8.ヤバかったら辞めればいい
翔真の父はプロハンターだった。
なぜ「だった」なのかというと、すでに亡くなっているから。
ダンジョンバースト。
本来、ダンジョンにしか存在しないはずの魔素が外へと漏れ出し、モンスターがダンジョンから流出してくる原因不明の災害である。
五年前に起きたダンジョンバーストが、翔真たちの人生を大きく変えた。
当時、シェルターに隠れていた翔真は、ダンジョンバーストが落ち着いてから家に戻った。
そこにいたのは妹の咲夜だけ。兄妹ふたりで父と母の帰りを待った。
きっと笑顔で再会できると信じて。
だが、すぐに現実とは非情なものだと思い知らされる。
最初に連絡があったのは市内の大きな病院からだった。
咲夜と駆けつけた病室には、死んだように眠る母がいた。
医者からは「目を覚ます保証はない」みたいなことを言われたけれど、よく覚えていない。
大声で泣く妹の背をさすりながら、この白衣の人はなにを言っているんだろうと思った。
そこに追い打ちのように届いた父の訃報。
「街中にあふれ出したモンスターから、人々を守るために奔走していた」
「誰よりも勇敢で、優しくて、立派なプロハンターだった」
「ダンジョンを消滅させるために強力なモンスターと戦っていた。立派な最期だった」
父の仲間だというプロハンターたちが口を揃えて父を褒めていたが、そんなことはどうでも良かった。
だって――、
そのときお前らは何をしていたんだ。
どうして父さんを助けてくれなかったんだ。
なぜ父さんは死んで、お前らは生きているんだ。
そんな恨み言だけが脳内を駆け巡っていた。
当時は中学生だった翔真が受け止められる限界値はとっくにオーバーしていた。
そこから先のことはあまり覚えていない。
しばらくの間、親戚の家でお世話になったけど、高校卒業と同時に咲夜を連れて家を出た。
今も病院で眠り続けている母と、共に暮らしている咲夜の二人だけが翔真に残された家族。
彼女たちを守り、家族の生活を守ることが、翔真にとって最も大切なこと。
そのためには、お金が必要だった。
家賃や食費といった生活費はもちろん、母の入院費、翔真の学費、咲夜の学費と、父が残してくれた保険金は通帳を見るたびにどんどん数字を減らしている。
だから、翔真はダンジョンに潜るようになった。
アルバイトをするよりも圧倒的に稼ぎがいいし、何よりハンターという仕事は翔真に向いていた。
ダンジョンに日常を奪われた。
なのに今は、ダンジョンに生かされている。
咲夜がダンジョンを忌み嫌っていることも知っている。
だが、背に腹は代えられない。家族を守るために必要な『お金』を稼ぐためには。
だから帆乃夏の言葉は、翔真の一番大切なところに刺さったのだ。
「人気配信者って、めちゃくちゃ儲かるんだよ」
「…………え?」
翔真が興味を示したことは、帆乃夏にもしっかりと伝わったようで、配信者がどれだけ儲かるのかに焦点を絞ったプレゼンがはじまった。
「トップクラスの配信者は月に数千万円は稼ぐよ。一年ならざっと数億円」
「数千万。……数億」
あまりに現実感のない数字に、翔真は言葉を失った。
億万長者。ミリオネア。ダンジョンライバードリーム。
本当にそんな大金が手に入るのであれば――、と考えて首を横に振る。
甘い言葉に騙されるな。
「そんなてっぺんの話をされても、……ほんの一握りの人しか届かないじゃないすか」
「私は潜木くんならてっぺんを狙えると思うんだけど」
「無理、無理。無理っす。配信者についてはそんなに詳しくはないっすけど、甘い世界じゃないことくらいはわかります」
頑なに首を振る翔真の前に、帆乃夏は自分のスマートフォンを差し出してきた。
その画面には『ほのりん』の配信ページが映っていた。
「……? なんすか?」
「ここに載ってるのが、一昨日のライブ配信のアーカイブ」
翔真は思わず目を剥いた。
つまるところ、この動画を消して貰えれば良いわけで。
「再生数のところ、見て」
「再生数?」
言われるがままに画面を見ると、『135万回再生』と書かれている。
「月によってバラつきはあるんだけど、これくらい再生されてれば再生数あたりの単価はざっくり1円くらいになるよ」
「……はあ。………………えぇぇっ! マジっすか!?」
「マジ。政府から補助金も出てるから、すっごい美味しいんだよねぇ」
彼女が言っていることが本当であれば、一昨日から今日までの間に130万円以上稼いだということになる。翔真がネコ型のモンスター(たしか、ジャガーゴイルといったか)の魔石を30万円で売ってホクホクしていた頃、帆乃夏は動画だけで四倍も稼いでいる。
この瞬間、翔真は八割くらい落ちていた。
「もちろん、潜木くんの正体がバレないように私も協力するしさ。狐のお面はしたままで、顔出しNGのダンジョンライバーってコンセプトでどうかな?」
「いや、でも。俺……そんなに頻繁にダンジョンに行けるわけじゃないし」
興味がない。やらない。
そう言っていた口が『やれない理由』を探しはじめていた。
「そうなの? あ、もしかして理系?」
この質問の意図はきっと「文系に比べて理系の方が忙しい」という通説からだろう。
「いや、文系っす」
「じゃあ、問題ないでしょ。講義なんて代返してもらえばいいんだし」
「いや、大学じゃなくて。……家で、妹が待ってんすよ」
父を亡くし、母が意識不明で入院中。兄妹二人きりの生活。
それは翔真が家に帰らないと、咲夜を一人っきりにしてしまうことを意味していた。
四六時中ずっと咲夜のそばにいることはできないけれど、せめて夜くらいは一緒にいてやりたい。
それが兄の務めだと翔真は考えている。
「え? あ、ご両親が帰ってくるまで妹さんを見ていなきゃいけないとか、そういう?」
「まあ、そんな感じっす」
「そっかぁ……」
翔真の家の事情を察した帆乃夏は、残念そうな表情を浮かべる。
「妹さん、いくつなの?」
「あー、今年、十六です」
「…………え?」
「だから、十六っす」
「六じゃなくて、十でもなくて、十六?」
「十六っす」
「…………もしかして、潜木くんってシスコン?」
「はあっ、ちげえしっ。普通に考えて年頃の女の子が夜に一人で家に居るのは危険でしょ。だから俺がそばにいてやらないとダメなんすよ」
ただ兄妹として心配しているに過ぎないのに、そんな軽々しく茶化されるのは腹が立つ。
翔真の強い主張に「う、うん。わかったよ」と帆乃夏が引き気味に頷く。
「じゃ、じゃあさ、まずは、私の配信に出てみない? それなら頻繁にダンジョンに行く必要はないし、出られるときだけ出ればいいじゃん。もちろん潜木くんが出てくれた動画の収益は分けるし」
「それなら、まあ。…………いや、でもなぁ」
「そんなに深く考えないでさ。違うなって思ったら、さっさと辞めちゃえばいいんだし」
「あぁ、それなら確かに」
まるで水商売の体験入店のような誘い文句に、とりあえずちょっとだけ、翔真はダンジョンライバーなるものをやってみることになった。
ヤバかったら辞めればいいんだし。ね。
本日最後の更新です。
明日も3エピソード更新します。
お金のために配信に参加することになったお稲荷さまを楽しんで頂けると嬉しいです。