人見秀一の黙秘録-episode14-実況者Abyss③
午後4時を指す時計を見て、これからどうするべきなのかを考えていた。
実況者Abyssの生配信が始まるまでに被害者の家族なりに直接連絡を取っておきたいところだ。山路の話は参考になったが人伝の信用度はどうしても低くなる。
「田原、いるか?」
「ここですよ。ここ、急に飛び出して行っちゃうから驚きましたよ」
「すまなかった。仕事仲間に事件のことを聞いていてな」
「ほ、本当ですか!なら教えてくださいよ」
「あぁ」
先程、山路から聞いた被害者遺族の話を田原に伝える。
「そ、そうですか。でも、これで実況者Abyssを見つける手がかりが増えましたね」
「あぁ。これ以上の被害を出す訳には行かない。次の1週間で蹴りをつける」
「はい、そうしましょう。って人見さんすごく熱心ですね。最初は面倒くさそうにしてたのに」
「あの動画を見せられれば気持ちの変化くらいある。俺も人間だ。殺人実況なんて言うバカバカしいことを行っている輩が野放しになるくらいなら自分自身で捕まえるくらいの気持ちはある」
「それが人見さんらしいです」
そして、2人は帰路に着く。
車に乗り込み、エンジンをかける。
すると、田原の携帯電話が鳴った。
電話には薊と言う名の人物から電話がかかっていた。
「あ、あぁ!人見さん。すみません。少しいいですか?」
「構わない。こちらも時間を取ったからな」
電話に出る彼女を見送り、一休みすることにした。今日知った事件ではあるが警察が手がかりも見つけられないとは驚いた。それにしてもこの事件はなんだろうか。とても気味が悪い。
妙な胸騒ぎがして、胸を抑える。
「普通じゃないのは確かだ。殺害実況者が話題になる世間もまた普通じゃない。僕だけ異世界から来たみたいじゃないか。馬鹿らしい」
そんなことを考えていると、田原がこちらへやってくる。
「あ、あのー。人見さん?なんか独り言話してたみたいですけど…。そんなことよりこちらを」
彼女は人見秀一に携帯電話を渡してくる。
「ん?これは?」
「私がさっき電話で話していた人です。話せば分かります」
その目に嘘はないと人見秀一は判断して、外に出る。そして携帯を借りて、耳元に当てる。
すると、男の声が聞こえてきた。
「電話変わったんすか。あの、俺薊雄一と言うんだけど」
電話を出るなり馴れ馴れしく話しかけてきたのは薊雄一という男だった。耳元でズルズルと何か麺類をすすっている音も聞こえるがそれよりもまず、こいつは誰なんだという疑問しか人見秀一の脳内にはない。
「お前は誰だ」
「あー?愛美ちゃんに聞いてないんすか?あー、そうすかそうすか」
こいつの口調は嫌いだなと思う。人と喋っている最中にそれも電話越しで麺類をすするやつなんてどんなやつなんだ。
「おい、こいつは一体何者なんだ」
鋭い目付きで彼女を見ると田原は笑顔で伝えてくる。
「彼は薊雄一。パソコンとかそう言うインターネットとか詳しい人なんです。あと、なんか少ない情報だけで色々と特定とかできるみたいですよ。だから今回頼んだんですよ」
「何をだ」
「調査ですよ。調査。根本的に知識のない私たちにとって実況者Abyssを見つけるのは困難を極めます。なので救世主です」
救世主だと…?この男がか?
