135 焼失
「それじゃベッキーちゃんにはわたしがあげるわ」
「え?」
サクラさんが収納袋をベッキーに渡す
「だからこんな高い物もらえません」
「わたしのお古だからいいのよ」
「でも」
「使わないのに持ってても仕方がないからあげるわ」
「お姉さんは他に収納袋を持っているの?」
「ええ、その袋よりもいいものをね♪」
俺たちFPOプレイヤーには収納庫があるから収納袋は不要だ
「それでもやっぱり返します」
「あらそう?」
ベッキーが返すので受け取るサクラさん
その収納袋をそっと地面に置く
「じゃ無理にあげないけどちょっとそれ拾ってくれるかしら」
「なんで?」
「拾ってくれたらこの話はおしまいにするから♪」
胡散臭そうだが拾うことにしたベッキー
「はい、拾いましたよ」
拾ってサクラさんに渡そうとするが受け取らない
「それはベッキーちゃんの物でしょ?」
「なにを言ってるのお姉さん?」
「わたしはそこに捨てたの、だから拾ったベッキーちゃんの物よ♪」
「お姉さん!?」
あ、既視感、冷蔵庫と同じ手を使っている
「ベンケイさんのときと同じこと言うが諦めろベッキー」
「うう、おじさんの仲間っておじさんと同じ変な人ばかりだ」
「ひどいっ!」
諦めて収納袋を受け取ることにしたベッキー
でもあまり変人扱いしてほしくないでござる
「それじゃ俺からもプレゼントだ」
「ぜっっったい受け取りません!」
「ひどいっ!」
「それじゃ捨てとくから拾ってくれ」
「拾いません」
「泣きじゃくるぞ」
「どうぞご勝手に」
くそう、ガンコちゃんめ!
「いいからこの靴に履き替えろ!」
俺は靴を三足出す
「靴? なんで三足も?」
「ベッキーとトムとハックのだよ」
「僕たちのもあるの?」
「わーい靴だー♪」
ハックは素直に喜んでくれた
「ベッキーたちの靴、ボロボロじゃないか
だから新しいのに履き替えてくれ」
「く、靴だって高いです」
「収納袋よりは遥かに安いぞ」
「ベッキーさん、受け取ってやって下さい」
「アンナさん」
「ボロボロの靴だと歩きにくいし、いざというとき走れません」
「たしかにそうですけど」
「ベッキー、これは生活に必要な物であって嗜好品じゃない
日常生活に必要な物ぐらいは受け取ってくれ」
「・・・わかりました」
ベッキーはなんとか納得してくれた
「でもこれサイズは大丈夫なんですか?
なんだか大きいような気がします」
「大丈夫、サイズ調整の魔法で履いた人のサイズになるから」
「便利ですね、ってそれって魔道具じゃ」
サクラさんと魔道具を見てたから気付いたか
「やっぱり高い物じゃないですか!」
「受け取ることにしたんだろ?」
「うう、おじさんのバカ」
悔しそうに靴を履き替えるベッキー
どーせバカですよー
でもこれはベッキーたちを守るためにも必要なアイテムなんだ
「すげー歩きやすい!」
「走りやすい♪」
トムとハックは大はしゃぎだ
ベッキーもなんだかんだで新しい靴が嬉しそうだ
素直じゃないねえ♪ ニヨニヨ♪
「お兄さんニヨニヨしないで下さい、気持ち悪い」
「ひどいっ!」
ベッキーたちの家まで駄弁りながら歩く
新しい靴でテンションが高いトムとハック
ベッキーはサクラさんと手を繋いで歩いている
ベッキーはもう暗い顔をしていない
やっと元のベッキーのように笑顔が出ている
良かった、バザーに連れてきて本当に良かった
「おじさん、わたし仕事を探そうと思うの」
なんでだよと言おうと思ったがやめた
両親がいなくなって収入がないんだ
働かないと食っていけない
だからベッキーは働こうと思ったのだろう
俺たちが食わせてやってもいいがベッキーはきっと認めない
プレゼントや施しぐらいはギリギリ受け取るだろう
だけど何もせずずっと養われることをベッキーは良しとしない
強引にそうしたらベッキーは苦しむ、また消沈する
