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第3話

 宮殿の端にある、一番見晴らしのいいここからは、アルパラナの城下街が一望できる。

その庭園の奥にある、執務室へ向かった。

この扉の両側には、扉付きの侍女たちが控えている。

俺たちが近づいてくるのに気づくと、彼女たちの唯一の仕事である扉を開いた。

この部屋は事実上、俺の私室だ。

部屋の中央には、死にかけの王が眠るベッドより大きなベッドが置かれ、その周囲を数々の美術品や調度品、実用性のない飾り見るためだけに作られた鎧や武器が囲んでいる。


 扉の開いた瞬間、後ろを歩いていたパブロが俺を追い越し、部屋に駆け込んだ。

着ていた上着を床に脱ぎ捨てると、ベッドの上へ飛び乗る。


「はは。なんだ。お前も我慢出来なかったのか」


 ベッドの上で、パブロの白く健康的な、艶やかな肌が顕わになる。

俺もその場で王太子の上着を脱ぐと、ベッドに飛び込んだ。


「お前も早く来い」


 そう言われたディオスは、諦めたような軽いため息をつくと、前髪をかき上げる。

はめていた白い手袋を外し、ベッドへよじ登った。

俺は半裸のパブロが待つ横に寝転がると、扉を開閉するためだけに立たされている侍女二人に命じる。


「扉を閉めよ。中から合図があるまで、誰が来ても決してそれを開くな。死んでもそこを守れ」


 ディオスも上着を脱いだ。

鍛えられた腕と胸筋を持つ男の体が、柔らかなベッドに横たわる。

女たちは黙って頭を下げると、言われた通り扉を閉めた。


「よし。もういいぞ」


 それが完全に閉じられるのを待って、俺は残っているシャツのボタンに手をかける。


「だからどうして、着替えるのにいちいちこういう演出が必要なんですかね」


 ディオスはベッドにうつ伏せになったまま、全く動こうという気配はない。


「仕方ないだろう。これなら絶対に誰も入ってこない」


 俺は着ていた服を全て脱ぎ捨てると、衣装箪笥を開けた。

そこには女性用のドレスから水兵の作業服、城に仕える侍従侍女の衣装から騎士団の制服まで、思いつく限りの様々な衣装が詰め込まれている。


「で、今日はどうするんだ? ディオス」

「なんだっていいですよ。何します?」

「それが一番困るんだ。パブロ。お前が決めろ」


 俺は取りだした衣装を次々と床に投げ捨てる。

パブロはそれをまとめて拾い上げると、まだうつ伏せで倒れるディオスの背に投げつけた。


「おい、やめろ」


 二人の取っ組み合いが始まると、俺はベッドの上に戻る。


「はは。じゃあ着替えの前に、例の報告を聞こうか。父を最期に看取った医師団のメンバーが、見つかったんだっけ」

「不明だった残りの二人に話しを聞けたようです。ですがやはり、心停止という判断を下したようです」

「そうか。唯一その判断に異を唱えたという者は、まだ見つからないのか」

「それがどうも、正規の資格を持った宮廷医ではなかったようです」

「そんな者が、王の最期の診察に紛れていたというのか?」

「見習いの医師だったようです」


 ディオスは飾られている甲冑の中に隠されていた、小さく丸められた紙片を取りだし広げる。


「見習いの医師というより、助手ですね。現在はアシオスで町医者をやっているようですが」


 盛大なため息が漏れる。

それと同時に、怒りすらこみ上げてきた。


「アシオスで? 父王は、そんな連中の手にかかって死んだのか」


 倒れる数日前から、確かに父は体調不良を口にしていた。

だが顔色の悪いのも動きが鈍いのも、いつものことだった。

食事を終え、大勢の家臣団に囲まれ歩いていた父は、突然皆の前で血を吐き倒れた。

外傷はなく、誰かに襲われた可能性はない。

食事内容が徹底的に調べられたが、その場で食事を共にしていた多くの者に何の症状も現れておらず、父に注いでもらった同じ瓶から酒を飲んだ俺自身も、無症状の一人だった。

父以外に、倒れた者は誰もいない。

三ヶ月にわたって調査され出された結論は、心不全による心停止。

だけどそれで、吐血するか? 

その嘔吐物は血ではなく、飲んだワインの色と見間違えたのだと言われてしまえば、すぐさまその場から引き離された俺には、もう何も言い返すことが出来なかった。


 ベッドに散らかされた服を掴むと、知らせを入れてあった甲冑に向かって投げつける。

見かけだけの甲冑は、大きな音を立て倒れた。


 犯人は分かっている。

いまこの国を実質的に支配している、ガルシア家のヘスス公爵か、アレギ家のフレン公爵の、どちらかの息がかかった手の者だ。

正解は分かっているのに、そこにたどり着くまでの道が途方もなく遠く険しい。

しかも父の死は病死と片付けられ、それに異を唱える者は誰もなく、終わったこととされている。

それを今さら覆すことに、どれほどの意味があるのかも分からない。


 だがこのままでは、俺も父や祖父王のように、ただ生きて死ぬのを待たれるだけの存在だ。

あのすっかりしわがれてしまったジイさんのように、俺は今この瞬間にも、緩やかにここで殺され続けている。


 父は心配性の祖父に言われるがまま、常に多くの薬を服用していた。

その中に何か混ぜられたのではないかという進言者がいたらしい走り書きを、俺はつい最近になって偶然目にしていた。


「行こう。その町医者の居場所は分かっているのか」

「はい。案内出来ます」

「着替えたら三人で出るぞ」


 俺は一部の貴族たちに国を乗っ取られたまま、馬鹿で無能な王子として終わるつもりはない。

脂ぎった野郎どもにやりたい放題されているのを見ているだけには、もう耐えられない。

父やあの祖父のように、ただ座っているだけの王になるつもりはない。

それを思い知らせてやる。


 俺たちは撒き散らされた衣装の中から平民の着る簡素な服を選ぶと、王子の執務室から続く隠し通路を抜け城の外へ出た。

ディオスの案内で、正午を過ぎたばかりのアシオスの街に出る。


 俺とパブロは髪を黒く染め、簡単な変装をしていた。

ディオスはそのままの黒髪で十分だ。

腰にぶら下げた短剣は、街で見かけた武器屋で購入したもので、城にある宝剣とは比べものにならないくらい質素で簡単なものだったが、作りは悪くなかった。


 首に巻いた布で顔の半分を隠すと、俺たちは目的の場所へ向かった。


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