人見秀一の黙秘録-episode1-異次元マンション②
異次元マンション②
「これはどう言う…」
資料に書かれている"異次元マンション"という言葉を見る僕を見て家主の男は口を開いた。
「このマンションは異次元マンションと一部では言わているんだよ」
異次元マンション?どういう意味だろうか。
「このマンションの一室、3階の305号室は異次元につながっている」
「異次元ですか?」
「そう、異次元とは言うけど別の場所って言い方の方が正しいかな。どこでもドアほど便利では無いけど、全く別の場所に繋がる扉なんだよ」
僕は言っていることの意味は理解出来たが信じられなかった。
そんな漫画やアニメのような扉が実在するものなのだろうか。と言っている僕はこれまで数々の不可思議な出来事を体験してきた訳だが。
「うーん、まぁ言葉で説明するのは限界があるからね。それにこのことは基本的に秘密なんだ。他の居住者に心配をかけるからね」
ご最もな意見だと内心思いながら僕は家主の話に耳を傾ける。
「この部屋の説明を始めるね。305号室の扉を開くと実際なら玄関が広がっているはずなんだけど、全く別のオフィスに繋がったり知らないトイレに繋がったりするんだ」
「それは扉を閉めてもう一度開けたらという解釈で良かったですか?」
「そう、1度閉めて開けたら他の場所に繋がる」
なるほど…。それは不思議だ。
「十数回かな、開け閉めを繰り返すと元の玄関が姿を現す。ランダムだから元の部屋に入るのに時間がかかるのが難点かな」
さもそれが当然かのように家主の男は話していた。
「そういう物件だけど良かったらどうぞということで貸し出しているんだ」
「家賃はいくらなんですか?」
「月額5000円だよ」
確かに安い。でも、それなりにリスクもある物件ということなのだろう。
「まぁ、せっかく2人とも来てくれたんだ。案内するよ」
家主の男の言葉に従い、僕らはそのマンションまで訪れていた。
マンションに入り、エレベーターで3階まで上がる。降りてから右折して真っ直ぐ進んだ一番端の部屋が該当の扉のある部屋みたいだ。
家主の男は鍵を使って開けるとカチャっと音を立てて扉の鍵が開く。
「それじゃあ体験してもらおうかな」
ガチャりとドアを開くとそこには玄関が広がっていた。普通のマンションの玄関だった。生活感もない、誰も住んでいなさそうな玄関だった。
「こ、これは?」
「どうやら、普通に入れたみたいだね」
「あ、なるほど……」
一番最初に普通の部屋に入るなんてリアクションが取りずらい。田原も何か微妙な顔をしている。
「じゃあ、もう一度…」
扉を閉め、そしてもう一度扉をガチャリと開ける。そこには────
普通の玄関が拡がっていた。先程と全く同じ、生活感もない誰も住んでいない玄関。
「いや、繋がってないじゃないですか!めちゃくちゃ普通の部屋なんですけど…!」
「あれれ、おかしいなぁ…」
表札をよく見るとそこには301号室と書いてあった。
「あのー、ここ301号室ですよ」
田原に言われてハッとなったのかそそくさと恥ずかしそうに反対方向へと歩き始める。
これは何と言うか……。
「ここです、ここ!」
表札にはしっかりと305号室と書いてあった。
見てくださいと言わんばかりに真剣な目付きを見ても僕はあ、そうですかという感想しか出てこなかった。
正直もう胡散臭くなってきていることは流石に告げることは出来ない。あまり期待せず、家主の男は鍵を差し込んで玄関の扉を開く。
「それではどうぞ」
そこには────
玄関は存在しなかった。目の前に広がるのは何処かの会社のオフィスだった。
「!?」
「人見さん、これって…」
驚愕した。どうやら、この男の言っていることは正しいみたいだ。
僕がその扉の先に足を踏み入れようとすると家主の男が僕を止める。
「待ってください、1度閉めます。まだ言っていないことがありましたから」
「言ってないことですか?」
一度扉を閉じてから鍵を閉める。
そして、僕らにそれを伝える。
