25.ハンター連盟の闇
槇村優斗の死から今日まで、琴莉は日本各地のダンジョンを回った。
光源域と同じように、バーストリスクが見逃されているダンジョンがないか調べるために。
結果として、本来設定されるべきステージよりも明らかに低い設定となっているダンジョンがいくつも見つかった。
・大都市からのアクセスが比較的良い
・ダンジョン全体の魔素濃度が高く、良質な魔石が得られる
・モンスターのドロップアイテムが高額で売れる
など。どのダンジョンにも共通していたのは、何かしらの理由でハンターに人気だということだ。
琴莉はすぐにハンター連盟に報告した。しかし――、
「なぜ、すぐにステージを更新しないのですか!」
「…………現在、再調査中ですので」
ハンター連盟の動きは遅かった。
琴莉の意見だけでステージを更新するわけにはいかない、というハンター連盟の主張は理解できる。
しかし、再調査に時間を掛けている間、多くのハンター達が知らずにハイリスクのダンジョンを探索する状況が続いてしまう。
再調査の遅れが意図的なものなのか、単なる手続きの煩雑さゆえなのか。
いずれにしても。ダンジョンバーストは、待ってはくれない。
そんなある日。
いつものようにダンジョンを調査した帰り、地下鉄の出入口で見知らぬ男に声をかけられた。
「……西海琴莉、だな?」
振り返ると、そこにはがっしりとした体格の、壮年の男が立っていた。
重厚なジャケットに身を包み、髭も無精だが整っている。見るからに現場叩き上げのベテランハンターという風体だった。
「どちら様ですか?」
警戒しながら問い返すと、男はにやりと笑った。
「名前なんざどうでもいい。だが、ひとつ忠告しておく。あんまり余計なことに首を突っ込むなよ」
琴莉の背筋が凍る。
やはり再調査の遅れは意図的なものだったのだと確信した。
「必要悪ってやつさ。価値の高いダンジョンは大切にしないと、な」
「そのために、多くのハンターたちを危険に晒しても構わない、と?」
「ハンターは自己責任で、だろ」
「自己責任だからこそ、ダンジョンの危険度は正しく伝えなくては――」
琴莉の腹部に固い筒のようなものが当たった。
ジャケットで隠れているが、それが銃口であろうことはすぐに予想できた。
魔素のない場所では未来予知も機能しない。
「……脅しのつもりですか?」
「いやいや、さっきも言っただろ。今日は忠告だ。組織はあんたのユニークスキルを高く買ってる。つまらんことで退場させるのはもったいないと思う程度には、な。ここらでそろそろ“空気”ってやつを読んどけ。…………俺に引き金を引かせるな」
それだけ言うと、男は背を向けて去っていった。
琴莉はしばらくその場に立ち尽くしていた。
脈が速くなり、掌にじっとりと汗がにじんでいる。
この感情は、恐怖だ。
今日のところは見逃されただけにすぎない。
あの男の言う「忠告」が、次はきっと「処分」に変わっている。
ただの脅しではない。
あの眼、あの言葉の節々から、処分が実行された前例を思わせる。
だが、それでもなお、心に灯るものがあった。
恐怖とは別の、もっと奥深くに沈殿しているもの。
怒りとも、悲しみとも違う。もっと静かで、鋼のような決意だった。
「正しくステージが公示されていたら、優斗さんは死なずにすんだかもしれない」
あのダンジョンはステージ1だとされていた。
その情報を信じていたから、彼らは命を落とした。
信じたことが、間違いだった。
あれは、ハンター連盟による裏切りだ。
優斗は、最後の最後まで仲間を守ろうとした。
それがどれほど無謀で、絶望的で、報われない選択だったとしても。
今の自分にできるのは、その遺志を継ぐことだけだ。
「あの男の言う“空気”を読んでいては、命を守ることはできない」
誰かが声を上げなければ、また誰かが死ぬ。
たとえそれが、自分一人で立ち向かうには荷が重いことだったとしても。
「仲間が……要る」
琴莉の口から、自然にその言葉が漏れた。
そう、もう自分ひとりでは限界だ。
正義感だけでは届かない壁が、あの男の存在で明確になった。
ハンター連盟という巨大な組織の中で、琴莉がどれだけ警告しても泡のように消えていくだけだ。
それどころか、このままでは琴莉が消されてしまう。
だから。共に動ける誰かが、必要だ。
例え、琴莉が処分されたとしても、同じ志を持って闘ってくれる仲間。
だが、残念ながら心当たりがまるでない。
そもそも、ハンター連盟の闇に気づいている人間自体が、ほとんどいない。
それに、今の琴莉には『未来予知』以外の武器がない。政治的な力も、派閥も、援護もない。
未来予知なんか使うまでもない。誰に話しても、きっとこう返される。「そんなはずないよ」と。
けれど、
「それでも、探さなきゃ」
同じ景色を見てくれる誰かを。
信じてくれる誰かを。
その数日後だった。
蜘蛛鳥山のダンジョンがバーストしたのは。
一般からの通報でプロハンターが調査した結果はステージ3。
にもかかわらず、ステージの更新はおろか、ダンジョンへの立ち入り制限も行われなかった。
あのときと同じだった。
きっと光源域のときも、今回と同じように報告が握りつぶされていたに違いない。
見過ごすわけにはいかなかった。
今度こそ、同じ過ちを繰り返してはならない。
琴莉はひとり、装備を整えて、現地へと向かった。
それが、あのふたり――狐のお面の男と、栗色ボブの少女――との出会いになるとは、まだこのときは知らなかった。
まだ若く、しかもアマチュア。
ハンターとしての立場も経験も、到底一人前とは言えなかった。
けれど、たしかに“何か”を持っていた。
プロハンターのライセンス証を借りてまで、高濃度魔素エリアの異常を調べにきた二人。
諦めなかったこと。逃げなかったこと。そして、声を上げたこと。
それはかつての自分が、そして優斗が、そうあってほしいと願った『ハンター』の姿そのものだった。
「……ひとりじゃ、なかった」
小さくつぶやいた言葉は、誰にも届かない。
けれどその夜、琴莉は久しぶりに優斗の夢を見た。
「任せたぞ」
彼はそう言って、ニッコリ笑った。
目が覚めても、その笑顔だけは、なぜかはっきりと覚えていた。
第三柱のオープニングは琴莉の過去、光源域事件でした。
次のエピソードからは咲夜(妹)が中心になります。