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第12話

「トリノ雑貨のフィローネだったか。ご苦労さま」


 出てきた男の手には、丸めた紙が握られていた。

衆人環視の中を、彼は一人噴水広場の掲示板前まで歩いてゆく。

そこにあった紙をはがすと、新たな掲示を貼り付けた。


「今日の処分発表は延期されたんだ。申し訳ないが、説明と同意を得るために、一度中へ入ってくれないか?」

「え?」

「おい、どういうことだよ! それじゃこんだけ集まったギャラリーも、納得出来ないだろうが! それが守護隊のやることか?」

「申し訳ない。だがドモーア隊長が忙しくて、このところかなり立て込んでいてね。最終的な決定を下すサインを、まだもらえていないんだ。次回はこんなことのないよう、必ず都合を合わせる。そのために日時を相談したいんだ。一度中へ入ってくれ」


 結局何を言われても、私たちに決定権はなく、彼らの意志に従うしかない。

私の意志を確認するエンリケの視線に、「うん」とうなずいた。


「分かったよ。ところで、ホセは無事なんだろうな?」

「もちろん。彼は判決の延長に同意して、地下牢で読書三昧だ」


 守護隊員の言葉に、ようやくエンリケは落ち着きを取り戻した。

集まった人々は守護隊によって解散させられ、私たちは建物の中に入ると、以前と同じ応接室に通される。


「ここにサインを」


 見せられた書類は、とても簡単なものだった。

延長に同意することと、再び要請があれば出頭することしか書かれていない、三行で終わる文書だ。

私がそれにサインをすると、すぐに引き上げられる。


「ありがとう、フィローネ。我々としても助かったよ。申し訳なかったね」

「いいえ」

「お詫びといってはなんだが、二人を自宅まで送り届けよう。裏に馬車を用意してあるから、それに乗って帰りなさい」

「はぁ……」


 何だか拍子抜けした。

廊下から見える本部建物の内側は中庭のようになっていて、数頭の馬が繋がれ、武器類が並べられた簡単な訓練所のようになっている。


「こちらからどうぞ」


 そこから裏口へ回ると、アシオス郊外の草原が広がっていた。


「ここで待っていてくれ。係のものを呼んでくる」


 どれだけ大通りは立派でも、アシオスは所詮田舎町だ。

通りの裏には、すぐに何もない大草原が広がっている。

遠くには国境を隔てる山脈が黒く連なり、その麓にある森の始まりまで、見渡す限りの草地だ。


「悪い。待たせたな」


 現れたのは、体の大きな男性だった。

守護隊の制服は着ていない、タンクトップ一枚だけの服の下には、立派な筋肉が大きく盛り上がっている。


「本当はあっちの綺麗な馬車でって言われてたんだけどよ、今朝方馬が暴れて車輪を壊しちまったんだ。こっちの幌馬車で悪いけど、歩いて帰るよりマシだろ? まぁ乗ってくれ」


 そう言って勧められたのは、幌で荷台をすっぽり覆った荷馬車だった。

中には座るための横板が敷かれている。


「ま、なんだっていいよ。乗せてもらおうか」


 エンリケが先に中へ乗り込み、私は手伝ってもらって中に入る。

二人が乗車したのを確認した男は、巻き上げてあった垂れ布を下ろすと、すっぽりと荷台を覆った。


「じゃ、出発するぞ」


 ムチの入る音がして、ガタゴトと舗装されていない道を幌馬車が走り出す。

二人きりになったところで、エンリケが呟いた。


「とんだ肩すかしになったな」

「まぁね。だけど仕方ないよ。ホセの無事が確認出来ただけでもよかった」

「どうだかな。本当かどうか、怪しいもんだぜ」


 難しい顔をしてうつむくエンリケの横顔に、思わず笑みがこぼれる。


「エンリケは、守護隊を信じてるんじゃなかったの?」

「信じてるよ。今でも信じてる。結局、ちゃんとやってくれてるんだってことを信じて動かないと、どうにもならないってことがよく分かったよ」


 幌馬車は道をそれたのか、草地を走り始めたようだ。

カラカラと回る車輪の音に、潰された草の香りが漂う。


「誰かを疑うことも、もちろん大切だ。自分が騙されないためにね。だけど何かを始めるには、まず信じてやらないとな。もちろん俺は、フィローネとホセを信じている。だけど俺は、フィローネが最初にホセのことを考えていたほど、考えてやれなかったかもしれない。もし誰もが諦めていたら、ホセが今ごろどうなっていたか。それを思うと、怖くなるんだ」

「それはエンリケの思い過ごしよ」

「そうかな」

「だってホセは、絶対そんなことするような人じゃないし、リッキーさんだってそう。だから私に迷いがなかっただけよ。エンリケが悩む必要なんてないから」


 思わず笑ってしまった私に、エンリケは顔を赤くする。


「そうだな。俺も最初から、あの二人を信じてた」

「でしょ?」

「あぁ」


 だからこそ、どんな手段を使ってでも生き残ろうとしたし、商会がなくなってもホセを迎え入れる覚悟をしていた。

今回は完全に予定が外れてしまったけど、まぁそういうこともあるのだろう。

仕切り直して、もう一度考えてみる時間が出来たのはよかったのかもしれない。

そんなことを思いながら、私は揺れる馬車の中で自分の手を眺めていた。


「あれ? なんかこの道、おかしくない?」


 不意に違和感を覚えたエンリケが、幌の隙間から外をのぞく。

幌馬車の車輪が大きな石でも踏んだのか、ガタリと大きく揺れた。


「あ、本当だね。この馬車、どこに向かってんのかな」


 私たちの家どころか、アシオスの街からも遠ざかってる?


「どういうこと?」

「御者に伝えよう」

「そ、そうね。だけど、どうやって?」


 幌があるから、御者の姿は荷台から見えない。

間違いを伝えようにも、伝えられない。


「おーい! ちょっと止まってくれ! 道を間違えてるぞ!」


 エンリケが何度叫んでも馬の足が止まる気配はなく、ますますスピードを上げ郊外の草原へ突き進んでゆく。


「おい! 俺たちをどこへ連れて行くつもりだ!」


 エンリケが後ろの幌を上げた。

逃げだそうにも、猛スピードで進む荷馬車から飛び降りるなんて、危険すぎる。


「フィローネ。行けるか?」


 エンリケが私の手を掴んだ。


「ねぇ、待って。飛び降りたところで、どこに逃げるの?」


 そうだ。たとえここから飛び降りたとしても、すぐに捕まってしまう。


「じゃあこのまま、ここに居ろってのか?」


 幌馬車は急に速度を落とすと、ついに立ち止まった。

エンリケが荷台から飛び降り、私もそこから下りる。


 荷馬車の御者台には、いつの間にか三人の男が乗っていた。

私たちが守護隊本部を出発した時に、挨拶をした男の姿はない。

いつの間に入れ替わった? 

男たちは、無言のままジリジリとこちらに近づいてくる。

エンリケは私を自分の背に隠すように庇うと、小声でささやいた。


「走れるかフィローネ」


 男たちは、腰に差していたナイフを抜いた。


「行け!」


 その声と同時に走り出す。

後ろを振り返る余裕なんて、どこにもなかった。




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