「この部屋は先程のように別の場所へ繋がっています。ですが、この扉の先に入って扉を閉めた場合その場所から帰る方法はひとつしかありません」
「ひとつしかない?さっき開けた扉から戻ればいいんじゃないんですか?」
「いえ、扉を閉めると同時に扉は消失しますので」
扉が消える、ということは…
「入った先から戻らなければならない、ということでいいですか?」
「はい、おっしゃる通りです」
「へー、なんて言うかどこでもドアじゃないどこでもドアみたいな感じですね」
「何を言ってるんだ君は」
田原の言葉は1度忘れて、僕は家主の男に話しかける。
「興味深い。あの、もう何処に繋がるのか全て把握されているんですか?」
「はい。把握してます」
どうやら、先程のオフィスを含め確認できているのは16箇所に繋がるようだ。
実際に中に入って調査したところ全国各地のオフィス、トイレ、一軒家など様々な場所に繋がる。
ただ、必ずその16箇所のどこかへ繋がるが繋がる先はランダムで決定されているため自らの意思で行先を選ぶことは出来ないらしい。
「ということです。そういう物件ですが良ければ借りてください」
利点を考えるなら交通費は帰りだけで済む旅行ができるという点くらいだろうか。実際の部屋に入ることもランダムで決定されるなら元の部屋に戻るのにどれくらい時間がかかるだろう。
「なるほど…」
「あと、もうひとつあるんですよ。伝えなければならないことが」
ため息を吐きながら男は僕たちに伝える。
「この16箇所のうち一つだけ入ったら元に戻って来れない場所があるんです」
「戻って来れない?どういうことですか」
戻って来れない。離島にでも繋がるのだろうか。携帯を持っていたとしても圏外で電話もできないなんて所だろう。
そんな事を簡単に考えていると家主の男はもう一度ため息を吐いた。
「この扉の中に一つだけ、真っ黒な場所に繋がる場合があるんです」
「え、それってどういう意味ですか?」
田原の質問に対して僕が簡単に返す。
「単純に暗い部屋だから出口が分からないとかそういうことじゃないのか」
僕が理解したように伝えると家主の男は首を横に振った。
「黒です。真っ黒。真っ暗じゃないんです。扉の先が真っ黒で先は見えない。その部屋に入ったらもう戻って来れないと言われています」
言っている意味の理解があまり出来なかった。
「それはその…暗い部屋とかに繋がるとかではなく?」
「はい。部屋なのかすら分かりません。ただ、真っ黒なんですよ」
興味深い。なら、実際にその部屋を見たいところだ。
「分かりました。なら実際にその部屋を見ることは可能ですか?」
「はい、扉を開け閉めしていればいずれ出てきますよ」
ここまで話を聞いて、田原が僕に耳打ちする。
「人見さん本当のこと言います?」
「と言うと?」
僕が聞くと田原は口を開いた。
「取材の件ですよ…」
そういう事か。なら、仕方がない。僕も一肌脱ごうか。
「申し訳ない、ここには取材に来たんです。僕はこういうものです」
「え、取材?ルポライターの方だったんですか。なるほど、なるほど」
「申し訳ございません。興味本位なのは確かでしたが実際に来てよかった」
「いえいえ、取材…ですか。まぁいいでしょう、でも書く内容はこちらに1度見せて頂いていいですか?」
「ん…。分かりました。そういう条件ですね」
僕は了承すると家主の男は先程までため息を吐いていたのに急に素っ気なく返事をする。
「それでは私はこれで」
家主の男は僕に鍵を渡して去っていった。
「軽く調査するか」
僕と田原は扉を開け閉めして実際にそのマンションの事象をこの目で確かめる。確かに、様々な場所に繋がった。ただ、その日は家主の言う"真っ黒な場所"には繋がらなかった。
早々に切り上げて田原がどうしてもということで夕食に付き合ってその日はホテルに泊まった。家主の男の言う真っ黒な場所というものは気になるが明日になってからでいい。
そう思いながらその日は過ぎた。
「行くか」
次の日、僕は田原を呼ぶために隣の部屋を訪ねたが田原は何故か不在だった。
妙な胸騒ぎがする。
