3-3-6 今日から俺は吟遊詩人 ①
本日2話目の投稿です。
「ほら、ごはんにしよう」
「うん……」
ヴィントも、そろそろ俺が見慣れたお母さんっぽい顔に戻って俺を促してくれる。
俺は俯いて手を引かれるまま、のろのろとたき火のそばに行った。
ルーファスネイトはのんびり俺の向かいに腰を落ち着けて、ピルピルさんは隣のルーファスネイトの手に皿を持たせて魚を乗せてるし、ヴィントはスープの味見をして水を足してる。
たぶんさっき時間を取られて煮詰まっちゃったんだろうな。
「もう、みんなしてのんびりし過ぎ! しかもあんた、部屋着じゃないの、それ?」
「ごめんってば。そうだよ。家で着てた服。だってしょうがないだろ。俺、町に行ったことなかったし、これで十分だったんだよ」
戻って開口一番、マリーベルにぷりぷりされたけど、誰もさっきのことには触れない。
みんながあえていつも通りにしようとしてくれてることがわかって、ありがたかった。
上は膝丈までのゆったりシャツだし、ズボンもまあそんな感じだ。壊れたベルトの代わりに緑の腰ひもをサッシュみたいに巻いていて、どこからどう見ても家でくつろいでる人っぽい。
火のそばに座ると、足下だけがブーツで違和感丸出しだ。
「さすがにそれで冒険者は危ないわよ」
「わかってるってば。でもマリーベルもべつにちゃんとした防具なんて身に着けてないじゃないか」
言われなくても自覚してるよ。早く装備を調えないと、これじゃ採取も危ない。
あちこち引っかけまくって破るだろうし、あっという間に細かい傷だらけになりそうだ。ヴィントがきれいにしてくれた方が乾いてたらそっちに着替えるんだけど、まだちょっと湿ってたししょうがない。
やっぱり冒険用の着替えが必要だよなあ。まず先立つものを稼いでからだけども!
「失礼ね! 一応これ、生地はそこそこ厚いし、魔法に強いおまじないもしてあるの。あんたのぺらっぺらの布といっしょにしないでよね」
久しぶりにつんとそっぽを向かれてしまった。
そうなのか…。言われてみれば確かにそうかも。でもこれ、俺の知ってる世界の布と比べたら厚めだと思うんだけどな?
本当にぺらっぺらの布って言ったら、向こうが透けるぐらいのものじゃない?
「オウル様のことだから、家に行ったらなにか作ってもらった服とかあるんじゃないの? ほら、装備品とか」
「えー? でもばあちゃんが愛用してた杖や装身具っていうの? そういうのはそのまま埋葬したし……。あ、でもそういえばこの鞄を縫った余りのマントがあったような」
「魔女の杖を埋葬したあ!? それはあんたが継ぐべきでしょ!! 装備品まで!? なにがあったの!?」
「いっしょに埋めたよ。ええと、銀の腕輪とか、なんか……いろいろ? 装飾品なんて俺には必要ないし、だって、それがなくてあの世でばあちゃんが困ったらいやじゃないか!」
「魔女の使うものをそこらの装飾品扱いしないで! 大体今生きてるあんたが不自由する方が、オウル様は困るわよ!!」
え、俺間違ってないよね!? こっちってそういう文化ないのっ?
亡くなった人のものをさ、譲るって言われたわけでもないのにもらうなんてできないよ!
「はいはい、二人ともケンカしないの。ごはんは仲良くだよ! サトル君の装備はこれからそろえればいいし、残ってるものはまた今度引き取りに行けばいいから! ね?」
「ほれ、少年。スープなら大丈夫だろ」
「あ、ありがとうございます」
「もう…! ありがと、いただくわ」
言い合いをし始めた俺とマリーベルの間にヴィントが入ってくれて、強引に終わらされた。
すっきりしない気持ちだったんだけど、ピルピルさんがほかほかと湯気の立つ、めちゃくちゃいい匂いのする木の器を手渡してくれたから、一瞬で忘れる。
この身体は食べ盛りなんだから、しょうがないよね。
食前の祈りを捧げて、いざ実食! 予想に違わず大変に美味しいスープだ……!!
「ああもう、髪がびしょ濡れじゃないか」
「あとで拭くからいいの~。ヴィント、このスープすごく美味しい!」
「それならよかった。でもまだ春なんだから、このままじゃ風邪をひくよ。怪我だって治ってないんだからね」
お腹空いたからとにかく続きを食べたい…スープだし飲みたい? もあるけど、すぐ乾くからいいのに本当に世話好きなんだなあ。
ご機嫌にふさふさと尻尾を揺らすヴィントにせっせと髪を拭かれながら、マナまで寄ってくる絶品スープをいただく。
俺のはスープだけなんだけど、隣に座ってるマリーベルの器を見たら、鳥らしいもも肉とジャガイモがごろん、細長い玉ねぎがとろんと半分、めっちゃ出汁が出てるっぽいスープに浸っててうらやましい!
