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49.真実を導く烽火


 轟く銃声が霊園の静寂を破った瞬間、翔真の背中に冷たい汗が流れた。

 反射的に立ち上がりそうになる身体を必死に押さえ込む。

 今、助けに飛び出すわけにはいかない。


(信じるんだ、西海さんを。……彼女は強い意志と、覚悟を持っている人だ)


 木陰に身を潜めた翔真は、震える指先でトランシーバーの接続を何度も確かめた。


 目の前の小型の三脚には、単一指向性の外付けマイクが据えられている。

 集音範囲を絞り、数メートル先の男たちの声と琴莉の息遣いを、しっかりと拾っていた。


 音声は翔真の手元のトランシーバーを経由し、霊園の裏手にある小型の受信機へ送られている。

 そして、そこに繋げられたスマホが、帆乃夏のもとへ、リアルタイムですべての『音』を届けていた。


 敵は完璧だと思っているはずだ。

 電波を封じ、配信を止めたと信じて疑っていない。


 彼らは、音声が抜け道になっていることを知らない。だからこそ、驕り、喋る。


(それで十分だ。音さえ録れれば……奴らの嘘は、暴ける)


 風の音に混じって、男たちの罵声と乾いた笑いがスピーカーから漏れてくる。

 翔真は目を閉じて耳を澄ませる。


 銃声が響き渡った。


 琴莉の胸元に着弾。

 翔真の距離からでもわかる。間違いなく命中した。それでも彼女は倒れない。

 わずかに身体を揺らしただけで、その両足はしっかりと地面に立っていた。


「なっ……!?」


 古瀬の声が動揺で揺れる。

 その隙を逃さず、琴莉の足が鋭く跳ねた。

 男の右手に繰り出された一撃。

 拳銃が弧を描いて宙を飛ぶ。


 続けて彼女の手に現れたのは、細長い金属棒――いや、スタンガン付きの警棒だ。


 電流が放たれる音と、古瀬の喉を裂くような悲鳴。

 熟練の戦士が、地面に崩れ落ちて膝をつく。


 さらに追い打ちの蹴りが、古瀬の側頭部を襲った。


 そのすべてが、マイクを通してリアルに響いてきた。

 翔真は息を殺して、録音が切れないように集中し続ける。

 声が、音が、証拠になる。


(西海さん、やった!)


 だが、ここで終わりではない。


 まだ二人。男たちが立ちはだかっている。

 翔真は、手にした予備のトランシーバーに指をかけた。

 いざという時は、翔真も動く覚悟はあるけれど。


(まだだ。今は録ることに徹する。俺にできることを、やり抜くんだ)


 音が世界を変える。

 真実を伝えることができる。


 マイクの先、まだ戦いは続いていた。



 § § § § §



 小さな音が、イヤホン越しに耳を打つ。

 最初に聞こえたのは、風の音。続けて、男たちの下品な笑い声。

 低く、冷たい、濁った声だった。


「配信は……。良かった、ちゃんと入ってる」


 帆乃夏はノートパソコンの画面を見つめながら、息を飲んだ。

 霊園の片隅に設置されたトランシーバーの受信機に繋がれたスマホ。

 音声はスマホ経由で、帆乃夏のノートパソコンからDunTubeへとリアルタイム配信されていた。


 画面には、事前に用意しておいた『音声をお楽しみください』と書かれた静止画。

 そこにライブ中継している場所を示す地図情報を差し込んである。


 DunTubeのコメント欄が猛スピードで更新されていく。


 〇なにこれ、音声だけ?

 〇これ本物? 誰が録ってるの?

 〇オッサンに女子が囲まれてる系? マジでなんかやばくない?

 〇いま男が、西海琴莉って言ったように聞こえたの俺だけ?


 コメント欄はまだ状況を把握できていない。

 そこに帆乃夏は配信画面にテロップを流し込む。


『この音声は、今まさに、現場でやり取りされている生音です』


 テロップに応じるように、コメント欄の一部が色を変えていく。


 〇本物っぽい……

 〇この場所ってもしかして都内のA霊園?