僕はすぐにあのマンションへと向かった。
マンションの前に着いて3階に向かう。鍵は田原が持っていたため先に行っていると思い、あの部屋に来た。
「何をしている」
その扉は開いており、扉の前にはあの家主の男が立っていた。
「あぁ、見つかっちゃった」
外開きのドアであるため、視界に確認できるのは家主の男のみ。ただ、すぐに家主の男以外がいることは分かった。
「人見さん、助けて下さい!」
田原の声が聞こえた。
「黙ってろって言ってんだろ!」
「きゃ…」
田原の声、それに叫ぶ声。声は直ぐに途切れた。
「貴様ッ!」
その声を聞いたなら僕のやるべきことはひとつだ。いかなる理由があろうとも、彼女に手を出すことはぼくが許さない。
「何をやっている」
「残念だったな」
何だ、その含みのある言い方。何が起きたのか、それは扉を見て理解した。
「これは…」
目の前に広がる光景に唖然としてしまう。確かにこれは真っ暗と言うよりは真っ黒だろう。
扉の先は墨で黒く塗ったみたいに黒く塗りつぶされているように見える。先は全く見えない。でもこの先に触れなくても分かる。この先には異空間にでも繋がっているみたいに先があるという確信だけはある。
「田原は何処にいる」
田原愛美はその場にはいない。ただ、彼女の持っていたお気に入りのストラップが扉の前には落ちていた。声がしたはずだ、でも今この場にいない。つまり、そういうことだ。
「貴様、田原愛美はどこにいる」
家主の男の胸ぐらを掴んで僕は怒りを露わにする。
「知らないよ、押したら消えた」
「は?」
「だから知らない、押したら消えただけ」
「何を言ってる?お前の持ち家だろう、知らないは筋が通らないだろ。それに押したってどういうことだ!」
「だから知らないって言ってるだろ?あと、僕は本当の家主ではない。このマンションの持ち主は行方不明になってるよ」
行方不明?それよりも田原のことだ。田原は一体どこに消えた。言われなくても理解している。でも、この怒りはこの男にぶつけるしかない。
「何か知ってるのか!」
「知ってるよ。僕が押したら消えた、それだけ」
ぐったりとしている男の胸ぐらを掴んで僕はどういうことなのか問いただす。
「押したら消えた?貴様、何を言ってる」
「あーあーあー、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい」
壊れたロボットみたいに同じ言葉しか吐かなくなった。
「はぁ…なりすましでこうやって大家に成りすましたのに意味が無いじゃないか。少し味見しようと思っただけなのにさ。抵抗するからこうなる」
こいつ、一体何を言っている。家主では無い男を投げ飛ばす。
「田原ッ!」
僕がその真っ黒な場所に向けて声を投げかけるも返事はない。
家主では無い男はヘラヘラとしながらこちらを笑う。扉が勝手に閉まろうとしている。それを手で押えたがそれでも強引に閉まろうと動く。
「閉めない方がいい」
「貴様、やはり場所を知ってるんだろ!吐け!」
「だから知らないって言ってるだろ。でも、その扉が閉まったら数日はその真っ黒の部屋は出てこないんだよ。どこに繋がってるかなんて俺だって知らない、勝手に入って勝手に行方不明になる、俺のせいじゃない、俺のことは誰も裁けない、俺は関係ない」
つまり、今この扉を閉めれば完全に田原は行方不明になる。
そんなことは絶対にさせない。
「なぁ、僕はルポライターだ」
「だから??事実を伝えるって?誰が信じるんだよ」
「言いたいことはそういうことじゃない。僕はありのままを書く。だから今、目の前にあるネタを放っておくほど無能じゃない」
僕は強引に閉まる扉をこじ開ける。真っ黒が広がるその扉の先に足を踏み出す。
「必ず、この部屋の秘密は明らかにする。待ってろ」
僕はそのまま扉の中に吸い込まれるように入っていった。
「は、バカだろ、馬鹿だ、何が秘密を明らかにするだよ。もうお前は帰って来れねぇよ!」
捨て台詞とともに扉は勝手に閉まる。そして、僕はその闇の中に足を踏み入れていた。




