らしている。


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