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第9話

 波打つオレンジの髪に、同じ色をした大きな目。

どちらかといえば白い方に入るであろう、健康的な肌と丸い頬をしている。

落ち着かない様子で不安げにそわそわとしているが、どうやらそれはこの店の雰囲気にではなく、俺に対してらしい。


「キミは、ここにはよく来るの?」

「まさか! そんなことはない、です……」

「そう。なんだか慣れているみたいな感じだったから」


 にこっと愛想笑いなどを浮かべてみる。

こんな風に、俺のことを何も知らない女の子と話すのは久しぶりだ。


「慣れて……は、ない、です。ただ、昼間のお客さんのいないこの店を知っていただけです。店主の女将さんとも顔見知りだし。夜の営業時間帯に来るのが初めてだったってだけで……」

「俺はセリオ。君の名は?」

「フィローネよ」

「フィローネは、この近くに住んでるってことで、合ってる?」

「あー、そうね。合ってる」

「どうして今夜はここへ?」


 彼女はそれには答えず、思案するような目で俺を見上げた。

運ばれてきた料理がテーブルに並べられていても、お腹は減っていないのか、そこに関心はないらしい。


「セリオはどうしてここへ?」

「俺? 俺は……。ただここに、食事をしに来ただけだよ」

「あまりこの辺りでは、見かけない顔だと思って。遠くから来たの?」

「少なくとも、アシオスでないことは確かだね」


 テーブルに肘をつき、にっこりと微笑んでみせる。

ディオスとパブロが帰ってくるまで、どうやって時間をもたそうかと、そんなことばかり考えている。


「で、どうしてフィローネはここへ?」


 彼女はここが宮殿内であれば、決して許されないほど十分にためらってから、ようやく口を開いた。


「……。知り合いの卸問屋が、問題を起こしたという疑惑をかけられてるの。ネズミの被害を出したからっていうのがその理由なんだけど、どうしても納得いかなくて……」

「それはアシオスでのこと?」

「そうよ」

「ならアシオスの守護隊長が、そう判断したってことだ」

「……。そうね……」

「だったら、誰にも文句は言えないよね」


 そう言った俺に、彼女はオレンジの目を伏せ、明らかに悔しそうな顔をしてうつむいた。


「だけど、ネズミが出るような管理態勢じゃないの。そんなことがあの店で、起こるわけがないの。誰も健康被害を訴えた人もいなくて、病人も出てないのに。それなのにどうして、店を潰されようとしているの? それが納得できなくて」

「その理由を、キミが追いかけてきたあの男が知ってると?」

「分からない。だからそれを、今夜聞こうと思ったの」


 そういえば今日の御前会議で、ドモーアが何か言っていたな。

アシオスでの感染拡大を防いだとかなんとか……。


「なるほどね」


 俺はため息をついた。

守護隊長がそう決断したのなら、それまでだ。

たとえ後にクロだと分かっても、覆ることはない。

諦めるしかないことを諦めきれないでいる、バカな女だ。


 綺麗に盛り付けられた美味そうな料理が、すっかり冷めてしまった。

だけどこの子は、俺と同じだ。


「父さんが殺されたんだ」

「えっ?」

「俺は、父さんは殺されたと思ってる。だけど、診察した医者は病死だっていうんだ。それに納得いかなくて、宮廷医をしていたというアシオスのサムエル先生のところを訪ねたんだ。ベルナト王が亡くなったのは、フィローネも知ってるだろ?」

「え、えぇ。確か病死だって発表が……」

「そのベルナト王の症状に、父さんの死がそっくりなんだ。気持ち悪いくらいにね。それで、先生に相談したくて訪ねたんだけど……」

「サムエル先生はなんて?」


 彼女が身を乗り出す。

父の話をする俺に、こんなにも真剣に耳を傾けてもらえるのは、初めてのような気がした。


「答えてもらえなかった。先生にとって宮廷医の助手であったことは、触れてはいけない過去だったらしい」

「そんなことない! そんなこと絶対ないから!」


 彼女は真剣だった。

見ず知らずの俺の話を聞いたところで、何の関係もないのに。


「サムエル先生は、とってもいい先生よ。元宮廷医だけあって腕は確かだから。私、先生の診療所に軟膏の元になる基剤や薬草を届けているの。雑貨屋をやってるから。セリオさえよかったら、私が代わりに話を……」


