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第11話

 日はすっかり傾き、赤く染まった街をとぼとぼと家路につく。

結局私は何をしに行ったのか、自分で自分が分からなくなる。

固い石畳みの道から、なんの舗装もされてないむき出しの土の上を歩くと、すぐに靴は泥で汚れる。

家の前ではカミラとエンリケが、私の帰りを待っていた。


「フィローネ!」


 カミラに抱きしめられるその力強さに、自然と目頭が熱くなる。


「店を飛び出したと思ったら、帰ってこないんですもの。どれだけ心配したと思ってるの?」

「カミラ……。ゴメンなさい」

「守護隊まで行ってたのか?」


 エンリケにまで、余計な心配をかけてしまった。


「うん。守護隊本部に行って、私が倉庫に火を付けた犯人だって言ってきた」

「は?」

「それでもホセは捕まったままで、私は帰されちゃった。判決は追って知らせるって。どうすればいい?」


 噂は瞬く間に広まった。

リッキー商会の倉庫火災は、アシオスにとって大きな事件だ。

その犯人が捕まったかと思えば、真犯人と名乗る別の人物が現れたのだ。

ホセの逮捕は正当なものだったのか、守護隊の調査は間違っていなかったのか、そうでなくても注目を集めていた事件に、より多くの目が集まった。


 多くの人が店を訪れては、あれやこれやと言いたいことを言いに来た。

多くは励ましや応援の言葉だったけど、そればかりじゃない。

どうして放火犯が自由にしていられるんだとか、トリノの店にも火を付けてやるだなんて脅しもあった。

「あなたがこの店に火を付けたら、今度はあなたが放火犯ですよ」と言ったら、舌打ちして店を出て行く。

全くの無関係で何の根拠もないのに、ここまで怒れるのなら、もっと別の段階で怒ってほしかったと思う。


 私たちが今までになく騒がしい日々を過ごすうち、ついにその日がやって来た。

毎日毎時間、飽きることなく噂好きな人々から尋ねられた守護隊からの連絡が届く。

私はカミラから受け取ったその案内をしっかりと胸に刻むと、引き出しの奥にしまい込んだ。

今日はその判決の日。

私たちはいつものように、エンリケを含めた四人で朝食をすませた。


「トリノ。カミラ。行って来ます」

「本当にエンリケだけで、俺たちはついていかなくていいのか?」

「だって、二人までついてきちゃったら、今日は誰が店番をするの?」

「そうだけど……」


 心配するトリノとカミラをよそに、エンリケは立ち上がった。


「俺だけで十分だよ。つーか、最初から俺がついていけば、こんなことにはならなかったのにな」

「それはないと思うけど?」

「は? なんでだよ。俺も一緒に行ってれば、絶対に止めれただろ」

「ううん。きっとエンリケがいても、私は守護隊に駆け込んでたと思う」

「そもそもそれが、おかしな話だって言ってんだよ!」

「あはははは」


 私はカップに残っていたミルクの最後の一口を喉に流し込むと、席を立った。


「じゃあ、行ってきます」

「無事に戻ってきてね」

「うん」


 最初にカミラが私を抱きしめ、続くトリノとも抱擁を交わした。


「何があっても、俺たちは君の味方だよ、フィローネ」

「ありがとう」


 実の子供でもないのに、引き取って育ててくれたのに、こんなことになってゴメンなさい。


「二人とも心配すんなよ。俺がフィローネもホセも、二人合わせてちゃんと連れ戻ってくっから」


 準備は整った。

エンリケが裏口のドアを開けると、爽やかな朝の風が流れ込む。

晴れ渡る青空の下、見知った沢山の顔が並んでいた。

カミラのお茶仲間であるテレサにマリアとパウラ、サムエル先生の助手をしてるライアとカルロス姉弟と、学校の仲間たち。

普段配達に行っているお客さんや直接店に買いに来てくれるお得意さんに、ホセがお世話になっている宿屋の女将さんまで、大勢の人たちがエンリケと私を見送りに来てくれていた。


