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3.ぽろぽろ泣くな

建物の二階では、強盗が大きな革袋に大量の硬貨を詰め込んでいた。そのすぐそばには、両足を縄で縛られた四、五歳くらいの幼女が転がされている。


「へへ……よし、これだけありゃあ……」


獰猛な目をギラリと輝かせた男が、幼女のほうへ振り返る。恐怖からか、幼女の瞳には涙が浮かんでいた。


それもそのはず、強盗の正体は狼獣人。体つきこそ人間と大差ないが、顔は狼そのものだ。こんなものに人質にされたら、大人だって怖い。


「あとは、てめぇを人質にしたままここから逃げりゃ――」


獣人の強盗が、恐怖に体を震わせる幼女へと手を伸ばした刹那。轟音とともに部屋の扉が粉々に吹き飛んだ。


「ななな、何だ!?」


狼獣人が狼狽しながら、部屋の入り口へと目を向ける。ゆっくりと部屋へ入ってきたのは、スラリとした長身の男。


「だだ……誰だ、てめぇは……!」


虚勢を張るも、狼獣人は明らかに気おされていた。長身、金髪の男から立ち昇る禍々しい魔力。その瞳には、明らかな敵意と殺意が宿っていた。


「……貴様が知る必要はない」


ロキが発した凍てつきそうな低い声が、狼獣人の耳にへばりつく。さらに、ロキの首元から右の頬にかけて青い雷のような模様が浮かびあがった。感情が昂ったときのみ現れる魔族の紋章だ。


「ひっ……! ま、魔族……!!」


狼獣人が歯をガチガチと鳴らし、膝もガクガクと震え始めた。尋常ではない魔力と殺気。


圧倒的な恐怖を具現化したような存在を目の当たりにし、狼獣人の呼吸が荒くなった。瞳に冷たい光を宿したロキが、スッと狼獣人を指さし魔法を唱える。


「『魔の鎖(チェイン)』×『死の歪み(ディストーション)』」


床に展開した魔法陣から黒い鎖が顕現し、狼獣人を縛りあげる。さらに――


「ぎ、ぎゃあああああああっ!」


縛りあげられた狼獣人の体が、絞られている雑巾のように捻じれ始めた。


「ふん……子どもの前だから殺しはせん。しばらくそのままで反省しろ」


涙目のまま呻き声をあげる強盗を一瞥したロキは、幼女のもとへしゃがみこんで縄を解いた。


「もう、大丈夫だよ。どこにもケガはないかい?」


「あう……だいじょうぶでしゅ」


ロキが目を細めて幼女の頭をくしゃっと撫でる。幼女を抱きかかえると、なぜかじーっと自分の顔を見られていることに気づいた。


「ど、どうしたんだい?」


「もしかして……ロキしゃま……?」


思いがけない言葉に、ロキの全身が硬直する。


はうっ! なぜバレた!? こんな完璧な変装なのに! 


なお、完璧な変装だと思っているのはロキ本人だけである。


「お、お、お嬢ちゃん。このことは……うん、内緒な。二人だけの秘密だよ? 大っきくなったら結婚してあげるから」


「はい、ロキしゃま」


持ち前のスケコマシスキルで、何とか幼女への口止めに成功したロキは、助け出した女の子を父親にわたすと、一目散にその場を立ち去った。


騒ぎを聞きつけた大勢の野次馬や、衛兵たちが集まっていたからだ。このまま引き止められたら大変なことになってしまう。


「ヤバい……! 間に合うか、これ……!?」


祈るような気持ちで、ロキはサクラとの待ち合わせ場所へと全力ダッシュした。



――待ち合わせ場所の時計台に到着したロキは、肩を上下させながらあたりを見わたした。休日ということもあり、大勢の住民が行きかっているが、サクラの姿はどこにも見あたらない。脱力したように壁へもたれかかり、天を仰いだ。


すでに、約束の時間を二十分以上もすぎている。


「はは……ほんと、俺はダメな父親だ……」


思えば、あの子には何も父親らしいことはしてあげられなかった。いろいろな事情があったとはいえ、幼少期には寂しい思いもたくさんさせてしまった。


そして、またこれだ。今度こそ、愛想をつかされてしまっただろう。


ロキは壁から背中を剥がすと、のろのろと歩き始めた。自分への情けなさと悔しさで、自然と涙がこぼれる。と、そのとき――


「……何をしょんぼりとしてんのよ」


突然、背後から声をかけられ、ロキは弾けるように振りかえった。そこには、腕組みをしたまま呆れたような表情を浮かべるサクラの姿が。


「サ、サクラたん……!」


「あのねぇ、魔王のくせにぽろぽろ泣いてんじゃないわよ」


ロキが慌てて服の袖で涙を拭う。


「サ、サクラたん、どうして……? てっきり、怒って帰ったのかと……」


「……ロキが私との約束を破るなんて、あまり考えられないし。何かあったんだろうなって思ってたよ」


「サクラたん……」


「それに、アレ」


サクラがロキの背後を指さす。少し離れた場所の壁面に設置されていたのは、街頭魔導モニター。


「あ、あれは……」


魔導モニターに映し出された映像を見てロキが息を呑む。


『ええー、続報です。先ほど、こちらの商店へ押し入った強盗ですが、衛兵が駆けつける前に何者かによって取り押さえられたそうです。人質の女の子もいたようですが、そちらも無事です』


若いキャスターの女が興奮したように言葉を紡ぐ。そして、次にモニターへ映し出されたのは――


『あのね、ロ……じゃなくて、かっこいい金髪のおにいちゃんが、あたしをたしゅけてくれたの。とっても、とってもやさしくて、かっこよかったの』


先ほど助けた女の子の元気そうな様子に、ロキが胸をなでおろす。


「助けたの、ロキなんでしょ?」


「あう……まあ、うん」


「いいことしたんじゃん。もっと胸張ったらどう? もし、ロキが私との待ち合わせを優先して、あの女の子を助けなかったら、私はきっと軽蔑してたと思う」


「そっか……」


「うん。さすがロキだね。かっこいいよ」


「サ、サクラたん……」


思わず抱きしめそうになるも、サクラが顔の横で握り拳を作ったため諦めた。


「さ、行こ。デートなんでしょ?」


「う、うん!」


サクラは少し照れたように軽く微笑むと、ロキの手をとってスタスタと歩き始めた。

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