電話越しに麺類をすするこの男に何を期待しろと言うんだ。
そう内心では思ったが、田原の言った「少ない情報で特定する」というところに興味を持つ。
「まぁいい。まずだ、電話越しでずるずると麺類をすするのは辞めてくれ。不快だ」
「いいじゃないすか別に。あんたは俺の上司でもなければ部下でもない。上司ならそりゃちゃんとしますよ。電話越しでもスーツで何があってもいいようにしたりとかね。でも、そうじゃない。だからフェアな関係で行きましょうや」
その間もバリバリと次はスナック菓子を食べる音が聞こえる。
「逆に聞くがフェアな関係と言うなら人の話を聞け。スナック菓子を食べるんじゃない。そういう意味なら君と僕がフェアな関係なら少しは僕の言うことも聞いてくれないか。というより本当にこいつに何か期待できるのか?」
田原に返すと田原は大きく頷く。すると、男が怒った口調になる。
「ならよぉ。見せてやろうじゃねえか。あんたとは別に仲良くしようってわけじゃない。愛美ちゃんに頼まれたから仕方なくだ。とりあえずおい、写真を撮って俺に送れ」
そう言われて、人見秀一は田原に携帯を返す。
「え、どしたんですか?」
こいつとは話をしてられない。そう感じる。
「よく分からないが話を聞いてくれ」
「はい、人見さんから変わったけど…。あ、うん。分かった」
頷く彼女を見てなんだか嫌な気分になる。
「あの、じゃあ撮りますよ?」
「なんだ」
そういった直後にパシャリとシャッター音がなった。
「おい、何をする」
「いや、聞いてたなら自分でしてくださいよ」
写真を撮った田原はそれをどうやらその男に送っているようだ。
「彼が変われって言ってますけど」
「あぁ」
携帯を受け取りまた耳元に持っていく。
「何をしているんだ」
「なんで愛美ちゃんじゃなくお前が被写体になってんだよ。ふざけんな。まぁいい。それでよ、あんたがいるところ、ここだろ?」
薊雄一から写真が送られてくる。
「これは…?」
そこには今の現在地が写っていた。
「これ、お前どうやって」
「簡単すよ。舐めないでくださいね、おれのこと」
これか薊雄一、この男は何者なんだ。
「あぁ。すまなかった。謝るとするよ。君はどうやら本当にすごいやつみたいだ」
この男は相当な男だ。この男がいればいち早く事件現場に行くことが出来る。そして今日は生放送。つまり、今からなら探し出せるかもしれない。
「よくわかってんじゃないか。直ぐに謝るってところは好感を得るよ、俺は手伝うだけだ。命令されてじゃない、頼まれてやるだけだ。わかったな?わかったなら愛美ちゃんに変われ」
「あぁ。田原、彼が変われと言ってる」
「はい。分かりました」
田原に携帯を渡し、車にもたれ掛かる。
「確かに彼の力はわかった。でも、それなら他にもいるであろうハッカーと呼べる者や彼と同じような者はなぜ実況者ABYSSを見つけられないんだ。いや、見つけたがそこにはいなかった…というのが正しいのかもしれない。くっ…。まず、この目で確かめるしかあるまい」
彼女が話を終えたのか携帯を切り、こちらに笑顔で近づいてくる。
「どうだ?」
「はい。彼は絶対に見つけるって言ってくれてるそうです。あと、彼は結構頭いいのでその数字のコードのこともやるって言ってましたよ」
「そうか…」
全て人任せになってしまった。
しかし、それも仕方がない。彼と僕とでは経験も人生も違う。今から僕が見つけようとしても何日もかかるだろうが彼ならその何倍も早く見つけられるだろう。
コードのことは僕もあとから考えよう。彼だけに任せていてはこの事件を解決には導けない。あくまでも彼は現場に現れない、現場に行くのは僕達なのだから。
「これからだが、君はどうする?」
「そうですね…。人見さんと居ますよ。まず生配信見てからですからね。彼の連絡先は私が持っている訳ですし、一緒にいたらいいのでは?」
「そうだな。なら車に乗ってくれ。僕は一度ガソリンを入れ直してから家に行くとするよ」
「え!?私が人見さんの家に?」
「悪いか?」
「そりゃ…ちょっと警戒してるだけですよ」
確かに女性を家に呼ぶのは少し不謹慎だったか。だが、別に彼女に特に何か特別な感情がある節もないので自分の思いをそのまま伝える。
「心配するな。君みたいな魅力のない女には興味ないからな。あるとしたら今はその君の携帯に入っている彼の連絡とその結果だけだ」
そう言うと、田原は怒ったように顔を背けた。
「もう…!別にいいですよ。私だって人見さんのことなんて1ミリも興味無いですから!ビジネスパートナーってやつですから」
いつ僕と君がビジネスパートナーになったのかは知らないが彼女はどうやら家に来てくれるらしい。少し休息が欲しかった僕にとっては好都合だ。
「なら車に乗ってくれ」
車のドアを開くと怒った表情の田原が車に乗り込んだ。
「じゃあ行くぞ。何か食べたいものでもあったら言ってくれ。奢りってやつだ。今日は色々と世話になったからな」
そう言うと怒っていた顔が嘘のように明るくなる。
