人見秀一の黙秘録-episode7-〇〇べからず②
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2人は看板を目にしていた。
そこには"うごくべからず"そうはっきりと書かれている。
「"うごくべからず"だと…!?じゃああの線を超えると動いた瞬間…」
看板の先にはまた雑に棒で書いたように線が敷かれていた。それも何故か2本。1本は看板より2メートルほど前に、そして、もう1本の線は2メートルほど看板の後ろに。
「それよりもだ。あの線の2本。何を意味していると思う?」
「恐らくですがひとつの可能性はありますけど」
「同じだ。僕と同じ考えなんじゃないのか」
「恐らく」
「「あの場所ならこの看板の効力が発生しない」」
2人は声を合わせた。
「あの約4メートルの間がセーフゾーン。何も守らなくてもいい場所では無いのかそう言いたいんだろ?」
「はい。私はそう思います」
「とりあえず、あそこまでは行く。もし、仮にだ。仮にあそこから"うごくべからず"が始まった場合のときを考えて俺だけ最初に行かせてくれ」
「嫌です」
田原はそうはっきりと断った。
「何故だ?」
「単純ですよ。仮にあそこが"うごくべからず"なら人見さんが動くことが出来なくなった場合ここからの脱出は不可能になります」
「そうか、そうだな。わかった。二人で行こう」
人見秀一はゆっくりとゆっくりとほふく前進して、恐らく安全と思われる場所に手を入れた。
「どうです?」
「どうやら、大丈夫なようだ!」
急いでこの看板の効力が発生しない場所に移動する。
「疲れた。少し休憩したいくらいだ」
2人は安堵の息を漏らす。
しかし、状況は変わっていない。
「どうしますか?」
「どうするも何もどうもできまい。それよりもだ、田原。足の具合はどうだ?」
「はい、全く動きません。感覚がないというか奪われたというべきなのでしょうか」
「それだけ聞ければいい」
ここからどうするべきか。どうも出来ないのは確か。
「看板の裏を見てくる」
先程の"うごくべからず"と書かれた看板の裏には"すすむべからず"と書いていた。
「何!?」
目の前は"うごくべからず"後ろには"すすむべからず"どういうことだ。単純に進んだらダメだということなのだろうか。
すると、田原が心配そうにこちらを見つめる。
「人見さん。あの先に行ったら…」
「あぁ。恐らくだが、動いた瞬間に終わるだろうな」
「そ、そんな……」
あの看板の先の線を超えると終わり。どうすればいい。
その時、田原が声を上げた。
「ね、ねぇ。人見さん。あそこよ、前よ、前!よく見てよ!」
「ど、どうしたんだ急に」
言われた通りに前を見ると"うごくべからず"の看板よりも前、線の数メートル前に人が倒れていた。
「な、何!?あれは…」
「ねぇ、見てください。あの足を!あの足を!」
倒れている人の右足には靴がない。そして、左足の靴はあの、漫画家が履いていた靴と瓜二つだった。
「ま、まさか!」
「はい。あれは絶対に海くんですよ!」
海くん…?
