5.もうちょっとカッコイイ呼び方なかった?
「んんんなぁんじゃこりゃぁぁあああああっ!!!」
潜木翔真はパソコンの画面を両手で挟み、顔を押しつけるようにして絶叫した。
「お兄ちゃん、うるさいっ!」
「あ、ごめん」
横で宿題をしていた妹の咲夜が、ジロッと睨みながらも画面を覗き込んでくる。
「……はあ。なにを見てるかと思えば。掲示板のまとめサイト? そんなの真に受けちゃダメだってば」
呆れたようにため息をつきながらも、咲夜は内容を確認して手を止めた。
「……そんなこと、わかってるよ」
「ほんとにぃ〜? わかってるならいいけどさ」
翔真も普段なら気にも留めない。
掲示板のまとめサイトなんて、ほとんどが毒にも薬にもならない。
今日だってヒマつぶしにちょっと開いてみただけだ。
だが、そこで翔真はあってはならないものを見つけてしまったのだ。
ダンジョン関連の掲示板をまとめた『ダンジョン速報ω』の、急上昇ランキング1位になっていた記事。タイトルはこうだ。
『【衝撃】蜘蛛鳥山にあるダンジョンのオープンエリアにジャガーゴイルが出現するも、体に大穴を空けられて即死&レア泥』
蜘蛛鳥山のダンジョンは翔真もよく行くダンジョンで、というか都内から一番近いダンジョンなので、特別な理由でもない限りこのダンジョンにしか行かない。行けないとも言う。
ちょっと遠いけど、日帰りでも一日で数万円稼げるのは魅力だ。
昨日なんて、珍しいモンスターから手に入れた魔石がなんと三十万円で売れた。
その辺でバイトするより何倍も圧倒的に効率がいいし、他人と関わらなくてもいい最高の職場。
だが、そんな最高の職場がいま、目の前で失われようとしている。
まとめサイトには、翔真にとって心当たりがありすぎるコメントがあふれていた。
『つーかさ、結局あの狐のお面をつけてた奴は誰だったんだ』
俺だわ。ぜってぇ俺だ、これ。
画像に写ってるヤツの服装が完全に俺と一致してるもん。
『「このネコ譲ってもらってもいいっすか?」( ・`ω・´)キリッ』
キリッとしたかは記憶にないが、確かに言った。
『声は完全に男だった』
そうだろうね。男だからね。
どっちかっていうと声は低い方だし。
女の声には聞こえないだろうよ。
『オープンエリアにジャガーゴイルが出てる時点で緊急事態ってことはわかるだろ』
わからなくてゴメンナサーイ!
あのネコ、ジャガーゴイルっていうんだぁ。知らなかったなぁ。
初めて遭遇したモンスターだったんだもん。
『ジャガーゴイルがドロップした腕輪? あれ初出だよな』
アレも見られてたのかああぁぁぁぁっ。最悪だ。
『けっきょくお稲荷さまでいくんだな』
そうなの? お稲荷さまでいっちゃうの?
俺これから、知らない人に『お稲荷さま』って呼ばれるの?
なんだその絶妙にダサいネーミング、もうちょっとカッコイイ呼び方なかった?
「お兄ちゃん、今度はなに? 黙りこんで頭なんか抱えちゃって」
「………………」
「どうしたの? 頭わるいの?」
憎まれ口をたたく妹の顔を見て、翔真は再び頭を抱え込んだ。
もしこのことがダンジョン嫌いの咲夜にバレたら、間違いなく怒られる。
怒られるならまだしも、怒って口をきいてくれなくなって、存在を無視される。
兄妹ふたりしかいない小さなアパートの部屋が、針の筵になってしまう。
「…………なんでもない。頭はわるい」
実際、バカだったと思う。
あのとき、あの子のそばにドローンが浮いていたのに。気づくべきだった。
あれで撮られてたのか。しかも生配信とは……迂闊すぎる。
翔真は機械全般が死ぬほど苦手だ。
ネットサーフィンをしたり、こうしてまとめサイトをみたりするくらいはできるけど、ドローンだとか、それを使って配信するだとかってレベルになると全くついていけなくなる。
他人が動画を撮影しているところに映り込んでしまう、なんて想定外の事態だ。
こんなことになるなら、少しは勉強しておくべきだったか。いや、今さらだな。
「だいじょうぶ、だよな?」
もう一度、翔真はパソコンの画面に映った画像を見て小さな声でつぶやく。
動画を画面キャプチャしたものらしく、画質はそれなりに粗い。
お面をしていたから、顔が見えていないのが不幸中の幸いだった。
服装も、お面と羽織はアーティファクトだし、中はYURICLOで売っている無地のパーカーとワイドパンツだから、翔真だと特定できる証拠にはならない。
ならないと思うけど……動画やら画像やらがインターネット上に残り続けるのはリスクしかない。
まずはあのときの女の子に、動画を消してもらうようにお願いして――。
「って、俺、あの子の連絡先も知らねえじゃんっ!」
「だから、うるさい! ……えっ!? 連絡先ってなんの話!? 女子? 女子でしょ!! さっき『あの子』って言ったよね? じゃあ、女子じゃん! 女子確定じゃん! どこで会ったの? 何歳? ねえ、教えてよぉ」
「……っ!? なんでもない。なんでもないからっ。お前は宿題やってろって」
「いやいやいや。もう宿題なんてやってる場合じゃないでしょ。もっと大事な話が――」
「いやいやいやいやいや。どう考えても宿題の方が大事だって――」
翔真は、口が滑ったことを激しく後悔した。
その後、一時間以上にわたって咲夜の尋問に付き合う羽目になる。
――いや、食いつきすぎじゃない?
本日の更新はここまでになります。
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