130 守るための逃げの一手
チョビ髭の商店を出て白カブに乗る
アンナを後ろに乗せて走り出す
街中だから馬車より少し早い程度の速度で進む
昨日、父親シッドさんの訃報を聞いた
その翌日の今日、借金のカタに取られかけた
母親ポリーさんを亡くして二週間程度
あまりにも立て続けに不幸が続いた
あの姉弟たちの心はボロボロだろう
帰ったらベッキーにさっきの話の続きをしよう
だがまだ懸念が残っている
このまま話をするのは少し待った方がいいのかな
くそう、チョビ髭が来たせいでややこしくなった
「お兄さん、あまり考え込まないほうがいいですよ」
「そうだな、心配かけてすまん」
「ハゲますよ」
「おいコラ」
まったくアンナのやつめ
まあアンナなりの慰めなんだろうけどハゲるとかゆーな
「でも素直に払ってよかったの?
あんなの絶対シッドさんが騙されただけですよ
調査して無効にできたかも知れないし」
「ああ、絶対騙されてサインさせられたに違いない
だけど調査に時間をかけてもいられない
時間がかかればそれだけ奴らが好き勝手なことをするはずだ
それに調査にかまけてベッキーたちをほっとけないだろ」
調査のためにあちこち動いていたらそばにいてやれない
特に今はまだ心が壊れかけている状態だ
なるべく近くにいてやらないとな
「それにこれでチョビ髭の矛先が俺に向いたはずだ」
「どういうこと?」
「シッドさんの借金はなくなったから三人には手を出せない
でも見た目とは裏腹に大金を持っている奴を見つけた
しかも他人のためにポンと出すようなお人好しときている
こいつは馬鹿だから軽く騙して搾り取ってやろう
さらに仲間にキレイどころが揃っている
ついでにこっちもいただこう、なーんて考えているはずだ」
「なるほど、もっといいカモを見つけたってことですね
それならあの姉弟たちはもう狙われないと?」
そこなんだよなあ、懸念は
「借金はなくなったんだから借金奴隷にはできない
でもなんらかの理由をつけて手出ししてきそうなんだよ
ああいう輩は一度ターゲットにしたらしつこいからな」
「わかります、しつこそうな顔をしていました」
「まあひとまずは俺たちの方に何かしてくるだろう
それに完済してすぐにベッキーたちへ何かすることはないはず
だから当面、ベッキーたちは安全だ」
「それでも姉弟たちの護衛はいないといけませんね」
「ああ」
その件も含めて色々みんなと相談しよう
アンナとあれこれ話しているうちにトウェイン家に着いた
悪徳商人のオッサン、えっとバブリー・マニーだったか?
そいつがベッキーたちを借金のカタにしに来た
サクラが止めなきゃぶっ飛ばしていたところだぜ
ケンタがアンナと一緒にバブリーの商店へ行った
シッドの借金を払ってやるようだが私は止めたかった
だけどケンタがアイコンタクトで任せろって言っていた
なにか考えがあるのだろう
こういうときのケンタはやれる奴だ
普段はまあ頼りないところが多々あるけどな
だから止めずに行かせた
なら私は私でやれることをやろう
「サクラ、ちょっといいか」
「いいわよベンケイちゃん、わたしも話したいことあったし」
さすがサクラ、おそらく同じことを思ったのだろう
「気付いたか? バブリーと昨日の」
「サジンはグルね」
やっぱりサクラも気付いたようだ
「やっぱりな、サクラもそう思ったのなら確定だな」
「ベンケイちゃんはどこで気付いたの?」
「昨日サジンが来て、今日バブリーが来た
いくらなんでも早過ぎだろ?」
「そうね、シッドさんが亡くなった事実は昨日発覚したこと
それを知って来たらしいけど」
「だとするとバブリーが知ったのは昨日ということになる
いくら商人が特殊な情報網を持っていたとしても早すぎる
シッドの死亡報告をまだかまだかと待っていたはずだ
そうでないとここまで早く伝わらないはずだろ」
「サジンが伝えたと考えるのが妥当ね」
「だろうな、ギルドが特定の商人にわざわざ教えるわけないしな」
おそらくケンタはこのことに気付いていない
だから帰って来たらみんなで気付いたことを話し合うことにした
サジンがシッドを罠に嵌めて殺した証拠集め
バブリーとシッドがグルであることを暴くこと
ベッキーたちをこれからどうするか
話すことはいっぱいだ
ケンタとアンナが帰ってくるまでにもう一仕事するか
「アオイ、手伝ってくれ」
「なんですかベンケイ殿?」
アオイを連れてトムとハックに話しかける
ベッキーはサクラが慰めている
私とアオイはトムとハックを連れて庭へ出る
「二人ともあんまり落ち込んでいないんだな」
「してるさ」
「してるよ」
そうだろうな、二人もベッキーのように目が赤い
だけど堪えてしゃんと立っている
ベッキーに心配をかけたくないからだろう
「お前ら姉ちゃん守りたいか?」
「「当たり前だよ!」」
私の方をしっかり見てはっきりと答えた
いい返事だ、嫌いじゃないぜ
「だけどお前らガキだしさっきのチンピラどもに勝てないよな」
「そうだけど・・・」
「勝てないけどさ・・・」
(もしかして)
アオイがようやく私の意図に気付いたようだ
そういうことかという顔をした
(ベンケイ殿、わたし教えるの下手ですよ?)
(安心しろ、私もだ)
(うええっ!?)
「別に勝たなくてもいい、逃げ切れればいいだけだ」
「どういうこと?」
トムが首をかしげる
「強い助っ人のいるところまで逃げ切れればお前らの勝ちだ」
「わかんないよ?」
ハックも首をかしげる
「ようするに勝てない相手からは逃げて強い味方に任せるの」
「アオイ姉ちゃんまでなに言ってんの?」
「僕たちの足じゃ逃げ切れないよ」
あまりアオイにツッコむな、ほらしょんぼりした
アオイはもう少しメンタル鍛えろよ
「ベンケイ姉ちゃん、結局なにが言いたいのさ」
「私とアオイが強い敵から逃げる方法を教えてやる」
「だから相手が強かったらなにしたって捕まるんじゃないの?」
「そんなことはないぞ、絶対に逃げ切る、助けを強く求める
ただひたすらに強い意志を持っていれば逃げの一手は最大の武器だ
なにより大事な人を守りたいならまずは自分の身を守れ
てめえが捕まり人質になれば大事な人も捕まる
大事な人が捕まりそうなら逃がすためにその小細工を利用しろ」
トムとハックが真剣な目で話を聞いてくれている
私の気持ちが伝わったようだ、嬉しいぜ
絶対にお前らがベッキーを守れるようにしてやるからな
「お前らが必要ないならこの話はなしだ、どうする?」
「「やる! お願いします!」」
二人ともやる気に満ちていた
借金うんぬんはケンタが解決するだろう
だけどあの商人は絶対にベッキーたちを諦めないはずだ
ああいう輩は欲深くしつこいからな
私たちがそばにいれば手出しはできないだろう
だけどずっと一緒にいてやれるとは限らない
離れた隙を絶対狙ってくる
抵抗する自衛する手段を持たない子供など簡単に捕まる
だから二人に逃げるための闘い方を教えることにした
ベッキーは今まで家族のために頑張ってきた
姉として弟たちのことを守ろうとしている
だがこれ以上ベッキーだけに背負わすわけにはいかない
今度はお前らが守ってやる番だ




