レッドドレス・ハイテンション
人工島に建設されたカジノリゾートのなかでも一際目を引く摩天楼の最上階には、世界中の資産家や軍需事業の重鎮、犯罪組織のトップらが集う完全会員制のナイトクラブが毎夜秘密裏に開かれている。
煌びやかな照明に高く積み上げられたシャンパンタワー、ガラス張りの天空のプールに扇状的な態度のキャストたち……。
名だたるブランドの香水の匂いが混じり合い、げひた笑い声と札束が宙に舞うような空間に、今宵、誰も見慣れぬ少女が正門から堂々と立ち入った。
「ちゅうも〜く!!」
張りのある若々しい声とハンドクラップで、クラブに参加する全ての人間の視線を余さず奪い取ってみせる彼女。
年頃は十七、八か。
赤いドレスを着て金髪を軽く巻き、目尻と唇に熾烈な印象を与える紅を引いた、舞台女優にも引けを取らぬ美貌の彼女は名をシャルロットという。
しかしその名を知る者は誰一人としてこの場にいない。
いや、あるいはその顔ぐらいは目にしたことのある者も何人かはいるはずで、蛇に睨まれた蛙のように怯む姿から(あら、私のことをご存知なのね?)とシャルロットはほくそ笑んだりもした。
ならば。
「じゃあ、話は早く済ませないとね☆」
シャルロットはドレスの裾を持ち上げて淑女らしいカーテシーを披露すると、その次の瞬間には少女の腰回りよりも大きなガトリング砲を左手に展開する。
「!?」
思わぬ不意打ちにざわめき立つVIPたち。
目の前に広がるのはおよそあり得ない光景だった。精巧なシリコン製の皮膜で覆われた彼女の機躰は電子回路のように内部の光を浮き立たせ、巨大な砲身を構える姿は固定砲台を彷彿とさせる。
その左手からなるガトリング砲は、死の訪れを予感させるようにゆっくりとその重厚な砲身を回し始めた。
――そして、ガトリング砲は火を噴いた。
ドドドドドドドドドッ。
一発目の銃声が轟いた瞬間、雨のように広がった弾幕が一斉にVIPたちへ放射され、部屋は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。
絹のドレスが裂けて舞い上がり、毛皮のコートが焦げて燃え上がり、人体からは肉が飛び、血の華が咲いた。
「あっははははっ! あは、あははははっ!!」
その惨状を見て、少女は高らかに笑う。
痛快なコメディ映画を嬉々として鑑賞するような、ランランと輝く瞳だった。
その表情は、殺戮の熱狂に包まれていた。
「きゃーっ、見て見て! 腕が飛んだっ! うっそ、頭が一瞬でなくなっちゃったんですけどぉ!」
ケラケラ、ケタケタと。
シャルロットは完全に楽しんでいた。
──だが本当のところを言えば、
この殺戮にすら大した意味などなかった。
今回、彼女の依頼主が彼女に依頼をしたのは『建物の爆破による証拠隠滅』だけ。そうとは知らずに招かれた、もはや用済みとなった顧客たちもろとろ、完全に闇に葬れというのが〝パパ〟の望みだった。
本当はそれだけでいいはずだった。
「あはは! あはは!! すごい! すごーい! みぃんな中身スッカスカのケチャップを絞り出したときみたいに飛び散ってくね!? あはは! みじめみじめ!」
既に地下駐車場とエレベーター基部、電源系統には複数の爆弾を設置し、仕掛け終えている。
起爆装置はシャルロットの胸元に埋め込まれたハートの形のスイッチで、これを押せば摩天楼での出来事は何一つ証拠を残さず直ちに灰燼に帰すことだろう。
だからこそ、シャルロットは好き放題にすることに決めたのだ。
(最後には派手に燃やしちゃえば、パパも満足するわっ)
誰も、彼も、たった一人として生き残らせることなく、片手のガトリング砲の餌食にする。
床に這いずる一人の資産家が、こちらに手を伸ばしながら何かを訴えかけてきた気がしたが、連続する炸裂音を間近で聴いているシャルロットの耳にその命乞いが届くことはなかった。
視界ではその救いの手は見えていたが、容赦なく銃弾の雨を浴びせて殺した。
「アハッ、きゃははっ!」
最後の一人を仕留めたあと、ゆっくりと赤く熱された砲身は回転を止める。
やがて、ふぅ、と息を吐いたシャルロットはドッと疲れた様子を見せていたが、初めて出し切ってみた自分の全力に充足感溢れる表情をしていた。
「ほんと、私ってばサイコー……♡」
恍惚とした顔でそう言い放ちながら、次の瞬間には少しだけ名残惜しそうな顔を見せてシャルロットは胸元のスイッチをかちりと押し込む。
その動作が合図となって、シャルロットの体の中心から膨れ上がるように、埋め込まれていた爆弾が起動した。
――ボガンッ!!!!!!!
その爆発を起点として、連鎖的に摩天楼中の設置型爆弾が点火していく。
空を裂くような爆風と光は轟音を乗せてカジノリゾート中に響き渡り、その一時間後には各社報道機関が飛び付くように話題にしていった。
そして、世界を混迷に陥れていたナイトクラブ会員の悪逆非道の数々と、その参加者リストは白日の下に晒されることとなる……。
それから、早くも三日が経過した。
「はぁー、ほんと、最高の夜だったわ。またやりたい!」
同期していた任務用の機躰からすっかり私用の機躰に精神を取り戻したシャルロットは、次の依頼を〝パパ〟が持ち込んでくるまでの間、自室のハンギングチェアで飼い猫を撫でながらただ待機している。
彼女は死神シャルロット。
ターゲットに確実な死を提供する怖い者なしの特攻兵。
機械の体を手に入れたのは偶然だが、彼女にとっては天職のような〝返済計画(殺し屋活動)〟だった。
「毎回、機躰を壊して帰ってきて、カタギに戻る気ないですよね貴女?」
「はい☆」
「はい☆じゃない」