聖女をやめた日
今まで、あなた達のためにどれだけ尽くしてきたと思っているの。それなのに何なの、その物言いにその目は。
「聖女なんだから助けなさいよ」
「そうだ、お前は聖女なんだから聖女の仕事をしろよ」
「聖女様、早く助けてください」
魔力が枯渇したのは、多くの人を癒したから。それなのにそんな言い方をしないでよ。無理を言わないで。
極度の疲労状態が、私の心から余裕を奪っていく。余裕のない私に向けられる言葉、それを寛容に受け流すなんてできなかった。
疲れたわ、どうして私は人を助けなければならないの。これじゃまるで人を助ける道具だわ。
こんな力、持って生まれたくなかった。
多くの怪我人が横たわる教会の中、癒しを求め私を取り囲み好き好きに口を開く人々。その中で私は膝を崩しへたり込んだ。
その時、教会の外がなんだか騒がしくなった。勢いよく教会の扉が開かれる。
「反乱軍がすぐそこまで来たぞ!!!!!!」
多くの視線が、声の聞こえた方へと集まる。そして、人々の表情が恐怖へと染まっていく。
大きな声で反乱軍の訪れを知らせたその男が、切り殺されたのだ。
私を取り囲んでいた人達が、私を盾にするように後ろに下がっていく。
「聖女様、助けてください」
「聖女様何とかして」
「魔力があるんだか何かできるでしょ」
お生憎様、私の魔力は人を癒すことしかできないわよ。
剣を携え、仮面をつけた男がゆっくりとこちらへと歩いてくる。
男は私の目の前に立つと、剣の切先を私の喉元へと突きつけた。
「聖女を殺しにきた」
何この展開。こんな最後、何も報われないわ。今まで聖女として真面目に頑張ってきたのに、バカみたい。
仮面の男の口元が動いている。何か呪文を唱えたのかしら。
それと同時に意識がもうろうとしてきた。くらくらとして視界がかすんでいく。
私の意識はそこで途切れた。
んん、頭がくらくらする。重たい身体を起こして辺りを見回す。
殺風景な部屋。自分以外の人は見当たらない。
「私、殺されたんじゃないの」
「死んだのは聖女としてのお前だ」
とつぜん枕元から声が聞こえてきて、びくりと肩が震える。
声の聞こえた方を確認してみると、一人の男の人が壁に背をあずけながら、腕を組んで立っていた。後ろの方まで見ていなかったから人が居たことに気が付かなかったわ。
彼は瞳を伏せていた。けれど、私の視線を感じたせいかチラリとこちらを見やる。
「これからはクレアとして生きろ」
久しぶりに聞いた響きだった。
「私の、名前……どうして」
みんな私のことを聖女としか呼んでくれなかった。
癒しの魔力を持っていることが判明してから、私は教会に連れていかれ、そこで聖女として生きてきた。ただ訪れた人々の怪我や病を癒すだけの毎日。最初は両親に会えなくなって寂しかったけれど、気が付けばそんな感情は消えていた。
「あなたは悪い人じゃないの」
「さあな、俺は自分のやりたいことをしているだけだ。貴族の権力がはびこるこの国を壊したい。まぁ、気が付けば同士が集まって、反乱軍なんて呼ばれているけどな」
「貴族の権力……」
「クレア。お前は教会にいて貴族以外の人間を助けたことがあるか」
「え……、」
ずっとそれが当たり前だったから、気にしたことなんてなかった。
「ないわ。私、貴族の人の治療しかしたことがない」
「そういうことだ。この国は腐っている」
言葉がうまく出てこない。悔しくて悲しくて……、その事実に気が付かなかった自分にも腹が立って。
私はただ目の前の男の人を見つめた。
「お前はもうただのクレアだ。お前が助けたい奴だけ助ければいい」
彼の力強い瞳に私が映っている。それが心地よくて、胸の真ん中あたりムズムズする。
助けたい人ならもう決まっている。私は目の前のこの人を助けたい。この人の声を聞いた時から私は確信していた。教会で私に剣を向けてきた人と同じ人だと。
「私あなたを助けるわ。ねぇ、私を反乱軍にいれて」
「せっかく自由の身になったんだ。恩なんて感じなくていいし、気にもしなくていい。俺が勝手にやったことだからな」
私も所詮ただの人間で、単純な女ね。
彼は私のヒーロー、自分を助けてくれた人がかっこよく見えてしまうのは普通よね。どうせ私は、助けてくれた人に簡単に恋に落ちてしまうちょろい女よ。
「反乱軍に入れてくれなくてもいい。ただ貴方のそばにいたいの」
「は?」
「お願い、そばにいさせてくれるだけでいいわ。それにきっと、役に立てるもの。お願いよ、貴方のそばにいたいの」
「俺は女になんて興味はないし、邪魔だけだ!」
あ、なんだか彼ってば少し顔が赤いわ。
「本当に邪魔なだけ? 私には癒しの魔力があるわ、貴重な能力のはずよね」
「それはそうだが、」
「ねぇ、お願いよ。それに私、行く当てもないもの」
すがるように彼を見つめる。彼のそばを離れたくない、今ここを離れてしまったらもう彼には会えないだろう。そう思うと胸が締め付けられるように苦しい。
「……なら、お前の家族を探してやる。…………それまでは好きにしろっ」
言い捨てるようにそう言った彼は、部屋を出て行ってしまった。家族を探してくれるだなんて、やっぱり優しい人ね。
彼の出て行った方を見つめる。とりあえずはここにいられる、そう思うと締め付けられるような心地がしていた胸が、今度はほんのりとポカポカしてきた。
あ、彼の名前を聞いていなかったわ。後で名前を聞かなくちゃ。
絶対に振り向てもらうんだから! 待っていてね私のヒーロー!
無彩色だった私の世界が、初めて色づいた。
もう私は聖女じゃない、今日から私はただのクレアよ!