シンプルなくせに、このビジュアルだけで美味しそうが過ぎてよだれが…!
それに加えて屋台でも見た皮がパリッ、身がしっとり、香しいスパイスふりふりの魚つきだよ。いいなあ、俺も食べたかった!
このスープだって鳥の出汁と優しい旨味、味付けはたぶん塩だけなのに、なんでこんなに美味しいのかわからない。
「美味いだろー?」
「すっごく美味しいわ! ヴィっちゃん、自分のお店を出せるわよ!!」
にやにや聞くピルピルさんにマリーベルは目を輝かせて、俺もスープが染みる口を押えてぶんぶんと頷いた!
「これさ、もしかしてぜんぶヴィントが作ったの?」
「そうだよ」
なんなのこのイケメン、裁縫も料理もできるってスペックおかしくない!?
――いや、違う。むしろ男でよかったんだ。
だってこれで女の人だったら、むちむちボディの色っぽい美女なのに中身は超家庭的な世話女房ってことでしょ? あっという間に悪い男が寄ってくるよね!!
しみじみ考えてたら、うれしそうに尻尾をふさふさ揺らしながらみんなのおかわりをよそったヴィントが教えてくれた。
「美味しいって食べてもらえるのは嬉しいな。僕の家は食堂だったからさ。両親の味を褒めてもらった気がするよ」
「わあ、じゃあヴィントはその食堂の跡取りなのね! お店を継いだらどんなに遠くても絶対行くわ!!」
あ…不味い気がする。
焦ってマリーベルを止めるのも気を遣わせそうだし、一瞬迷ったら、ヴィントはなんでもない顔で首を横に振った。
「いや、そんなことはないよ。僕は子どもの頃からお店をよく手伝ってたから、覚えてるだけだしね」
「そっか、あとを継ぐなら冒険者はしてないかしら」
残念そうに頷いたマリーベルに答える形で、ルーファスネイトが口を開く。
「娘。ヴィントの作るものはなんでも美味いぞ。俺が腹を減らして行き倒れていたところを助けられたのが縁なのだが、ヴィントの飯があまりに美味かったものだからな。そのまま俺が連れ出したというわけだ」
「行き倒れって! あんたね、いくら腕っ節に自信があっても、お腹が空き過ぎて倒れるとか頼りなさ過ぎ。ただでさえそんな顔してるんだから、気をつけなさいよ!」
見かけによらず、大ぶりの肉も野菜もぺろりと平らげたルーファスネイトがさらりとそんなことを言うものだから、マリーベルがぽかんとしてからきりっと眉も目もつり上げて言った。
「まあまあ。あれはちょっとほら、なんていうか……特殊な状況だったんだし」
「うん。おかげで俺は毎日飯が美味い」
「さては毎日この美味しいご飯をお腹いっぱい食べてるってこと!? あんたはきっと太らない体質なんでしょうね。うらやましい……!」
それは俺もうらやましい! …けど俺は、表情はにこやかなのに動きが止まったままだらんとした黒い尻尾が気になって、こっそりはらはらしてた。
俺がこれからヴィントと話すときは、…いや。獣人族と話すときは、絶対に耳と尻尾の動きを見逃さないようにしよう! 顔だけ見て話してちゃ、いろいろ見落としそうだ。
「うーん、美味い。野営で美味しいごはんが食べられるのは大事だよなー」
「そうよね。あたしも料理をがんばって覚えるわ」
「それは良い心構えだな。さあ娘。まだ魚も残っている。冷める前に食え」
「ええ、いただきます!」
「どうぞ召し上がれ。……サトル君は食べられそう?」
うッ、こっちにお鉢が回ってきた!
「固形物はやめとくね。スープ、すごく美味しかったよ。お腹の中がぽかぽかしてきた」
「それならよかった。本当はたくさん食べて欲しいけど、お腹がびっくりするといけないから仕方ないね」
尻尾は…よかった。ちゃんといつも通り動き出した。
さて、スープだけの俺が一番先にごちそうさまだ。
先に食べ終わったからせめて食器を洗おうとしたんだけど、それはマリーベルに取り上げられた。
さらにそのマリーベルのはルーファスネイトが取り上げて、小川の洗い場に向かう。ええ…? 大丈夫かな?
なにかやらかしそうで心配だけど、この身体よりずっと大人なんだし、放っとく。
仕方ないから俺とマリーベルはなにかほかの手伝いでも…と思ったんだけど、マリーベルはヴィントに、俺はピルピルさんに呼ばれて二手に分かれることになった。
向こうは夜営の片付け、俺は……なんだろう?




