16.思い出すこと、出せないこと
都内での新しい生活がはじまった。
転校した先の小学校のクラスメイトは、みんなオシャレだった。
いじめられるようなことはなかったけど、私と彼らとの間に大きな壁があることは子供ながらに感じていた。
それは家に帰っても一緒だった。
叔母さん一家はとても優しかったけど、どうしても他人の家にしか思えなかった。
「ここがあなた達の新しい家よ」とか、「遠慮しないでくつろいでね」とか言われても、気を遣わずにはいられない。
大人しく、行儀よく、迷惑を掛けないように注意を払う。
叔母さん達の腫れ物に触るような優しさにも、居心地の悪さを感じる毎日。
そんな私たちの気持ちは叔母さん達にも伝わっていたと思う。
一緒に暮らす時間が長くなるにつれ、私たち兄妹と叔母さん一家の間の壁はどんどん高く、そして厚くなっていった。
だから私たちは、お兄ちゃんが大学に入学すると同時に家を出ることにした。
叔母さん達にはとても感謝をしているけれど、ずっと一緒にいることはできなかったし、多分、お兄ちゃんも同じ気持ちだった。叔母さん達だって、内心はホッとしていたんじゃないかと思う。
そして今年、私は高校に入学した。
入学式には、お兄ちゃんが保護者として参加してくれた。
大学の授業をサボって保護者席に座っていたお兄ちゃんは、周囲から明らかに浮いていた。四十歳、五十歳のオジサン、オバサンに囲まれて、ハタチそこそこの若い男が着慣れていないスーツを着て座っているのだから仕方がない。
いま思い出しても、ちょっと笑えてくる。
思い出す、といえば。
最近、ふとしたときにお父さんの顔が思い出せなくなってきた。
幼い頃の思い出にでてくるお父さんの顔には、まるで霞でも掛かっているようで。
そういう時はお父さんの遺影を見て「そうだ、こういう顔だった」と思い出す。
「どうしてお父さんは、プロハンターなんかになったのかな……」
せめてお父さんが生きていてくれたら、と思わない日はない。
同時に、お父さんはお母さんを守ってくれなかったという憤りが沸いてくる。
お父さんがプロハンターでさえなければ……。
「お金がたくさん貰えるから? みんなに『スゴい、立派だ』って言われるから?」
今ならわかる。お父さんがすぐに駆けつけられなかった事情も、仕事の重さも。
しかし頭で理解できたからといって、感情を抑えることなどできはしない。
「そんなものより、私はもっと家族が一緒にいられる時間を過ごしたかったよ」
ダンジョンはその最奥にある『ダンジョンコア』という物質を破壊すれば消滅するものだと知った。
実際に、都市部に近いところにダンジョンが発生したら、すぐにプロハンターが集まってダンジョンコアの破壊が遂行されるらしい。
ダンジョンバーストが発生したときも、『ダンジョンコア』を破壊して被害を食い止めるのだそうだ。
だったら、全てのダンジョンを発生と同時に破壊しておけば、ダンジョンバーストなんてものは起こらないということだ。
魔石がないと電気も止まる。経済も崩れる。
そんな“もっともらしい理屈”なんか知ったことか。
私はダンジョンに家族と日常を奪われた。
それだけが私にとっての真実。
政府はダンジョン関連事業に積極的に補助金を出している。
ハンターになるための専門学校や職業訓練校はどんどん増えている。
私の同級生の中にも、プロハンターを目指すための高等専門学校へ進学した人が何人もいる。
アマチュアにせよ、プロにせよ、毎年ダンジョンでは何人ものハンターが大怪我を負ったり、命を落としたりしているというのに。それでもハンター志望者は後を絶たない。
その人たちの家族はどういう気持ちなのだろう。
「行きついた先は名誉の戦死だってさ。意味わかんない」
と、いつもの結論に落ち着いたところで、私は小さく息を吐いた。
目を覚まさないお母さんを見る度に、同じことを繰り返し考えてしまう。
私は首を数回横に振り、まとわりつく見えないなにかを振り払った。
もっと明るい話はなかったか、と記憶を探る。
こんな気の滅入る思い出話ばかりじゃ、お母さんだって目を覚まそうと思わないだろう。
「あっ! そうだ。お兄ちゃんね、気になる人がいるみたいなの」
私とお兄ちゃんは、世の中にいる兄妹の中では仲の良い方だと思う。
二人暮らしをはじめてからずっと、朝ごはんと夜ご飯は必ず家で揃って食べているし、他愛のない今日の出来事を報告しあったりもする。
「なんかね、パソコン見ながら頭を抱えてたかと思ったら、急に『あの子の連絡先も知らねえじゃんっ!』とか言いだすんだもん。私、びっくりしちゃった」
ちょっと過保護なんじゃないかと思うこともあるけど。
逆の立場だったら私もきっと心配で堪らないだろうから、あまり強くも言えなかったり。
「最近、前よりちょっと帰りが遅かったりするんだけど……もしかしてデートとかしてるのかな? お兄ちゃんに彼女とか全然想像できないんだけど」
こっちに来てから五年、お兄ちゃんが私とお母さんのために色んなことを我慢してきていることを知っている。友達と旅行に行くとか、朝までオールで遊ぶとか、そんな普通のことですら。
だから私は、お兄ちゃんには絶対に幸せになって欲しいって思ってるんだ。
翔真の妹、咲夜のお話でした。
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