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第5話

 翌日にはいつものように店を開け、私たちは鉢植えに小さな花が咲いているのを見つけて微笑む。

おばさまたちのお茶会での話に影がさすこともなかったし、雲は流れ規則正しく太陽は昇り沈み続けていた。


「フィローネ! ついに守護隊が、リッキー商会に立ち入り検査を始めるらしいぞ!」

「本当に?」


 店に飛び込んできたエンリケが、一気にまくしたてた。


「あぁ。ドモーアの率いる調査隊が、リッキーの倉庫広場に入ったって。もう大騒ぎだ」

「それは見に行かなきゃ!」


 現場に到着した時には、もうすでに人だかりが出来ていた。

それをかき分け最前線に顔を出すと、アシオス守護隊の騎馬隊が数人、倉庫広場に集まっていた。

丸々と太った毛並みのいい馬にまたがる中にはもちろん、ドモーアの姿も見える。


「ほら。ここから先は立ち入り禁止だ」


 規制線が張られ、野次馬はそこから先に入れない。

見慣れた広場の奥に、後ろ手に縄で縛られたリッキーさんの姿が見えた。


「うわ、ひでぇな……」


 こんな彼の姿を、見たくはなかった。

にこにこといつも笑顔で接してくれていた彼の背は小さく丸くなっていて、心なしか痩せたようにも見える。

倉庫の管理態勢に問題はあったのかもしれない。

だけど、ここまで守護隊が口を出す必要がある? 

これじゃまるで見せしめのようだ。


 ドモーアが馬から下りると、案内役であろう男が彼らの前に現れた。


「あの人!」


 ジュルの店で、私を押さえつけた男だ! 

あの人がリッキー商会の立会人? 

彼が商会で働き始めたのは、不祥事で騒がれた後のことだ。

そんな人がどうして? 

すでにリッキーさんは囚われの身。

だとしたら、倉庫の案内係として現場検証に立ち会うべきは、ずっと倉庫番を勤めていたホセがするべきじゃない? 

それとも、色黒で体の大きな彼は、守護隊の関係者? 

だからここにいるの? 

いや、きっと違う。

守護隊の隊員はみんな決められた制服を着ているけど、彼は着ていない。


「ダメよ、こんなの。リッキーさんに不利な証言しか出てこないに決まってるじゃない」


 ドモーアは縛られたリッキーさんを引き連れ、守護隊員に囲まれながら、私を押さえつけた男の案内で倉庫の中に入ってゆく。

私は隣でじっと見入っているエンリケの袖を引いた。


「なんだフィローネ。どうした?」

「帰ろう。エンリケ。こんなの、見てられない」


 ホセはどこ? どうしてホセの姿がないの? 

いま一番ここにいるべき人が見当たらない。こ

れが公平って言える? 

私は倉庫広場前を抜け出すと、ホセの居る部屋へ向かった。

人混みをかき分け通りへ出ると、エンリケが追いかけてくる。


「おいフィローネ! どこ行くんだよ!」

「ホセはどこ? この立ち会いにホセがいないなんて! 誰がリッキーさんの味方をしてくれるの? このままじゃ、本当にリッキー商会がなくなってしまう!」


 ホセのところに行った時、広場を埋め尽くすガラの悪い連中は、守護隊から送られた監視役だと言っていた。

だとしたら、守護隊の判断に逆らうような証言をするとは思えない。

このまま守護隊の決定通り、リッキーの店がなくなってしまうのは、絶対ダメ!


 全速力で街を走り抜け、ホセの住む宿の裏庭までたどり着くと、吹き出す汗をそのままに、部屋の扉を開ける。

一目で見渡せる狭い部屋に、彼の姿はなかった。


「おばさん! ホセはどこ!」


 すぐに宿屋の厨房へ駆け込んだ。


「フィローネ!」

「ホセは? いまリッキーの倉庫広場で、守護隊の見聞が始まってるの。ホセが、ホセが行かなきゃ話にならない!」


 見つめる女将さんの顔色は、とても暗くて重かった。


「……。フィローネ。ホセも守護隊に連れて行かれたのよ。もう五日も帰って来てないの。今ごろきっと、本部で取り調べを受けてるのよ。あの足の悪い優しい子が、酷い扱いを受けてないといいのだけれど……」

「守護隊の本部に、ホセも連れて行かれたの?」

「そうよ。これは秘密にって言われてたんだけど、リッキーのところの取り調べをするから、協力してほしいって言われて。ホセはそれに同意して出て行ったのよ」


 愕然と膝をつく。

ホセが広場の立ち会いにいなかったということは、今も守護隊本部にいるのだろう。

意図的に閉じ込められた? 

いずれにせよ、決して手の届かない場所にいるホセと、今すぐに会うことも話すことも不可能だ。

身動きの取れなくなった私の肩に、エンリケの手が触れた。


「フィローネ。守護隊の判断を信じて待とう。俺だって、リッキーさんのことは信じてる。もちろんホセのことも。だけど守護隊だって、悪い人たちばかりじゃないって、フィローネも知ってるだろ? だから、一旦彼らの判断を待たないか? それからでも遅くはないと思うんだ。な?」

「……。うん。そうね」


 結局私たちには、祈ることしか出来ないのだろうか。

だとしたら、もしそれで誰かの願いが届いたとして、それはただ待っているだけの幸運のことを言うの? 

そんなの絶対イヤ。

自分の意志でどうにもならないものに、自分を左右されたくないと思う私は、やっぱり間違ってるのかな。


 自分の無力さに絶望する。

結局私には何も出来ないんだということが、とてつもなくもどかしい。

ふと立ち寄った倉庫広場には、あれだけ沢山いた人々がもう誰も残っていなかった。

張られていた規制線も外され、中に入れるようになっている。

私はそっと、人の気配の消えた倉庫広場に足を踏み入れる。

不思議。

さっきまで大勢の人がここにいて、大真面目な顔してあちこち見て回っていたのに、もうそんなことすらすっかり忘れてしまったみたいだ。


 縄で縛られたリッキーさんが、連れられて入った倉庫の扉に触れる。

保管しておくものもなくなった扉は、何の抵抗もなく開いた。


「おい。いくら空っぽだからって、開けっぱなしはマズいだろ」


 倉庫に誘われるように、ふらりと中に入る。

樽や空の木箱が放置され、こぼれ落ちた小麦や豆が床に散乱していた。

私が知っているのは、大きな麻袋や木箱が整然と並べられた倉庫であって、こんなのはリッキーの倉庫じゃない。

小麦粉がばらまかれた床には、複数の足跡が乱れていた。


「ねぇ、エンリケ。事務所に行ってみない? 倉庫の鍵が残ってるかも。鍵くらいかけてあげたい」


 平屋二階建ての事務所も、やはり開け放されたままだった。

中はしっかり荒らされていて、分かっていながらのぞいたつもりだったのに、胸が締め付けられる。

向かい合わせに並べられた六つの机には、ホセや他の倉庫番のおじさんたちが座っていたのに、今は開けっぱなしにされた引き出しや、帳簿の代わりだった木の板や石炭の塊があちこちに転がっていた。

倉庫ごとに入荷と出荷を管理し、在庫を記録していた掲示板では、曲げた釘に数量を表す木札がかけられ、その日の出荷予定も含め当時のままの状態を記録している。

この場所は間違いなく活気に満ちていたのに……。


「本当に諦めるしかないの?」


 思わず漏れた本音に、声が震えた。


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