6.再会
次の日。翔真は都内にあるR大学へとやってきた。
目的はもちろん、ダンジョンで会った女の子を探すためだ。
掲示板の情報に寄れば、彼女は女子大生ダンジョンライバーとして、そこそこ有名らしい。
そしてこのR大学は都内で唯一、ダンジョン学部ダンジョン学科がある大学である。
言わずもがなダンジョンは危険な場所だ。
モンスターは問答無用で襲ってくるし、ケガをしても命を落としても自己責任。
配信者とはいえ、普通の女子大生がたった一人で行くような場所じゃない。
でも、それがダンジョン学部の学生だとしたら有り得ないことではない。
当てずっぽうで都内に星の数ほどある大学を回るよりこのR大学で探す方が合理的、そう考えた翔真はダンジョン学部があるキャンパスに入ってすぐのところにあるベンチに座って――、
「あっ!」
っという間に彼女を見つけた。
栗色のボブカットに、大学生にしてはやや幼い顔立ち。
ダンジョンで会ったときとは違う、ガーリーな秋服が余計に童顔を引き立たせている。
見つけたのは良いのだが、駆け寄ってみたものの見事に怪訝な顔をされた。
その表情にアテレコするなら「あんた、誰ぇ?」だろうか。
(あ、そうか。あのときはお面をしてたから、俺の顔を知らないんだ)
凡ミスすぎた。
「私になにか?」
眉根を寄せて、不信感を露わにした『ほのりん』に翔真は小声で告げる。
「お稲荷さまのことで、ちょっと話せないっすか?」
その名前を聞いた瞬間、彼女の表情がピクリと動いた。
そのまま「こっちに来て」と翔真を引っ張っていく。
連れていかれたのは大学から少し離れたところにあるカフェだった。
店内を見渡すと、どの席も女子のグループかカップルしかいない。
まるで別の世界に迷い込んだ気分だった。
服装も空気感も何もかもが違う。
この空間に「ダンジョン」なんて単語を持ち込んだら、空気が凍りそうなくらいには場違いだ。
「ここなら秘密の話をしても大丈夫だから」
「……え?」
個室になっているわけでもないのになぜだろう。
「ここに来るような人たちは、みんな自分たちのことにしか興味がないから」
「あぁ、なるほど」
言われてみれば、どこの席もおしゃべりに夢中になっている。
か、もしくは二人の世界にひたってイチャイチャしてやがる。
「間違ってたらごめんなさい。あなた……一昨日、私を助けてくれた人ですよね? あの、狐のお面を被ったハンターさん」
「……助けたっていうか。こっちも助かったっていうか」
結果的にモンスターから助けたことにはなるのだろう。
掲示板のまとめサイトでもお稲荷様が女子大生ダンジョンライバーを助けたって書かれていたし。
だが、翔真からするとモンスターを譲って貰ったおかげで臨時収入が入ったわけで、ある意味こちらも懐を助けられている。あれは相互扶助だ。
「助かった……? よく分からないけど、命を助けて頂いてありがとうございました。って、自己紹介もまだでしたね。私の名前は音無帆乃夏です。R大2年。『ほのりん』ってライバーネームでダンジョンライバーもやってます」
「あ、えっと、俺は潜木翔真。M大2年っす」
「えっ、同級生? マジで? 雰囲気大人っぽいから、てっきり社会人のハンターさんかと……」
クリッとした目を輝かせて、帆乃夏がぐっと前のめりになる。
同級生だと判明したからだろう。瞬時に口調がタメ口へと切り替わった。
「飲み物はコーヒーでいい? それとも紅茶? ここはケーキセットも美味しいよ。遠慮しなくていいから、一昨日助けてもらったお礼させて」
別にお礼をして貰いたかったわけではないのだけど、命を助けてもらったお礼がコーヒーというのはどうなのだろう。などと思いながらメニューを開いた瞬間、心の中で「高っ」と叫んだ。
高い。高すぎる。コーヒーが一杯1,000円だとか1,200円だとか書いてある。
思わず二度見してしまった。
苺のショートケーキセットは1,700円。誰がこんなものを頼むのかと思ったら、周りの席にいる人達の半分くらいはケーキセットだった。
こんなものを奢られてしまっては、感じなくてもいい負い目を感じてしまいそうだ。
翔真はメニュー表を帆乃夏の方へと押しやり、
「ブレンドコーヒー。お金は自分で払うんで大丈夫っす」
一番安い――それでも800円(税抜)もする――ブレンドコーヒー(HOT)を選んだ。
なんでこんなに高いんだ。大学にあるコーヒーチェーンのカフェなら二杯頼んでもお釣りがくるぞ。
「そんな遠慮しなくていいのに」と言いながら、音無さんは慣れた様子で、店員にブレンドコーヒーと苺のショートケーキセットをオーダーする。1700円もの大金を、ためらいもなくあっさり払えるあたり、住んでる世界が違うな……と内心でため息をついた。
「M大ってダンジョン学部ないよね? なんであんなに強いの?」
「強い……かは分かんないっすけど、父親の影響っすかね」
「もしかして、お父さんがプロハンターとか?」
「……はい」
正確には「プロハンターだった」なのだけど、今はそんな細かいことはどうでもいい。
「プロに鍛えられてる人は違うなあ。二世は強しって感じ。ちなみになんで狐のお面――」
「あのっ!」
どんどん話が明後日の方向へ進んでいくのを止めて、翔真は本題を切り出す。
「俺、今日は音無さんにお願いがあって来たんすよ」
「お願い? なんだろ。命の恩人のお願いとか、聞かないわけにいかないやつじゃん。……あっ、でもエッチなやつはダメだよ。そういうことは本当に好きな人とじゃな――」
再び話が飛びそうになったところを、翔真は強引に捕まえる。
「消して欲しいんす」
「え?」
「ダンジョンで撮ってた動画、消して欲しいんすよ」
「……え?」
「俺が映ってるところだけでいいんで、動画消してくれないっすか?」
「えええぇぇぇぇ」
帆乃夏は、ついさっき『命の恩人のお願いとか、聞かないわけにいかないやつじゃん』と言っていた人とは思えないくらい、心底嫌そうな顔をしていた。
おはようございます!
今日も3エピソード更新しますよー