40.真実を、光の下へ
C県M市にある顎蛇山。
ほんの二週間前、ここでダンジョンバーストが発生した。
すぐ隣のK市には三万人の住民が暮らしているが、プロハンターたちの決死の対応によって都市部への直接的な被害は避けられた。
だが、その裏で――都内からダンジョン研修に来ていた高校生たちが災害に巻き込まれたことが、ワイドショーを騒がせ続けていた。
その高校生たちを引率し、守り抜いたプロハンターとして、琴莉もまた連日テレビの取材を受ける羽目になっていた。
ようやく喧騒が収まった今、彼女の足は無意識にこの場所――かつてダンジョンが口を開けていた山へと向いていた。
(……確かこの辺りだったはず。でも、もう跡形も残ってない)
ダンジョンコアが破壊されて以降、顎蛇山にあったダンジョンは地盤ごと崩落し、入口は形跡すら残さず土中に埋もれていた。
だが、周囲の空気にはまだ微かに地熱の残り香が感じられる。まるで、何かが蠢いているかのように。
(ここも、バーストリスクはステージ1だった)
光源域事件からずっと、琴莉が追ってきたハンター連盟の暗部。
消滅したダンジョンの跡地で、何か手がかりを見つけられるとは思っていない。
しかし、琴莉の足は自然とここに向かっていた。
「――が、――――なんだよ。だから――――」
風に紛れて、微かに人の声が聞こえた。
琴莉は息を殺し、音のした方へ身を伏せながら近づいていく。
「――はちゃんと――てるか?」
「うぃっすー」
岩陰の向こうに、二人の男の姿があった。
ひとりは、かつて琴莉を『忠告』と称して脅してきたベテランハンター。
もう一人は若い男で、スコップを手に、なにかを地中深くに埋めている最中だった。
その若い男には見覚えがない。
琴莉は音を立てぬよう草むらに身を伏せると、スマホのカメラを起動し、録画モードに切り替えてボタンを押す。
「誰にも見つからないように、しっかり埋めておけよ」
「どうせ誰も来ませんって、こんなとこ」
「そういう油断が、命取りになるんだ……。いいから、黙って掘れ」
会話の内容に奇妙な緊張感があった。
決して、ただの調査には見えない。
若い男がぶつくさとボヤきながら、スコップで地面を掘り進めている。
一体、どれほど深い場所に埋めようとしているのか。
そもそも何を埋めようとしているのか。
「こんなんでダンジョンが復活するとか、いまだに信じらんねえっすわ」
ダンジョンが……復活する?
その言葉に、琴莉の心臓が大きく跳ねた。
ダンジョンは自然に発生するもの。人為的に作れるなんて話、聞いたことがない。
「ここは関東でも有数の魔石採取量を誇るダンジョンだったんだ。そう簡単に潰れられちゃ困るんだよ」
「だから、ステージ3をステージ1ってことにしてたんすよね」
「てめえ、さっきから無駄口が過ぎるぞっ」
(やっぱり……!)
声が出そうになるのを必死で堪えた。
このダンジョンもバーストリスクが改ざんされていた。
連盟はまたしても、ステージを偽って公表していたのだ。
(この映像さえあれば、言い逃れはできない)
思いがけず、重大な証拠を手に入れてしまった。
スマホを持つ手が、わずかに震えていた。
「でも、良かったっすねえ。古瀬さん」
「なにがだ?」
「今回のバーストも死んだ人はいなかったって」
「…………そうだな」
「にしのうみ? とかって引率のプロハンターと、いなり寿司? とかってお面した素人が、高校生たちの避難したシェルターを守ってたらしいっすよ」
「…………そうか」
(せめて名前くらい、まともに覚えておいてほしい)
若い男はへらへらと笑いながら、『何か』を埋めた地面に土を戻していく。
「自己責任のハンターはまだしも、授業で来てた高校生が死んでたら、さすがに後味が悪いっすもんね」
「ちっ、…………つまんねえこと言ってねえで、やること終わったんなら、さっさと行くぞ」
「へーい」
若い男が地面をならし終えると、古瀬と呼ばれたベテランハンターは踵を返して歩き出す。
「………………仕方ねえんだよ、多少の犠牲は。国家と国民全体の利益のためにはよ。……俺たちは、言われたとおりにやるだけだ」
「ふーん。古瀬さんは大人っすね」
彼らが立ち去るのを待って、琴莉は静かに立ち上がり、深く息を吸った。
会話の最後に残されたその言葉は、琴莉の耳に焼きついて離れなかった。
「変えなくちゃ、ダメだ」
ハンター連盟なんかじゃない。
偽りの上に成り立ち、都合の悪い真実を見て見ぬふりしてきた、この国の構造を、だ。
木々の隙間からは、のどかに陽が差していた。
だが、琴莉の胸の奥では、冷たい怒りだけが渦巻いていた。
「知っていて、黙っていた奴らがいる」
バーストリスクが高いことを知りながら、そこに高校生が研修で向かうのを見過ごし、『多少の犠牲は仕方がない』と黙っていたやつら。
なにが「今回のバーストも死んだ人はいなかった」だ。
そんなものは、ただの偶然にすぎない。
もし、あの場に狐のお面の彼がいなかったら。
琴莉だけであのシェルターを守ることなんて、到底できなかった。
咲夜と呼ばれていた、あの女子高生だって同じだ。
そんな『偶然』にすがったまま、また同じ悲劇を繰り返すつもりなのか。
拳を強く握る。爪が手のひらに食い込んでも、痛みは感じなかった。
頭の中は、冷たい怒りと、燃えるような決意に満たされていた。
――これは、この国に生きる全ての人が知るべきことだ。
「私がこの手で引きずり出す。真実を、光の下へ。」
反撃のときは近い?




