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第10話

 翌朝、リッキー商会の倉庫が燃えた事件は、アシオス中の話題となっていた。

火災現場に守護隊が入り、今度は火災としての現場検証が始まる。

倉庫の中に火の気がないこと、燃えるようなものなんて何もなかったこと。

当時開け放されたままの広場には、自由に出入り出来たことも、誰もが知っている。

放火だ。


「おはよう」


 いつもより少し遅い時間になってから、エンリケが店にやって来た。


「おはよう」


 彼はちょっぴり居心地の悪そうな顔をして、うつむき加減に朝の挨拶を済ませる。

すぐに店の奥に引っ込むと、倉庫の中へ消えた。


 その日以来、私たちの間でホセの話は話題に上がらない。

強く意識してそうしていないと、何とか保っている気持ちの平穏が崩れてしまうから。

配達の途中に寄ってみたホセの部屋は、いつまでたっても空っぽのままだった。

あの日連れて行かれたホセの詳細を、誰も知らない。

大勢の人たちが燃えさかる倉庫前で捕らえられた彼を見ていたはずなのに、あの沢山の野次馬たちは、どこへ行ってしまったの? 


「ねぇ、ちょっと! 守護隊の本部前に張り出された、調査結果を見た?」


 街の人々が火事のことを忘れかけた頃、いつもカミラとお茶をしているパン屋のテレサが、悠々と店にやって来た。


「リッキー商会の放火事件、犯人はホセだって!」

「え?」

「リッキーさんが遺書を残して亡くなってたことを、知らなかったんだってね。自分のせいにされるんじゃないかって、怖くなって証拠隠滅のために倉庫に火を付けたらしいわよ。そりゃ守護隊だってちゃんと調べてるわよ。ホセにだって責任はある。だけど何も、倉庫に火を付けることまでなかったのにねぇ」

「なんで! なんでそんなことになってるの?」


 そんなこと絶対にあり得ない。

私はのんきに話すテレサに詰め寄った。


「ホセはそんなことしてない!」

「えぇ? だけど、見た人がいるんだって。倉庫から火の手が上がる数時間前に、ホセが倉庫広場に入っていくところを」


 テレサは悲しそうな表情を顔いっぱいに広げ、彼に同情する。


「可哀想に。ホセも思い詰めちゃったのね。頼りにしていたリッキーさんも亡くなって、自分は取り調べを受けて。守護隊から許されて外には出てこれたものの、自分たちのしたことに、やっぱり罪悪感はあったのよ」


 あの時のことだ。

ホセは守護隊の地下牢から解放されて、すぐに倉庫広場へやって来た。

鍵がかかってないから閉めに行けって言われたって。

だからホセは、戸締まりのためにやって来た。

あの時にホセが何にもしてないことを、私とエンリケは知っている。


「ホセは倉庫広場から火の上がる直前、ここに居たの」

「え? ここって?」

「ここよ。この店の、この場所に」


 そう言って、私はテレサの座っているテーブルを指さす。


「私も一緒にいたの。ホセが倉庫広場に立ち入ったとされた時間に、私もそこに居たのよ」


 テレサの顔はみるみる青ざめてゆき、声は恐怖に震えた。


「フィローネ。あんたまで加担して火をつけたの? どうして!」

「ねぇ、ちょっと待ってよ。私と守護隊の言葉の、どっちを信じるのよ!」

「だってそりゃ……、ねぇ?」


 カミラが止めるのも聞かず、私は店を飛び出した。

石畳の大通りを、真っ直ぐに突き進む。

アシオスの街はいつものように平和で、子供達が駆け回り、パンを焼く匂いがあちこちからして、花を売る屋台の荷台には、今が盛りと咲き誇る色とりどりの花が芳香を漂わせていた。

中心地である噴水広場に、ポツリと立つ掲示板に足を止める。

それを見ている人は、私以外誰もいなかった。


『リッキー商会倉庫広場内で発生した食中毒及び火災についての経過報告書』


 そこに並んだ文字に、じっくりと目を通す。

自分でも意外なほど、落ち着いて読めた。

要約すると、食中毒事件を起こしたことに責任を感じたリッキーさんは罪を認め家族と共に自害し、将来を悲観したホセは、全て隠蔽しようとして倉庫に火を付けた。

ホセの処分については、現在検討中。

判決は十日以内に発表され執行される。


 堂々とそびえ立つ守護隊本部建物は、昇ったばかりの朝日を浴びて神々しいほど光り輝いていた。

その門の前に立つ二人の門番は、きっと自分の制服すら洗ったことはないのだろう。

すました顔して、私たちを何にも分からないバカだと思ってる? 

