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第3話

 お日さまの傾き始めた賑やかな通りを抜けると、緑のペンキが所々剥げ落ちた三角屋根が見えてくる。

ようやくたどり着いた我が家にほっとしたのもつかの間、店の前に停められた小さな荷馬車の横で、御者の男とエンリケが言い争いをしていた。


「冗談だろ? こんなものが受け取れるわけないだろ!」

「そんなの知らねぇよ! こっちは頼まれた荷物を言われた場所に持って来ただけだ!」

「持って来ただけって……。じゃあどうすればいいんだよ……」


 エンリケは荷台に積まれた大きな麻袋をのぞきこみ、途方に暮れている。

「どうしたの?」

「あぁ、お帰りフィローネ。これを見てくれ」


 積まれていたのは、カカンの実の皮を干して乾燥させたものだった。

料理の薬味として爽やかな柑橘系の酸味を加えるだけでなく、生薬として健胃、鎮咳、食欲不振などに使われたり、お茶やお菓子に加えるフレーバーにもなる、とても使い勝手のいいものだ。

主に冬に実を付けるので、春先のこの時期には新しいものが多く出回る。

古いものほど味も薬効成分も濃くなると言われ、出始めの今の時期に大量に買い込み、少しずつ使いながら大切に保管し、価格が上がるのを待つタイプの生薬だ。


「なにコレ。これが本当にカカンの皮なの?」


 本来なら、くすんだオレンジ色をしているはずのカカンの皮が黒ずんでいて、明らかに質が悪い。

しかもよく分からない他のものの皮まで混ざっている。


「今年のカカンの実の出来は、悪くなかったはずだ。たとえ不作の年だったとしても、こんなに質の悪い状態のを、見たことないぞ」


 エンリケの言う通り、傷んだ実の皮まで干して作られたみたいだ。

この麻袋の中を、使えるものとそうでないものに仕分けたとして、半分も残らないだろう。

私は黒ずんだ皮の欠片を、一口かじってみた。


「うっ、なにこれ……」


 とんでもなく苦い。

これじゃとても、売り物になんてならない。


「こんな状態のものは受け取れない。納品をやり直して」

「そりゃ無理な相談だ! じゃあキャンセルってことでいいのか?」

「キャンセルだなんて言ってないから。やり直してと言ってるの」

「そんなものが通るわけないだろう! 売買契約はとっくに済ませてるはずだ。お宅に振り分けられた取り分が、それだったって話だよ。とにかく俺は、言われた通り届けたからな。受け取れないってのは、お前らの勝手だ!」


 男は御者台に乗り込むと、麻袋を荷台に乗せたまま、馬にムチを入れ荷馬車を動かした。


「俺は渡したからな! 後はお前らの好きにしろ!」


 どうするつもりなのかと見ていたら、男は私たちから十分な距離を取ったところで、麻袋を荷台から地面に放り投げた。


「えぇ?」

「渡したからな!」


 そんな捨て台詞を残して、逃げるように走り去る。


「もう! 全く。仕方ないわね!」


 取り残されてしまった麻袋を、そのまま放置しておくわけにもいかない。

私一人が何とか抱えて持てるくらいの袋を、仕方なく店の倉庫に運ぶ。


「どうすんだよ、フィローネ。カカンの皮が今年は手に入らないだなんて、ありえねぇよ。他の卸しに頼むったって、今からじゃ無理だよな。もう今年収穫された分の行き先は、全部決まってるだろうし……」

