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南へ  作者: 泉田清
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黒い山

 夜の。街明かりと闇の入り混じる国道を、ヘッドライトの明かりを頼りに、マイカーが進んでいく。

 運転席の黒い影と化した我が身の、「今」が曖昧になる。いつの夜か、アレの何年後か、アレよりの前なのか、アレの何十年後か、アレの少し前か。確かめるのは止そう。黒い影は「今」を走り去った。


 ある夜に。放り出された、目的はない。ハンドルを切る、手元のキーホルダーが揺れた。キーと一緒に歪んだ指輪がぶら下がっている。金属の輪がどうすればこんなになるのか、何も覚えていない。「何をする気だ、止めておけ」内なる声を振り払い、山道に突入していった。

 「ここがこの世の果てである」。幼き頃思った場所。それは家の近くにある山の公園、そこから覗き込んだ、眼下に広がる山林を指す。ヒトの立ち入っていい場所ではない、幼き勘がそう告げたのだ。今その場所へ、街灯もない夜の山に分け入り、突き進んでいる。

 いつかの夜。夜の国道を駆け抜け、我が股間は心地よい疼きに浸っていた。ホテルの賑やかな明かりを見送る。つい今しがた射精したばかり。まだまだ満足しないとみえる。あのまま寝れたらさぞかし良かったろう。が、仕事だ。仕事仕事。毎日働かないと、ファミリーレストランで食事も出来ないし、ホテルで休憩も出来ない。一緒に住むのが一番効率がいい。いつかはそうなると思う。何年か後には。

 港町の通りから、水面が見えた。真っ暗。闇で塗りつぶされた湾の向こう側に、街明かりがポツポツ浮かぶ。あの一つ一つが家庭の明かり。幸福。幸福と心地よい疼きは結び付かない気がした。今もそう思う。どうかな?


 また、いつかの夜。クリスマス・イヴ。酷い風邪だった。それでも女のために予約したレストランで食事をしたし、プレゼント交換もした。「嬉しい!」女は喜んだ。熱に浮かされた我が身には、可愛いらしい笑顔も美味い料理もプレゼントも、何もかもが白々しかった。

 雪が降り続く。夜の雪の国道は酷いものだった。いつもの倍の時間がかかる。闇夜に大粒の雪が浮かび上がり、次々と降り落ちる様が不気味である。黒く凍結したアスファルトがどこまでも続く。神経は磨り減るばかり。数時間の間、ずっとラジオを聞いた。バカみたいな内容でずっとゲラゲラ笑っていた。熱に浮かされ、神経がすり減り、ゲラゲラ笑った。本当にバカバカしい夜だった。


 ここがある夜。山頂の公園にマイカーを停めた。黒い影はマイカーを降りた。「もういいから」最後の声がした。何がいいんだ?目指すは「この世の果て」。

 「アレ」とは女との破局である。いつかはハッキリしない。今は破局の直後。最後の会話は電話であり「もういいから」が女との終点である。あの夜以来、我が夜はずっと続いている気がする。あの夜って?まあいい。今は今。


 駐車場を降り、驚愕した。何てことだ。公園の外れの「この世の果て」。その山林の向こうに、街明かりが広がっている。キラキラと絶望的なまでに美しい。「この世の果て」には続きがあった!

 呆然と眼下を見下ろす。街明かりの向こうに、さらに高い山々が黒い壁として塞がっている。おお、見よ。黒い山々を縁取るように、さらに向こう側にボンヤリとした光が漏れている。あれは都市の明かり。ここからだと「南の都市」。女の地元からすれば「北の都市」だ。都市の明かりの向こうに、女は存在し続ける。今もなお。


 何処の山も同じだ、黒々と、厳然と立ちすくんでいる。行き止まりである。この夜の。

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