「海くんって誰のことだ?」
すると、田原はアッと表情を変える。
「漫画家の人です。仲良かったので…」
「そうか…」
何か聞いたらまずいことだったのだろうか。それにしても、あの先は"うごくべからず"。助けるには1度入るしか方法はない。
「ねぇ、人見さん助けてあげて!あの人!あの人を!」
「あ、あぁ。だが、待ってくれ。あの漫画家を助けたいのは僕も同じだ。見捨てるなんて選択肢はない。だが、あそこに入れば動けない。"うごくべからず"に従わなくてはならない!」
入れば終わりのこの線を超えずにどう助ける…。
「何か策を考えるしかありません」
「そうだな…」
目の前は"うごくべからず"後ろは"すすむべからず"。
すると声が聞こえてくる。
「誰かそこにいるのか…。た、助けてくれ、助けてくれ!もう、身体中が動かないんだ。その看板の前を進んだら動けなくなったんだ…!」
やはりあそこに入れば身体中が動かなくなるらしい。なら、どうする。どうやって助ける。
「人見さん!お願いします!彼を助けてあげて…!」
思考をめぐらせる。
彼を助けるにはあの線を超えるしか方法はない。しかし、看板には"うごくべからず"と書いてある。先程の"あるくべからす"はほふく前進等の足を使わない動きで何とか攻略できた。ならばこの"うごくべからず"も何らかの方法であの先へ行くことが出来るということなのではないか。
「どうするべきか…」
"うごくべからず"と"すすむべからず"
そして、答えはでた。
「悪い、田原。彼を助けることは出来ない」
「え?ど、どうして?」
「あそこにはやはり入ることは出来ない。と言うよりも入ったら終わりだ」
「そ、それは承知の上です。でも、彼を見殺しにすることはできません!確かに戻っても終わりならここで一生過ごすことになるでしょう。でも、それでも助かる道がないなら彼だけでも助けましょうよ!」
「違うんだ。彼は…彼は…」
「へ?」
人見秀一は苦い顔をうかべる。その顔を見て田原はなぜなんですかとしつこく聞く。
「田原。悪いな。今教える。彼を助けられない理由を」
「その理由って…?」
「あぁ。つまり、この看板の効力は自分の進む方向によって決まるということだよ」
「ど、どういうことですか?」
「簡単な事だったんだ。とても簡単なこと」
人見秀一はたんたんと語り始めた。
「最初にあった"あるくべからず"あれは両足でもコンマの差があるだろうからダメだろうという話でほふく前進にしたわけだ」
「はい、そうでしたけど…」
「そして、この先の"うごくべからず"あれは解決不可能だ。あの漫画家と同様に入ったら全身が動かなくなる」
「だから、それは承知の上ですよ!」
「動く方向でその効力が決まると言ったよな」
「はい…」
「つまり、動く方向。今前を向いて前進しようとしているから"うごくべからず"の効力が働いてしまうわけだ」
「それがどう言う…」
「あぁ。つまり、後ろを向いて…」
言葉と同時に人見秀一は後ろを向いた。
「歩き出せば進む方向は先程の方向、意味がわかるか?」
「え、はい。それが…?」
「つまりだ。今俺が向いている方向は看板の裏側、"すすむべからず"の効力が働くということだよ」
「ま、まさか…」
「あぁ。だからあそこに入った時点で終わりなんだよ。仮に後ろを向いてあそこに入るとしよう。恐らくだが特に何の障害もなく後ろ向きで動けるだろう。"すすむべからず"の効力が効かないからな。でも、そこからどうやって戻る?」
「そ、それは……」
「そして、前から入っても同じだ。あそこに前を向いて入ると全身が動かなくなる。そうなれば後ろをむくことも出来ない。つまり、あそこに入れば本当に終わりだったわけだ。俺たちはまだあそこには入っていない。今後ろを向いて帰れば"もどるべからず"の力のみが発生する。もどる、つまり、後ろに進めば終わり。前に進めばいいだけだ。考え方の問題だろうがな。だから、彼は助けられない」
「そ、そんな……海くん…」
「その海くんってどういうことなんだ」
僕が田原に尋ねると涙目で話し始める。
「す、すみません。最初あの人ただの知り合いって言ったの嘘なんです。彼は私の恋人…」
恋人…?まさか…そんなことってあるのか…
「だから、どうしても僕と一緒に行って彼を見つけてもらいたかったわけか」
「す、すみません。こんなことになるとは…」
「知れて良かったと取るべきか悪かったと取るべきか…」
すると、前で倒れていた漫画家が声を上げる。
「助けてくれ!助けてくれ!早く来てくれ、早く来てくれよー!おーい!早くー!」
海くん、そう呼ばれた漫画家が田原に助けを求めている。
「うん、それはもちろんだよ!私ッ…私が助けないと!」
動こうとする田原を僕は押さえつけて動けないようにする。
「お前、見えないのか。あるだろう。あそこに看板が」
