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第5話

「俺は遊びでここまで来たんじゃない。真面目に答えろ」

「真面目に答える価値がとこにある? そんなことを知って、キミこそどうするつもりだ。真犯人なんてモノは、あの世界には存在しないぞ? 宮廷とは、そういうところだ」


 生意気な男だ。

湧き上がる苛立ちを隠せないまま、にらみつけていた視線を外すと、男は緊張から解かれたかのように、声をどもらせる。


「とにかく、何が真実で何がウソであったとしても、王は生き返らないしお前の人生が変わるわけでもない。結果は同じだ。過去は何をしても変わらない。なのに、そこに至る過程に理屈をつけてどうする。現実を見ろ。今を見て、これからのことを考えるんだな」


 これ以上、この男と冷静に話し合える自信はなくなった。

そんな説教、腐るほど聞いている。

俺の怒りに怯えたサムエルは、灰色の目を逸らした。

机に視線を落とし、診療記録のようなものを書いているつもりで書けていない。

俺は腰に巻き付けてあった金貨の詰まる袋を引きちぎると、男の前にドンと投げ置く。


「今日のこと、他言は無用だ。この金を診療代として受け取れ。いずれまた、ここへ来ることもあるだろう。その時までに、ベルナト王の最期について、よく思い出しておくんだな」