 彼女の視線が宙を泳ぐ。

振り返ると、ディオスが店に戻って来ていた。

黙ってしまった彼女に、俺は構わず話しかける。


「フィローネが、俺の父さんのことを聞いてくれるの?」

「い、いいわよ。私でよかったら。何を聞けばいいの?」

「ベルナト王の、死の様子が知りたい。それが本当に俺の父さんと同じ症状だったのか。それだけでいいんだ」

「分かった。いいよ。どれだけ聞き出せるか分からないけど、そういうことなら力になる。ねぇセリオ、また会える?」

「もちろん。いつにする?」


 パブロも戻って来た。

俺とフィローネが同じテーブルにいることに驚いたのか、一瞬ビクリと体を震わせたが、すぐにディオスの向かいに腰を下ろす。


「わ、私は、いつでも大丈夫だから。たぶんセリオの都合に合わせられると思う」

「そう。今日のこともあるし、もうあまりこの店には出入りしない方がいいかもね」

「う、うん。そうね。そうするつもり。私もその方が助かるかも。この店に夜は、もう一人では来ないようにする」

「うん。それがいいね」


 俺はパブロと目を合わせた。


「フィローネ。こいつに家まで送らせよう。そしたら俺の方からキミに会いにいく。それでいい?」

「え? あ……、うん。それがいいかも」

「都合が悪い?」

「ううん! 大丈夫。平気よ。なら出来るだけ早く、サムエル先生のところへ行って聞いておくね」

「ありがとう。そうしてくれると助かるよ」


 にっこりと微笑んで、作り慣れた笑顔を向ける。

パブロが立ち上がったのに合わせて、彼女も腰を上げた。


「それじゃあ、また会おうフィローネ。おやすみ」

「おやすみなさい」


 空席が目立ち始めた店内から、二人が出て行くのを見送る。

完全に姿か見えなくなってから、ディオスが彼女の座っていた席へ移動した。


「そのまま帰してよかったのか? お父さんの話を、あの子にしたの?」

「まぁ、流れでそうなった」

「本気か? 何かアテでもあったのか?」

「まさか。単なるヒマ潰しだ。お前らが戻ってくるまでの時間稼ぎだよ。俺が本気でアレを頼ると思ったか」

「……。気に入ったのかと」

「フン。それはないね。俺の好みくらい知ってるだろ」

「セリオがそれでいいなら、それまでの話だよ」


 ディオスは誰も手をつけていなかった炒めものを直接指でつまむと、口に放り込んだ。


「で、そっちはどうだったんだ?」


 ディオスは油のついた指先を舐める。


「ペドリじゃない方の男を追いかけてきた。アイツら、あぁ見えてアシオスの守護隊メンバーだ。二人揃って本部庁舎に消えた」

「ペドリがアシオスの守護隊と繋がってる?」

「分かんないね。だけど、その可能性は高い」

「なんで?」

「さぁ。調べる?」


 俺もディオスに釣られて、ニンニクで炒められた緑の茎を口に運ぶ。

何をどう考えても、ペドリが一地区の守護隊長と親しくなったところで、得られるメリットは何もない。


「パブロの帰りを待ってから考えよう」

「パブロの方は、どうせ何もねぇよ。奴らは店を出てすぐに別れた。パブロがペドリの方をとったのは、そのまま戻るのが分かってたからだよ。楽な方を先にとりやがって」


 ペドリはいくら王城に勤める上級仕官とはいえ、ガルシア家に仕える使用人だ。

ということは、アシオスの守護隊長ドモーアとヘススの繋がりを保っているのが、ペドリということか? 

しかしドモーアは普段からヘススと絡んでいて、交友関係を隠す必要はない。

ドモーアにしてみれば、むしろ積極的にヘススとの関係をアピールした方がいい。

それをなぜペドリを介して守護隊関係者に会う必要がある? 


 案の定、パブロはすぐに戻ってきた。


「無事に送り届けたか?」


 パブロは俺と目を合わせると、大きく一つだけうなずいた。

何か話したかと尋ねようとして、やめた。

コイツが俺のいないところで、口を開くわけがない。

パブロは目の前に置かれた肉をナイフで剥ぎ取り、飲み込んだ。


「ペドリとアシオスの守護隊か。何かあると思う?」


 腹が減ってきたのか、食べ始めたディオスとパブロの手が止まらない。


「どうせくだらないことだろうよ」

「ペドリの奴、守護隊長に興味でもあったのか? 将来なりたいと思ってる?」

「だとしても、アシオスはないだろ」

「はは。だけど、他の地区って言ってもなぁ!」

「無理無理。家柄やコネだけじゃさすがに勤まらないよ。頭のよさも必要だけど、度胸と剣もないとな。口先のゴマすりだけじゃなれねぇよ」


 ようやく楽しい酒になった。

明け方近くまで飲み明かしいつものように日の出前には城に戻ると、脱ぎ散らかした服をそのままにベッドへ転がりこむ。

三人でゆっくりと昼過ぎまで深い眠りについた。



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