「え!本当ですか!人見さんありがとうございます。あの人見さんから"奢る"なんて言葉がでるとは思いませんでしたよ」
「いちいち一言余計だ。奢るって話はなしにしてもいいんだぞ」
「じ、冗談じゃないですか。じゃああそこのコンビニエンスストアへ行ってくださいよ」
「あぁ。少し先のスーパーでもいいか?まずガソリンを入れたい」
「もちろんいいですよ」
彼女の声に言葉を返すことなく、黙ってうなづいて人見秀一はガソリンスタンドへと向かった。
♢♦
「本当に君ってやつは奢りってだけでこんなに買うなんて僕は言ってないぞ」
大荷物を抱えて人見秀一は田原に伝える。
2人はガソリンスタンドでガソリンを満タンにしてから近くのスーパーへと向かったのだが、そこで彼女は自分のほしいものをあるだけスーパーにあるカートに入れていたのだ。
戻すのも面倒ということもあり、その商品を買った訳だが、それで所持金のほとんどが消えてしまった。
「おいおい、君はなんだ。遠慮ってやつがないのか」
「だって人見さん言ったじゃないですか、奢りだって。人見さんに奢ってもらうなんてなかなかないですからね。今回はいるもの全て買いました。なんなら友人や仕事の関係者に言いたいくらいですけどグッと我慢してるんですよ」
こいつ、人の金をなんだと思ってる…。
まぁいい。奢るのは今回限りにしよう。彼女に奢るのだけは今回限りだ。大事なことなので2度頭の中で思う僕だった。
「時間が無い。さっさと行くぞ」
車に大荷物を入れたあと、エンジンをかけて車を出す。そのスーパーから人見秀一の自宅に向かった。
「ここですか!一軒家だったんですね」
人見秀一の自宅につき、最初に田原が驚いた様子で言った。モダンな家で周りの家とは少し雰囲気の違うオシャレな一軒家だった。
人見秀一は一人でこの一軒家に暮らしている。
仕事場のあるオフィスにも寝泊まりできるスペースがあるため基本的にこの一軒家に来るのは週に2回~3回ほどしかない。
そんな人見秀一は少し広めの部屋で一人で過ごすのが好きなのだ。また、小説を見ることが好きなのでどこにでも本棚が置いてある。リビング、キッチン、ベッドルーム、トイレ、洗面所、そして浴室に至るまで。
「へー、どこでも本読めるって本の虫ってやつですか?」
「別にそこまでじゃない。確かに小説は好きだが、四六時中見てるわけじゃない、仕事もあるからな」
買い物袋を置いて、とりあえずソファに座る。
リビングの広さは20畳ほど。
ソファの前には大きなテレビが置かれている。
ゆっくりと中に入る田原は大きな声を上げる。その声に人見秀一は慌てて振り向いた。
「な、なんですか!めちゃくちゃいいところ住んでるじゃないですか」
「そんなことは無い」
ソファから立ち上がり、キッチンの方へと向かう。
「荷物をこっちへ持ってこい。それ終わったらその辺でくつろいでくれ」
言われたとおりに田原は椅子に座る。
「なんか意外でした」
「何がだ?」
「もっとなんて言うか人見さんって生活スペースを気にしてない人なのかと思ってました。こうやって家具選んだり、本棚選んだりふつうのひとだなーって」
「本当に失礼なやつだ。僕だった普通に生活くらいするさ。料理も家事も掃除も全てやってる。まぁ確かに最近は仕事場にいることが多かったからそう思われても仕方ないか」
「ふふっ、人見さん。ジュース貰っても?」
「自分で取れ」
彼女は立ち上がり、買い物袋からぶどう味の炭酸飲料を取り出して開けるとプシュという音がする。
「グラスだ。受け取れ」
「ありがとうございます」
グラスを受け取り、注ぎ入れる。その後勝手に氷を取り出してそれを入れて少し待ってから一気に飲み干した。
「くぅー。最高ですね」
「ですねじゃない。僕は飲んでないから最高ですとだけ言っておけ」
とりあえずサラダなどの夕食を作っているうちに夜の八時を迎えていた。それでもまだ生配信の知らせはないみたいだ。
「夕食を作った。良ければたべてくれ」
カルボナーラとサラダをテーブルに置くと嬉しそうに田原はこちらを見る。
「あ、ありがとうございます」
作った料理を口に運ぶ。所作はとても美しく、何を食べるにもなんだか見入ってしまう。彼女の暮らしやら家柄なんかは知らないが躾されているのだと感心した。
「どうかしました?」
「いや、なんでもない。強いて言うなら味はどうだ」
「美味しいです。人見さん料理お得意なんですね」
その後は無言で、2人は夕食を食べ終え、パソコンを広げた。
「まだみたいですね」
更新はされておらず、見ると登録者は250万人を越えようとしていた。
まだかと人見秀一は食べた片付けを開始していた。そして、そろそろ9時になろうとしていた時、急に田原が声を上げる。
「き、来ました!始まりましたよ人見さん!」
僕は急いで彼女のそばに向かった。パソコンが開いてあり、その画面には生配信開始まであと1分と書かれていた。
「始まるのか、殺害実況が」
「はい。始まりますよ」
そして、3、2、1…………。動画が開始された。




