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第2話

 明るい日差しがまんべんなく降り注ぎ、吹く風は肌に優しい。

アシオスの街は、いつもと何も変わらないようにみえた。

私は頬にかかる波打つオレンジの髪を耳にかけ直すと、通い慣れた街並みに目をこらす。


「ねぇフィローネ、どこへ散歩しに行くの? って、あ! リッキーの倉庫広場か。俺も好き!」


 メイルが鮮やかな緑の目をキラキラと輝かせる。

リッキー商会の倉庫が立ち並ぶ広場は、アシオスの郊外にあった。

三角屋根の大きなレンガの倉が五つ、荷馬車の行き交う広場に建てられている。

それぞれの倉庫には付けられた番号によって、保管されている品の種類が分けられていた。

一番は食料品、二番は小麦粉やトウモロコシ、大麦などの穀類、三番は木材や家具などの日用品で、四番は医薬品。五番はなめし革や衣料の生地などが主に運び込まれる。

リッキーの倉庫にくれば手に入らない品はないと言われるほど、このアシオス地区では一番の大きな卸問屋だ。

アシオスの内外から様々な品物の行き交うこの場所は、来ればいつも見知らぬ世界の片鱗を教えてくれる。

リッキーさんは遊びにやって来る子供たちに、喜んで色々な物を見せてくれた。

ここは私たちにとって本で読むだけではない現実世界の広がりを知り、感じることのできる夢のような場所だ。

知らない土地、知らない世界のあらゆるものを、ここでなら実際に手に取り見ることが出来る。


 私はあぜ道から高い塀に囲まれた倉庫広場に入ると、見知った顔を探した。

ひっきりなしに大きな荷馬車が行き交う倉庫広場では、積み荷の上げ下ろしを行う力自慢の男たちがあちこちで待機している。


「なんだぁ? お嬢ちゃん。こんなところに出入りしてると、馬に轢かれて死んじまうぞ?」


 いつもなら広場のすぐ分かるところに倉庫番のホセがいて、忙しくさえなければ注文を聞いてくれたり、新しい品や珍しい品を見せてくれたりするのに、今日はどこにも彼の姿が見当たらない。

重たい荷物を軽々と肩に担ぎ、威勢良く声を上げて笑う気さくなおじさんたちも、どこにも見当たらなかった。

代わりに目に入るのは、胸板の厚く筋骨隆々とした、目つきの悪い荒くれ者ばかりだ。

なんだか本当に、とんでもなく場違いな所に来てしまった気分になる。


「うちに届けられるはずの荷物が遅れてるの。発送の状況を確かめにきたのよ。分かる人いる?」

「あはははは! 何言ってんだコイツら」


 何もおかしなことは言っていないのに、私とメイルを取り囲む屈強な男たちが一斉に笑った。


「ここはお前らみたいな女子供が、オママゴト遊びをしにくる所じゃねぇんだぞ。さっさと帰りな。それとも、お前らが売られにきたのかぁ?」

「あぁ、本当だなぁ! このお嬢ちゃんなら、高く売れるかもなぁ? 誰か今夜買ってやるか?」


 彼らの笑うくだらない冗談なんて、聞く価値もない。

ニヤニヤとだらしない笑みを浮かべる男たちの間に、知った顔を探した。


「ねぇ、倉庫番のホセはどうしたの? 姿が見えないようだけど」

「あ? 誰を探してるって?」


 ホセの名を口にしたとたん、野良犬のように寝ていた男たちが、むくりと起き上がった。


「ホセよ。ここの倉庫番の人。知らないの? あぁ、道理で! だから私たちのことも分からないのね」


 震えるメイルの手を握る私の手も、同じように震えていた。

体の大きな男三人が、指をバキバキと鳴らしながら私たちを見下ろす。


「ホセ? あぁ、もちろん知ってんよ。あの足の悪い、ひょろっこい男のことだろ? アイツは荷物を運ばせてもトロくてなぁ! 積んでた荷物の下敷きになって、全身骨折で辞めちまったよ」

「彼に積み荷を運ばせたの? 足が悪いのに? ここに元々いた人たちは、誰もそんなことをさせてなかったのに?」

「あんな体じゃあここで働けないからよぉ。自分で背負った荷物に潰されてりゃ世話ないよなぁ。あはははは」

「だからホセは、運ばれてくる積み荷の管理を任されてたんじゃない。それがどうして、ここで働けないってなるの? たとえ全身を骨折してたって、辞める必要はなかったはずよ」

「あぁ? 辞めたから辞めたっつってんだよ! 女が口答えしてんじゃねぇ!」


 凄む男に、メイルが「ひぃ」と小さな悲鳴を上げる。

私はその男を、負けずにらみ上げた。


「あんたたちこそ何サマのつもり? 私は頼んだ品の配送が遅れてるから、ここへ確認に来てるのよ。お客さんなんだよ? 荷運びをしてるっていうのなら、それが今どうなっているのか、教えてください」

「あはははは!」


 男たちはまた一斉に笑った。


「オレンジの髪をしたカワイイお嬢ちゃんが、仕事だってよ」

「仕事って、ここに子連れで遊びに来ることか?」

「やっぱ口の利き方が分かってねぇなぁ! 痛い目みねぇと分からんもんか」


 男の一人がニヤけた気持ち悪い笑みを、鼻先まで寄せてくる。


「荷物が届かねぇってことは、そんな依頼はなかったってことだ。ないもんを用意しろって言う方が、困った奴じゃねぇのか?」

「そんなことあるわけないし。店に戻れば、ちゃんと帳簿をつけてるから」

「そうか。なんて店だ」


 男の顔には、悪意しか浮かんでいない。

私の話の内容になんて、彼らには全く興味関心がない。


「……。トリノの雑貨屋よ」

「へぇ。覚えておくよ。今度はこっちから挨拶に行ってやるからな。ちゃんと覚えてろよ」


 筋肉で盛り上がった両腕を組み、空っぽの頭で目の前に仁王立ちされても反応に困る。

彼らは私に、自分たちをどう思ってほしいと思っているのだろう。


「リッキーさんに直接話が聞きたいから、事務所に行きます」

 メイルの手を引き、彼らに背を向ける。

ここはもう、私の知っていた場所じゃない。

歩き出したとたん、背後から投げられた石が、耳の横をかすめた。

ガシャンと大きな音をたて、リッキーさんたちがいるはずの事務所窓ガラスが砕け散る。

それでも中から顔を出す人は一人もおらず、暗い部屋の扉は閉じられたままだった。


「お嬢ちゃん。今日は帰りな」

「……。また後で、荷物の確認にお伺いさせていただきます」


 今は帰ろう。

リッキーさんを含め、知っている顔がいない限り、結局ここに居ても無駄だ。

脳を欠如させたような男どもが、私の声色を真似して「また後で、荷物の確認にお伺いさせていただきます」と抑揚をつけて復唱した。

それを聞いて、彼らはまた笑う。

私は感情を殺したまま、倉庫を後にした。



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