 店を出ると、すぐさまディオスとパブロが駆け寄ってきた。

最高に不機嫌な俺に、ディオスは眉をしかめると、城の外で俺を呼ぶ時の名で呼んだ。


「セリオさま。どうなさいましたか?」

「何でもない。気分を害した。帰るぞ」


 馬にまたがり、人通りの多い市中を駆け抜ける。

突然の早馬に驚く人々が、慌てて道を開けるのが笑える。

そのまま一気に郊外の草原まで駆け抜けると、馬を急停止させいななく背に後ろを振り返った。


 草原の向こうに、薄茶けた街が広がる。

その中央に高くそびえるのは、この国を支配する王が住むアルパラナ城だ。


「あの城は誰のものだ!」

「王のものにございます」

「その王は、いまどこにいる!」

「いまのアルパラナに、王と呼べる王はいらっしゃいません」

「そうだ! だが王となる資格を持つ者が、この世に一人いる。それは誰だ!」

「ニロ王子にございます」

 ディオスとパブロは馬を降り、並んで大地にひざまずいた。

俺はそんな二人から視線をあげ、手綱を強く握り締めた。

遠く高く霞む黄土色の孤城は、今は決して手の届かない場所にある。

それでも俺は、取り戻さなければならない。

現国王である祖父王が死んだ後に、今の俺が王となっても、王としての道はない。


「戻ろう。今日は疲れた」


 馬を走らせ、アルパラナ城の東口に回る。

秘密の通路を抜け、今朝脱ぎ散らかした服がそのまま散乱する、執務室に戻った。

西の空にオレンジの日が沈み、城内で勤務時間の終わりを知らせる鐘が鳴った。

マズい。

この鐘は俺にとって、帰城までの門限を知らせる鐘だ。


「おい、急いで着替えろ!」


 変装用のシャツに手をかけたところで、ドアがノックされた。


「殿下。こちらにおいででしょうか」


 アギレ家のフレン公爵だ。


「今朝はご挨拶に来られず、失礼いたしました。執務室にお邪魔してもよろしいでしょうか」


 俺は上半身裸のまま、履いていたブーツを脱いでいる最中だし、ディオスは宮廷専用の白シャツのボタンをとめている途中だ。

パブロに至っては全裸のまま、まだ自分の着るべき服を探している。


「フレンか。今そのドアを開けてみろ。左右にいるどちらかの侍女の首が飛ぶぞ。どうする? 右にするか左にするか。それを決めてから開けろ」

「……。それでは、右にいたしましょう」


 扉が開く。

チッ。冗談の通じない奴だ。

俺は枕元にあった短剣を手に取ると、開き始めた扉に向かって投げる。

それは右の柱に当たり、カツンと小気味よい音をたて突き刺さった。


「おや。ニロ王子から見て右側でございましたか。それは失礼いたしました」


 ディオスだけが何とか上下の服を身につけ、まだシャツを中に入れていない状態ではあるものの、ベッドから降り顔を紅潮させ立っている。

パブロは服を着るのを諦め、裸の背をフレンに向けたままシーツに顔を埋めていた。


「お前から見て右側とはどういうことだ。俺から見て右側に決まっているだろう。何を勘違いしている」

「失礼いたしました。これに免じて、侍女の処分はどうかご勘弁ください」


 フレンが深々と頭を下げる。

俺はその間に、ようやく見つけたシャツを素肌に羽織った。


「いいだろう。だが許すのは今回までだ。次はないと思え」

「殿下の深いお心遣い、感謝いたします」


 フレンの怒りと蔑みに満ちた灰色の目が、俺をにらみつける。


「ですが殿下。どうか執務中は服を着ておいでください。いつ何時、誰が尋ねてくるか分かりません」

「お前の口を塞いだ方がよくないか?」

「恐れ入ります。本日の政務のご報告のために、政務官たちが控えております。会議室までお越しください」


 外へ出ていた時に履いていたブーツは脱いだが、城での靴が見当たらない。

結局着替えまで間に合わなかった。


「そうか。なら待たせておくのも悪いな」


 俺が素足のままベッドから下りるのを見て、ディオスは慌てて着替えの続きを始めた。

はみ出ていたシャツをしまい、上着を探している。

パブロはベッドの上で、どうしたものかと俺を見上げた。


「お前たちはあとでいい。先に行っている」


 ペタペタと大理石の床を素足で進む。

フレンはもう一度深々と頭を下げると、輿に乗った俺を先導して歩いた。

結局ズボンは外へ出た時の平服のまま、上はシャツのボタンを留めるまでに至らず、素肌に羽織ったままだ。

通路に並ぶ兵士や役人たちは、あくびをする俺に向かって頭を下げ、ただ通り過ぎるのを待っている。

俺は痒くなった腹をボリボリと掻きながら、王太子の日々の日課とされている業務を行うため、会議室の前で輿を降りた。


「おぉ! これはこれはニロ王子。わざわざ執務のために会議室までお越しくださるとは、このヘスス、感激にございます! 本日は珍しく時間に間に合いましたな。久しぶりのお越しに、城に仕える者たちの志気も高まりましょう」


 ガハハという下品な笑い声に、顔をしかめた。

なにが志気も高まるだ。

いない方がいいとしか思っていないくせに。


 国政を牛耳る二人の公爵は、薄ら寒い笑みと苦々しい含み笑いをそれぞれに浮かべながら、俺を王の代理として玉座に座らせる。

すぐに白い霞のようなカーテンが引かれ、俺と世界を隔てると、見えるもの全てを覆い隠した。

準備が整ったところで、空っぽだった会議室に今日の報告係という不幸な実務の当たった二人が、震えながら現れた。


「本日の議題に関してですが、まず今月の各地区ごとの財務調整を行い、申請のあった河川工事の優先順位の決定について……」


 彼らの話を真面目に聞いたところで、俺には決定権がないどころか、意見を述べることすら許されない。

両脇に控えるヘススは甘い口調で、フレンはイヤミたっぷりに、俺の口をあの手この手で封じてくる。

すっかり諦めた。

彼らの報告はどんな子守歌より強力な呪文で、徐々に瞼を重くする。

俺は広い玉座の上で膝を抱え丸くなると、そのまま目を閉じた。


「王子。もう終わりましたよ。丁度お迎えが来たようです」


 どれくらい時間が経っていたのだろう。

肩を揺り動かされ目を覚ますと、フレン公爵の飛び出たギョロ目が、汚い物でもみるように俺を見下ろしている。

カーテンの内側には、きちんと着替え終わったディオスとパブロが立っていた。


「本当に、この二人は王子のお気に入りですな。よく懐いているようで」


 ヘススは不自然に作った顔で、高らかに笑う。


「忠臣を得ているとは、うらやましい限りです。それでは失礼」


 フレンはディオスとパブロを鼻で笑うと、会議室を出て行った。

すぐにヘススもいなくなる。


「悪かったな」


 丸まっていた椅子から下りると、ディオスは半裸に近い俺の肩に上着をかけ、パブロは床に靴を並べた。


「……靴なんて、輿に乗って移動する俺には、必要ないのにな」

「それでも履いてはおくものです」


 黄土色の回廊に松明の明かりが灯され、夜の闇が昼を押しのけ始めていた。

待機していた輿の上に横たわると、ゆっくりと持ち上げられた視線の先に、公爵二匹の姿が見えた。

俺の後見人を務めるヘススとフレンの背がふと近寄ったかと思うと、彼らは歩いたまま何かを耳打ちし、数度言葉を交わす。

狡猾なワシ鼻と抜け目ない目を互いに向けあい、ニヤリと微笑んでからようやく別れた。

彼らの背に垂れ下がる重々しいマントが、わずかに揺れ動いている。


「ニロ王子。今夜はどうなさいますか?」

「部屋に戻る。お前たちも、もう休め」


 ディオスとパブロはその場に立ち止まると、揃って頭を下げた。

俺は仰々しい輿に乗せられたまま、白い牢獄へ戻った。



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