 〇西海琴莉って、あの“ことりさん”? 反逆? 反逆のコトリなの?

 〇さっき、隠しダンジョンって言ってたよね

 〇待って待って。A霊園にダンジョンがあるってこと?

 〇いやいやいやいやいや。さすがにそれは

 〇無いって言い切れるのかよ


『私たちはこの事実を広く伝えたい』


 コメントと会話するようにテロップが続く。


『少しでも多くの人に、この情報を拡散してください』


 そのとき、スピーカー越しに下卑た笑い声と、相手を小ばかにした声が響いた。


『スマホ、見てみなよ。ことりちゃん』

『……ジャミングって、知ってるか?』

『配信なんて、どこにも届いてないんだよねぇ』


 一転して、芯まで冷たい声が殺害を予告する。


『一発で仕留めます』

『お前の下らない正義も、ここまでだ』


 帆乃夏は自分の身体がこわばっているのがわかった。

 自分の知っている人が、いや戦友が、この日本で銃を向けられている。

 映画やドラマでしか見たことのない状況が、この音声の向こうで繰り広げられていた。


 耳をつんざく、雷が落ちたような音。

 イヤホンを通し聞いているのに、脳の奥に直撃した。

 帆乃夏の心臓がひとつ、大きく跳ねた。


「琴莉さんっ……」


 思わず声が漏れたが、もちろん――その声が届くことはない。

 画面のコメントが一斉に加速する。


 〇今の音……銃声!?

 〇え、マジで撃った!?

 〇嘘松乙

 〇ことりさん大丈夫!?

 〇まさか、死んじゃった!?

 〇通報しますた


「違う。違う……まだ、生きてる。大丈夫!」


 琴莉が銃で脅された話を聞いていたから、もし銃を持ち出されたときの対策もしてきた。

 もちろん、全ての銃に通用するものではないが……。


 不安混じりの希望。

 帆乃夏は、いつの間にか握りしめていた手に、さらに力が入るのを感じた。


(耳を澄ませろ。次の音を、聞くんだ)


 短い沈黙ののち、男の驚愕の叫び。そして、銃が落ちる音。

 さらに続いて、スタンガンが作動する電気音と、叫び声。


「……よしっ!」


 抑えきれず、小さくガッツポーズをとる帆乃夏。

 コメント欄が一斉に歓声に変わる。


 〇おおおおおっ! 反撃したっぽい!

 〇ことりさんつえぇ……!

 〇銃で撃たれたよね? どうなってんの?

 〇外れたんじゃね?

 〇正義は負けねえんだよっ!


 帆乃夏は急ぎ、テロップを打ち込む。


『彼女は、西海琴莉は無事です。今も戦っています。真実を、皆さんに届けるために』


 その瞬間、画面に「#ことり配信中」「#ダンジョン隠蔽」などのタグが一斉に浮上し始める。

 視聴者数の同時接続数のカウントが跳ね上がる。千人、一万人、そして十万単位へと。

 平日の午後、まだ早い時間にこの数字は異常だ。


「届け! もっと、もっと遠くまで!」


 帆乃夏は想いを口にしながら、再びイヤホンを耳に押し当てる。

 そこでは、息を切らす琴莉と、周囲の男たちの怒号が響いていた。


 音だけの配信。映像もなく、状況も完全には見えない。

 それでも、この『音』と『声』は、確かに人々の心を揺らしている。


 帆乃夏には見えていた。画面の向こうに、燃え盛る炎が。

 真実を照らし、ウソと欺瞞を焼き尽くす業火へと姿を変えていく。

 

 この“声”が灯した業火は、やがて街を包み、真実を導く烽火になる。


 ――その予感が、確かにあった。


一般人でも手に入れられる道具で敵の妨害を攻略する展開、個人的にすごく好きです。

お詳しい方は「こんなにうまくいかねえよ」と思われるかもしれませんが、そこは小説ということでひとつご容赦ください。

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