私は大通りから門へと続く数段の階段を上がると、門番の一人に伝えた。


「表に出てる報告書に異議があるの。掲示から五日の間は、意見を受け付けているはずよ」

「それはそうだが、異議を申し立てる正当な理由がないと、中には入れてやれないぞ」

「それならちゃんとあるから」

「なんだ、言ってみろ」

「私が犯人だからよ」

「は?」


 私は真っ直ぐに、彼らを見返した。


「私が火を付けたの。私がリッキーの倉庫に火を付けた、犯人だからよ」


 真剣な表情に、やっと守護隊の門番は動き出した。


「こ、ここで待ってろ。動くんじゃないぞ」

「いますぐ係の者を連れてくるからな」


 途端に騒がしくなった本部前で、身動き一つすることなく、じっとそこで待つ。

ようやくロビーに入れられた私は、そこでまた待たされた。

明らかに面倒くさいといった表情を浮かべた隊員が、奥からやってくる。


「キミか? 自分がリッキー商会の倉庫に火を付けた犯人だと、言いに来ているのは」

「そうです。私が火を付けました」

「言っとくけど、自白は最大の根拠となり得るよ。たとえそれがウソだったとしても。今ならまだ引き返せる。もう一度よく考えるんだ。キミは、本当に火を付けたの?」

「私の発言が何の証拠も裏付けもなしに採用されるのなら、ホセの『やってない』という自白も、当然採用されるべきではなくて? なにを根拠に、ホセはここの地下牢に閉じ込められているの?」


 目の前に座る隊員は目を閉じ息を吸い込むと、じっくりと時間をかけてそれを吐き出した。


「なるほど。キミの名は?」

「フィローネ。アシオスにある、トリノの雑貨屋で働いています」

「話を聞こう。こちらへ」


 通された部屋は、応接室のような所だった。

深い緑色のソファに腰掛けると、綺麗な花の絵が描かれたティーカップに紅茶が注がれる。

紅茶を運んで来た男の人も守護隊員だったらしく、私の向かいに彼らは並んで座った。


「その日の前日からの、キミの行動を話してもらえるかな」

「分かりました」


 私は全てを正直に話した。

雑貨屋で働いていたこと。

配達に行った時間と場所。

それから……。


「火事の日、倉庫の中に入りました。そこで地下牢から解放されたばかりのホセと会いました。報告書では、そこで火を付けたことになっていますが、彼は火を付けていません。私が見ています」

「じゃあ、キミが火を付けたっていうの? 自分でそう言ったよね」

「私が本当に火を付けたかどうかは、あなた方で調べてください。それが仕事ですよね」

「……。確かに」


 目の前に座る二人の守護隊員は、互いにチラリと目を合わせる。

最初から応対してくれていた先輩らしき男性が、ため息をついた。


「では、トリノ雑貨屋のフィローネ。今日はお帰りください。今回の件についての審判は、後日お知らせします」

「帰っていいの? ここの地下牢ではなくて?」

「逃げ出す恐れがあると判断すれば、地下牢行きです。キミは逃げるつもりなの?」

「いいえ。どこにも逃げるつもりなんて、ありません」


 くるくると巻いた赤い前髪が額にかかるその人は、最後まで冷静で真摯な態度を崩さなかった。


「ならばお帰りください。守護隊としての処分の決定は、後日お知らせします」


 私は守護隊の建物から、あっさり追い出されてしまった。

なにそれ。

このまま地下牢に行って、ちょっとでもホセの顔が見られると思ったのに。


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