それは避けたいから働くことを認めざるを得ない
「だったらあの喫茶店は?」
「うん、きっとまた雇ってくれると思う」
喫茶ギャバン、名前はアレだが雰囲気の良い店だった
店主夫婦も人が良さそうだったから大丈夫だろう
「そうか、客として通うからよろしくな」
「うん、頑張るね」
笑顔が戻り、この先の人生のこともしっかり考えられるようになった
このままベッキーたちには幸せになって欲しい
奴らの動きがあれから一切ないのが不安だがな
まるで大津波が来る前の静けさのようだ
だけど絶対にベッキーたちの幸せの邪魔はさせない
俺はベッキーの頭をわしわしと撫でながら決意する
「おじさん、やめてくれない?」
「ごめん」
ベッキーの髪がボサボサになってしまった
サクラさんにも怒られた
もうすぐベッキーたちの家に着く
少し離れた場所だがそれは見えた
炎と煙が立ち上がっているのが見える
「まさか!?」
俺たちは走る、そして辿り着く
燃えていた、ベッキーたちの家が
愕然とするベッキー
さっきまではしゃいでいたトムとハックも立ち尽くす
「ケンタくん、急いで!」
俺も呆然としていた
サクラさんの声で我に返る
「ウォーターボール!」
サクラさんが巨大な水の球を上空に出す
それを炎の上から落として消火する
「ウォーターウォール!」
俺は燃えている場所を囲むように水の壁を作る
それを炎の方へ倒して横から消火する
上と横からの大量の水で消火はできた
だが家は全焼して崩れ落ちていた
ベッキーたちはへたり込んでいる
しばらくの間、俺たちも何も言えず立ち尽くす
なぜ火事になった?
なぜ? 違う、疑問に思うことなど一つもない
そんなものわかりきっている
決めつけはよくないだろう
だけど断言できる、クソ野郎どもに決まっている!
ベッキーたちの居場所を奪うために燃やしたんだ
完済以降まったく動きがなかった
本当に大津波の前の静けさだったわけだ
いよいよ動き出しやがった
相手の動きを待ったため後手に回ることになっていた
そのせいでベッキーたちの家を失ってしまった
きっと家から誰もいなくなるのを待っていたのだろう
くそっ! もっと慎重に行動すればよかった
もっと警戒するべきだった
奴らはクソ野郎だが俺は大バカ野郎だ
「お兄さん、考え過ぎたらダメって言ったでしょ」
「アンナ」
「私も、私たちも同じ気持ちです」
「そうだな」
あのクソ野郎ども、絶対許さねえ!
「奴らのことより今はベッキーちゃんたちよケンタくん」
サクラさんの言うとおりだ
奴らへの怒りよりもベッキーたちだ
「ベッキー、トム、ハック」
三人に声をかけようとするがどう言ったらいいのか思いつかない
三人ともうつむいて呆然としている
せっかく笑顔になったというのに
なんでこいつらがこんな目に遭わないといけないんだよ!
「もう証拠なんか知るか、叩き潰す」
俺は思わずつぶやいていた
バシン 「しっかりしろケンタ」
ベンケイさんに背中を叩かれる
「ベンケイさん、無理だよ、もう我慢の限界だ」
「そいつは私も同じだ、だけど落ち着け」
「今はベッキーちゃんたちを優先するでござるケンタ殿」
ベンケイさんは落ち着けと言いながら火雷神を握りしめていた
アオイくんは感情が揺らいでござる口調になっていた
みんなも俺と同じで怒っている
だけどベッキーたちをなんとかするのが先だと我慢している
やっぱり俺はすぐに感情に流されちまう
「ベッキー、大丈夫か?」
大丈夫なわけあるかよ
わかっていてもこんなことしか言えない
「おじさん、家までなくなっちゃった」
「ベッキー」
きっと泣いていると思った
でも泣いていなかった
泣きそうな顔をしていたが堪えていた
「お母さんも、お父さんも、おうちも、みんななくなっちゃった、、、」
俺はその消え入りそうな声を黙って聞くことしかできなかった