「だけどこれじゃ、契約違反じゃない。私とエンリケでちゃんと契約を交わしたはずよ。サパタ商会にこの証拠品を持って、新しい品を入れてもらうよう交渉しよう」

「だな」


 事は急げ。

問題ごとの解決は、早ければ早いほどいいというのは、鉄則中の鉄則。

今度はしっかりと身なりを整え、戦闘態勢を整えると、丘の上にある貴族の元別荘を改装したサパタ商会へ向かった。

一度はくぐったことのある門だ。

もう驚いたり気後れすることはない。


「雑貨屋トリノから参りました。お話ししたいことがあります。面会をお願いできますか」


 エンリケと共に、鋼鉄の門の前に立つ。

伝令役の小姓が駆け出す中、脇に控えた門番が丁寧に頭を下げた。


「雑貨屋トリノさまですね。どうぞお入りください」


 この店の店員の、立ち居振る舞いだけは間違いなく一流だった。

微かな音を立て門扉が開かれると、前庭にいくつもの豪華な馬車が待機しているなか、私とエンリケは自分たちの持っている一張羅を着て、本館までの道のりを歩く。

私たちにこんな立派な馬車を用意するお金はなく、荷馬車すら借りる余裕もない。

それでも堂々と胸を張って歩く。

前庭には小さな噴水まで動く、リッキー商会の喧騒とは似ても似つかない上品な水音を聞きながら、正門へ向かった。


「どうぞ。こちらへお越しください」


 ここではいつも、驚くほど沢山の商取り引きが行われている。

野太い笑い声や悲観的な叫び声、笑顔に弾けたような顔もあれば、怒り泣き叫んでいる人もいる。

緊張感の漂うこの空間には、やっぱり慣れないなと思った。

この店で扱う金額を想像すると、それだけで恐ろしくなる。


 案内されたソファに腰掛け順番を待つ間、ふと中央の階段から、ロビーに下りてくる派手な一行が目についた。

二階の個室で商談をしていたのだから、私たちのような小口の取引先ではなく、大口客なのだろう。

サパタ商会側の人間は、全員が同じ制服を着ているが、客は異国風の衣装を着た人たちだった。

ここはアルパラナ王国の城下街で、外国人を見かけることも少なくない。

彼らがとこから来たのかはわからないが、地元の人間でないことは確かだ。

その異国風の男性が持っていた小さな巾着袋に、私は目を見開いた。


「ねぇ。ちょっと待って。なにあれ」

「ん? どうしたフィローネ」


 思わぬところで見つけたそれを追いかける。

混雑するロビーを無理矢理かき分け横切ると、私は彼らの前に躍り出た。


「その手に持っているものはなに!」

「なんだ貴様!」


 私は怯むことなく、突然の出来事に驚く異国風の男を見上げた。


「それを見せてもらってもいいですか!」

「この女を捕らえろ!」


 警備員らしき人たちが、階段を駆け上ってくる。

異国風の男性を背に隠した、商会の男をにらみつけた。


「それはリッキー商会の麻袋よ。どうしてそれがこんなところにあるの? リッキー商会のものは、すべて守護隊によって没収、差し押さえされたんじゃなかったの?」


 ロビーにいた全ての人たちの視線が、私たちに集まる。

ここにいる人たちなら、全員知っているはずだ。

守護隊とリッキー商会とのいざこざを。


「それがどうした? 他の店の麻袋が混ざることだってあるだろう。これはうちが引き取った商品の一部だ」

「引き取った? どういうこと?」


 倉庫が封鎖される直前、多くの荷物が外に運び出されていた光景を思い出す。


「もしかして、リッキーの倉庫にあったものを、あなたたちが横取りしたの?」

「買い取ったんだ! 変な言いがかりはやめてもらおうか」


 店員の目が、憎らしげに私をにらみつけた。


「何にも知らないガキが。終わった話をいつまでも蒸し返して、騒いでんじゃねーぞ」

「終わったってどういうこと? まだ最終的な調査報告は出てないはずよ」

「あぁ? 悪評がたった時点で、商売としては終わってるんだよ。そんなことも分からないのか」

「噂なんかより、真実の方が大事に決まってる。たとえ間違えたとしても、その失敗をどう扱うかの方が大切よ!」


 大きな音がして、吹き抜けとなっている二階の一室が開いた。


「なんの騒ぎだ」


 ドモーアだ! 

このアシオスに最近就任した、新しい守護隊長。

ふわふわとした黒く長い髪と、真横にピンと髭を伸ばした、アシオスの最高権力者。


「あ……」


 私に気づいたドモーアは、瞬間わずかに眉をしかめた。



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