「そ、そんなのないよ…。私の前には海くんがいるだけ。だから、もう…ほっといてくださいよ…」
涙が溢れ出る。それでも動こうとすることを辞めない田原に対して僕はあることを告げる。
「よく考えろ、田原。あれは本当に君が知る海くんなのか?」
「え?何を言ってるんですか?」
「もう一度言うぞ、あの目の前の男は本当に海くんなのか…?」
理解ができていない様子の田原から離れる。僕はその海くんに話しかける。
「海くん、君は本当に海くんなのか?」
「そうだよ、そうだよ、そうだよ。海くんだよ!だから助けてよ!」
やはり違和感しか感じない。
「あの前にいる人物は一度も君の名前を呼ばない、ただ助けを呼ぶだけだ。顔も見えない、かろうじて見えるのは靴と身体だけ。それにおかしいと思わないか、あの男はどうやってあそこまで行ったんだ?」
その言葉に田原はハッとした。僕はその"海くん"と思われる男に向けて声をかける。
「おい、君名前は?」
すると、倒れている人物は人見秀一の方へ向かって叫ぶ。
「海くんだよ!だから助けテくれよ!海くんだから、僕本当に海くんだヨ!」
信じ込ませて来るようなそんな口調。その声にノイズが入った気がした。
「幻覚…?」
田原がそう小さくつぶやく。
分からない。ただ、彼があそこに入ってしまった以上助けることは出来ないのは確かだ。仮に彼が本物だとしても助けることは出来ない。
「漫画家の海くん。悪いが君を助けることは出来ない」
すると、田原それでも動こうとする。
「ま、待ってください!やっぱり私もここに残ります。だって、あれが海くんなんですよ。声だって同じ、口調も同じ。間違えるはずないです!それに…彼がいない人生なんて考えたくない!目の前に彼がいるのに、私、動けなくてもいい。だから私を彼の元に連れて行ってよ、人見さん!」
「それは出来ない。たとえ本物であっても君が進めば君はもう助からない」
涙を流す田原愛美。それを見つめる人見秀一。
「はやク、たスけてよ!」
やはりあの声どこかおかしい。ノイズが入ったような変な声音だ。
「田原、やっぱりあれは海くんじゃあない。あれはここに存在する怪異だ」
「で、でも…」
「もう一度声を聞け、完全に声が変わった」
「はャッく、たす、たスか、タスけて」
声音が変わる。まるで別人の声、なのにそこに海くんの声が混ざっているように聞こえる。
「あなたは本当に海くん?その声、違う…」
すると、倒れていた男は答える。
『バレたか』
野太い男の声だった。
「え?」
人見秀一は田原をかつぎあげる。
足が動かないのだから仕方ない。
「これは何か、何か嫌な予感がする、さっさと行くぞ!」
人見秀一は直ぐに道を引き返す。
前にある看板には"もどるべからず"と書いてある。その裏には"あるくべからず"。なら普通に前を向いて進めば…それなら戻ってはいない。
人見秀一が1歩踏み出しても特に何も起こらない。
予想通りだ────
思った通り前を向いて歩けば効力は発生しない。恐らく振り返り後退すれば効力が発生するだろう。
この看板のある道から抜け出そう。ただ、もう後ろを振り返ることは出来ない。それはそうするべきだから。そうしなくてはいけないから。
すると、あの男の野太い声が耳元で聞こえた。
「騙せると思ったがダメか」
息を飲んだ人見秀一は全力で走った。
「来た道に戻るぞ」
「はい…」
看板を抜け、最初の看板を抜けると強い風が吹いた。
「うっ……」
「強い風…」
後ろは振り向かない。多分、既にあの道は消えている。それでも、今後ろを振り向いたらそこに何があるのか想像したくない。
田原もそう思っているから目を開けないのだろう。
今後ろを振り向いたら"何か"に吸い寄せられるように飲み込まれる。
「さようなら、海くん…」
2人は岩だらけの動きにくい所へとようやく戻ってきた。
「足の方はどうだ?」
聞いてみると田原は元気よく答える。
「だ、大丈夫みたいです…。動きます」
あの道から帰ってくると、何事もなかったように足は動いていた。
「なぁ、田原…」
「大丈夫です。もう、大丈夫…」
「そうか」
2人は山を無事に降りて、ようやく帰ってこられたのだった。
「無事、戻れたな」
「ですね、人見さん、ありがとうございます」
「え?」
「私がこうして帰ってこれたのは人見さんのおかげです。海くんは恐らくあそこで連れ去られたんだと思います。もし一人で行ってたら私は行方不明になってましたから」
「そうか…」
「はい。だから、謝らないでくださいね」
「あぁ、わかった」
後日もう一度一人であの道を探してみたが、どこにも見当たらなかった。地図で確認してもその道は見つからない。
あの道が一体なんだったのか、それは分からない。でも、あの道はまた人を騙すだろう。
神なのかそれとも他の何かの仕業なのか、僕の黙秘録には新たなページが埋まっていた。




