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7.インターネッツと特定班


「もちろん私のチャンネルに上がっている動画は消せるよ。うん。何なら今、この場で非公開にしてもいい……んだけど、本当に消していいのかな?」

「え……? どういう意味すか?」


 何やら意味深なことを言いだした帆乃夏(ほのか)に、翔真(しょうま)は首を傾げる。


「正体がバレたら困る、って思ってるんでしょ? でもね、消すことで余計に目立っちゃうってことも、あるんだよ」


 こちらの考えはバレバレだ。

 しかし、それは大した問題じゃない。『動画を消すのは逆効果』というのは一体どういう意味なのか。


「それって、どういう――」

「ブレンドコーヒーと、苺のショートケーキセットになります」


 詳しく聞こうとしたら、トレイを持った店員さんに話をさえぎられた。

 手際よくテーブルに並べられる、二つのコーヒーと一皿のケーキ。


 ふわりと漂うコーヒーの香り。

 缶コーヒーとは比べ物にならない香ばしさ。だけど残念ながら、翔真の貧乏舌ならぬ貧乏鼻では、チェーン店で出てくるコーヒーとの違いまではわからない。


 帆乃夏はゆっくりとコーヒーをすすると、続きを話しだした。


「あの動画はもう世界に拡散してるの。『お稲荷さま』って名前も定着してきちゃってるし」


 例のくそダサい呼び名が飛び出してきた。

 翔真は苦笑いを浮かべながら、無言でうなずく。


「そんなタイミングで元の動画が消えたら、どんな憶測が飛び交うか……。政府からの圧力だとか、反社会的勢力からの脅しだとか、何の根拠もないウワサが無責任に広まっていくのがインターネッツだよ。もしそうなったら、大衆が求めるものはただ一つ」


 白くて細い人差し指をピンの伸ばし、帆乃夏はたっぷり間を取って言葉を続けた。


「お稲荷さまの正体は誰なのか」


 恐らくこのときの翔真は、なんだそんなことかという顔をしていたのだと思う。

 お面を被っているのだから、正体がバレることはないと思っていた。

 そんな翔真の態度を見て、状況ことの重大さを理解わかっていないと帆乃夏はさらに説明を続ける。


「ネットにはさ、特定班って呼ばれてる人たちがいて……ちょっとした映り込みから場所を特定したりするの。マジでエグいよ」

「それは困るっ!」


 自分の正体がバレるところか、家族まで晒されるなんて。そんなバカな話があってたまるか。


 自分の顔から体温が抜けていくのがわかった。

 恐怖と驚きによって、血の気が引いていく感覚。


「そうだよね。そこで潜木くんにひとつ、ご提案があります」


 翔真の目を見る帆乃夏の顔はまるで、自分の思い通りにことが運ぶと確信している配信者の笑みだった。


「いっそ、配信者デビューしてみない?」

「へ?」


 変な声が出た。

 急になんてことを言い出すんだ、この人は。

 動画を消してもらいに来たのに、まさか配信を勧められるとは


 サッパリ意味が分からない。

 目を白黒させる翔真とは対象的に、帆乃夏は悠然と真っ赤な苺を口に運んでいた。


「ちょっと……何を言ってるのか」


 分からない、と翔真が口にする前に、

「潜木くんさ、配信者デビューしてみない?」と彼女はさっきと同じセリフを繰り返した。


「別に、聞こえなかったわけじゃないんすよ」

「配信者っていうのは、インターネット上で動画を――」

「単語の意味を知らないわけでもないっす。いや、やんないっすよ、配信者なんて」


 正体がバレたら困るって言ってるのに、配信者デビューなんて正気の沙汰とは思えない。

 第一、機材だとかを扱うのが苦手な翔真に、配信なんかできるはずがない。


「えー、なんでー!? 今、狐のお面のハンターが配信をはじめたら、間違いなくたくさんの人が見てくれるのに。潜木くんならきっと、いや絶対に人気の配信者になれるよ」

「俺は別に人気者になんかなりたくねえし、むしろ目立ちたくないっつうか。そもそもっすけど、これ以上、正体がバレるリスクを高くしてどうすんすか」


 翔真の問い掛けに、帆乃夏は待っていましたとばかりに口角を上げた。


「そこが不思議なものでね。大衆の多くは『正体不明のハンター』だとか『体制側が隠そうとしているナニカ』の正体は気にするくせに、『顔出しNG』って正面から打ち出せば、むしろ“そういうキャラ”として定着するからさ」

「……それ、マジすか?」

「本当だよぉ。もちろん全員が全員そうではないだろうけど。顔出ししないアーティストって最近よくいるけど、概ねそういうものだって受け入れられてるでしょ?」


 いぶかしむ翔真の目を真っすぐ見て、帆乃夏は自信満々にそう答えた。


 うーん、言われてみれば……、そんなものかもしれない。

 最近はテレビに出演しているアーティストでも、暗い影の中に座って顔が見えないようにしていたり、仮面舞踏会で被るような仰々しい仮面で顔を隠している人が増えたような気がするし、自分もそれを自然と受け入れていた事実に気づかされる。


 思わず黙り込んでいると、帆乃夏は「それにね」と少し小さな声で言った。


「人気配信者って、めちゃくちゃ儲かるんだよ」

「………………え?」


 ぐらりと、翔真の心の中で何かが傾いた音がした。


本日は夜にもう1エピソード公開します

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