19.西海琴莉
西海琴莉はプロハンターである。
高校卒業後、すぐにプロになった。今年で六年目、若手をそろそろ卒業する頃合いだ。
プロハンターにはプロハンター同士でしかやり取りされない情報というものがある。
そして今、新しく入ってきた情報がこれだ。
『蜘蛛鳥山のダンジョンがヤバい』
ハンター連盟のカフェテリア。
よく一緒にお茶をする同期の女子、翠が周囲を気にして声を小さくする。
「なんか一週間くらい前に一般からの通報があったらしくてさ、先輩が調査に行ったんだって」
「……それで?」
「通報にあったとおり、確かに魔素濃度がかなり上がってて、断層もハッキリ出てたらしいの」
「じゃあ、ステージ3ってところか」
翠も小さく頷く。
ハンター連盟では、兆候に対して危険度を現す『ステージ』という指標を使っている。
ステージは1から4までの四段階。
ステージ4だから即バースト、とは限らないし、逆にステージ1でも突然バーストすることがある。
あくまでも“危険度”を示す指標だ。
「だから、琴莉もしばらくは蜘蛛鳥山には近づかない方がいいよ」
「…………………………」
翠が本心から琴莉を心配してくれていることは間違いない。
しかし、その言葉が意味するところを考えると、どうにも複雑な気持ちになってしまう。
プロハンターは、高価な魔石が手に入る高濃度魔素エリアへの立ち入りを許可される代わりに、様々な義務を背負うことになる。ダンジョンバーストが発生したときの救助や、コアの破壊もそうだ。
そしてダンジョンバーストの発生した際の対応は、そのときダンジョンに近いところにいた者が率先して対応しなくてはならない。
つまり翠は、「今、蜘蛛鳥山の近くにいると、ダンジョンバーストの対応に巻き込まれるかもしれないよ」と言っているのだ。
プロハンターがみんな同じような考えを抱いているわけではないが、彼女のように考える者が少なくないことも琴莉は知っている。
彼女はなぜプロハンターになったのか、矜持はないのか。
仲の良い翠に対して、琴莉はそんなことを考えてしまう。
「…………情報、ありがとう。翠」
翠と別れた後、外に出た琴莉は公園のベンチで空を見上げた。
無意識に握りしめていた拳に気づいて、ゆっくり手を開く。
ステージ3ともなれば念のためダンジョンへの立ち入りを禁止するくらいの措置は取っておいた方がいい。しかし、現時点で蜘蛛鳥山のダンジョンは平常運転である。情報が意図的に隠ぺいされている。
「あのときと……同じだ」
ハンター連盟は慈善団体ではない。
ダンジョンと魔石という、国家を支える一大事業を管理している半官半民の巨大組織だ。
そこには常に『大局』だとか、『全体の利益』だとか、『上層部の意向』だとか、権力者たちによる圧力が存在している。蜘蛛鳥山のダンジョンについても、どこかの誰かが「まだ公には発表するな」と指示を出しているのだろう。
「あのときも、報告は握りつぶされていた」
琴莉がプロハンターになってすぐの頃。
光源域事件と呼ばれている、突発性のダンジョンバーストによって仲間を失った。
だがあれは、決して突発性などではなかった。
琴莉は確信している。あれは――人災だ。
「見過ごすことはできない。あの人だったら、きっと見過ごさない」
ならば、どうするか。
「高濃度魔素エリアに張り込もう」
無許可でダンジョンコアを破壊することは、当然ながらプロハンターの規定に違反する。
だが、この規定には例外が存在する。
それは、ダンジョンバーストが発生した場合だ。
ダンジョンバーストを止めるには、ダンジョンコアを破壊するしかない。
だからダンジョンバーストが発生したときだけは、個々人の判断でダンジョンコアを破壊して問題ないとされているのだ。
だったら、ダンジョンバーストが発生するその瞬間まで、高濃度魔素エリアにいればいい。
通報があってから一週間。確率的にはそろそろバーストしたっておかしくない。
琴莉は急いで蜘蛛鳥山のあるO町へと向かった。
間もなくダンジョンに到着するというタイミングで、翠から電話が入った。
まさか自分の行動がバレたのだろうか、と暴れる心臓を押さえながら通話ボタンを押す。
「もしもし」
「琴莉! いまどこ!?」
「え?」
やはり蜘蛛鳥山に来ていることがバレたのだ。
なんと答えたものか、と思案していると、
「例の蜘蛛鳥山、今、スゴいことになってる!」
「スゴいこと?」
「あー、もう。とにかく見た方が早いからっ。URL送るね。それじゃっ!」
言うだけ言って、一方的に電話は切られた。
驚き半分、安心半分といった心持ちで、とにかく彼女から送られてきたURLを確認してみる。
それは『ほのぼのだんじょん』という名前のDunTubeのチャンネルに繋がっていた。
チャンネルの持ち主は『ほのりん』という女子大生で、アマチュアらしい。
どうやらライブ配信らしい映像の中で、栗色のボブカット少女が必死の形相で訴えている。
「蜘蛛鳥山の近くにお住まいの皆さん! すぐに荷物をまとめて避難してください!」
すぐ隣では、狐のお面に黒い羽織という奇抜な格好をした人が、人間離れした動きでモンスターと戦っていた。
アーティファクトを装備することが多いプロハンターによく見られる格好であること、配信されている場所がプロハンターしか入れない高濃度魔素エリアと思われることから、おそらくはこの狐面の人物――お稲荷さまと呼ばれている――がプロハンターなのだろうと推察された。
「この蜘蛛鳥山のダンジョンは! 間もなくバーストします!!」
スマホの画面に映るのは、避難を訴える少女と、彼女を護るためにモンスターと戦う騎士のような人物。
彼女たちは、ハンター連盟という組織が隠そうとしていた情報を世界に向けて発していた。
――蜘蛛鳥山のダンジョンは、間もなくバーストします。
その瞬間、胸の奥に焼けるような感覚が走った。
(言った……はっきりとっ……!)
あの光源域では、誰も言わなかった。言ってくれなかった。
真実は霧のようにかき消されていった。けれど今、彼女は――命を懸けて真実を叫んでいる。
(……そうだ。声を上げなくては。彼女のように)
組織がなんだ。偉いヤツがなんだ。
大局のために無辜なる命が切り捨てられる現実を、もう二度と見たくなどない。
それがたとえ、この手ひとつで止められるものではなかったとしても。
画面の少女がこちらに気づくはずもないのに、琴莉は思わず小さく呟いた。
「――よく……言ってくれた」
スマホをポケットにしまい、琴莉は顔を上げた。
山の向こう、空に滲む魔素の色がわずかに濃くなった気がする。
胸の奥に、やるべきことの輪郭が浮かんだ。
「急ごう。私も戦わなくては」
風が、山の麓を吹き抜けた。次の瞬間、琴莉の足は強く地を蹴っていた。
本日の更新は以上です。
明日からは毎日1エピソードの更新を予定してます。
(追記)
2025.6 同期の子に名前をつけたので改稿しました。