「フィローネ。ホセをよろしくね」

「うん。任せといて」

「あの子はいい子なのよ。そんなことするような子じゃないの」

「分かってる。安心して待ってて」


 靴屋のマルコスさんの一人息子、メイルの姿も見える。


「フィローネ。頑張ってね」


 彼は小さな体で、しっかりと私を抱きしめた。


「僕が倉庫広場に行ってみようなんて言ったから……」

「それは違う。メイルのせいなんかじゃないの」

「本当に?」

「うん。だから、気にする必要はないからね」


 涙ぐむ彼の頬をそっと撫でる。


「フィローネが何にもしてないことくらい、誰だって知ってるんだから」

「ありがとう」

「守護隊なんかに、負けちゃダメよ」

「帰って来たら、皆でお祝いしましょ」


 鼻の奥がツンと痛む。

正直に言うと、昨日の夜はほとんど眠れなかった。

守護隊から送られてきた連絡は、今日の午前中に本部まで来いという呼び出しだけ。

ホセの処分と一緒になるだろうというのは、予想していたものの、怖くないといえば嘘になる。

こうして皆に見送られ、声援をもらって歩く中でも、体の芯は震えていた。

広がるあぜ道の向こうに、アシオスの街が見える。

ここからはエンリケと二人だけだ。


「行こう。フィローネ」

「うん」


 のどかな田舎道を、ゆっくりと歩き始める。

エンリケが先を歩いて、私はその数歩後ろをついて歩いた。

互いに口を利くことはなく、静かに街までの行進を続ける。

鮮やかに吹き上げる草原の風が、私のオレンジ色をした髪をふわりともち上げた。

見慣れたはずの風景が、今日は特別なものに感じる。

黙々と足を進めるうち、あぜ道は明るい黄土色をした石畳に変わり、ここから始まる街道はアシオスの中心地まで続いていた。

徐々に建物も増え始め、それは背が高く造りも立派になってくる。

大通りはいつものように人々で賑わい、やがてアシオスの中心地である噴水広場が近づいてきた。


「来たぞ。あの子がそうだ!」


 どこかで誰かの叫ぶ声が聞こえた。

その声を合図に突然ラッパが鳴り響き、通りの窓から無数の人々が顔を出した。


「頑張ってね!」

「負けるなよ」

「大丈夫だからね」

「俺たちがちゃんと見てるからな」


 賑やかな音楽が奏でられ、紙吹雪が宙を舞う。

気づけば街中に人があふれていた。


「なんだコレ? 何がどうなってるんだ?」


 前を歩くエンリケが、私を振り返る。


「わ、分かんない……」

「はは。だけど、英雄にでもなった気分だな」


 エンリケは緊張と驚きに固まっていた表情をくしゃりと歪めると、大きな笑みでいっぱいにした。


「もういっそ、この状況を楽しもうぜ」


 私はこれから捕まって、明日には処刑されてしまうかもしれないから。


「そうね、そうしよう!」


 私たちは笑顔で人々に手を振った。

突然現れたパレードは賑やかな行進を続け、それは守護隊本部前まで続いた。

これまでに見たことないほど大勢の人々が、庁舎前広場に押し寄せている。

門の前に立つ二人の門番は、驚きと戸惑いを隠せないまま、与えられた役割を忠実に果たしていた。

その前に私たちが立った瞬間、大歓声が上がる。

時間だ。


「守護隊の呼び出しに応じ、ここまで参りました。フィローネです! 放火事件の処分を、ホセと一緒に聞きに来ました! お答えください!」


 このアシオスで一番立派な建物である守護隊本部から、何の反応もない。

私の後ろには、街中の人たちがついている。

このまま逃げる気なの? 

誰もが固唾を飲んだその瞬間、大扉が開いた。


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