1-2-1 いざナーオットへ ②
本日6話目の投稿です。
「おや、坊や一人かね?」
「あ、はい」
どうやって建てたのかロマンを感じる石造りの城壁を見上げながら並んでたら、お腹がどんと出た商人っぽいおじさんが一頭立ての馬車の御者台から声をかけてくれた。
こっちの馬は足が太くて全体的に毛が長い。ずんぐりめだし早くはないだろうけど、力持ちそうだ。
それに、小型だけどほかの馬車に比べて頑丈そうだなあ。車輪も鉄が使われてるし、サスペンションもついてる。長い旅をしてきたのかな?
「そうか、一人で…」
俺の上司ぐらい…いや、今だと父親ぐらいになるのかな? くりっとした目としゃべると鼻の下の口髭がもさもさ動くのに愛嬌を感じる。
「若いのに偉いね。どこから?」
「森の奥です。ずっとばあちゃんと暮らしてたんだけど、ばあちゃんが亡くなったんで……」
「ああ、それは悪いことを聞いてしまったね。これからは街で暮らすのかい?」
「そうですね。たぶん…まだわかんないです。でも、ちゃんとしなくちゃって思って。働かないと生きていけないし、へへ」
ゲートでのチェックを受けるためにのろのろと進みながら答えると、気の毒そうな表情をしたおじさんの前を進んでた人たちも似たような表情でこっちを見てた。
はは…。「見た目は子どもだけど中身はいい年のおっさんなんで大丈夫です」とは言えないんで、ちょっと居心地が悪いというか申し訳ない気分になるのはしょうがない。
「そうか……。それは大変だなあ。もし仕事が見つからなければ声をかけなさい。商売をしているとなにかと雑用が増えるから、手伝ってくれたら心ばかりだが駄賃をあげるからね」
「え、そんな…いいんですか?」
「もちろんだとも。わしはワボロといって、この街には二週間ほどいる予定だ。いつも『金鹿の蹄亭』に泊まっているからね。君のことはちゃんと伝えておくから、安心して訪ねて来なさい」
「はい! 俺はサトルと言います。ワボロさん、本当にありがとうございます!!」
ここはがばっと頭を下げておかないと!
おお、スキルの「交渉」がさっそく仕事してる! 初対面の相手とこんな円滑なやりとりができるなんて、コミュ症気味な自分からは想像もつかなかった。
喜びをかみしめて、次はワボロさんの順番だから、あとはもうおとなしくついて行く。
それからこっそり「サーチ・オリジン」発動だ。森を抜ける間に練習したから、これはもう周りに聞こえないように声を出さなくても発動できる。
ワボロさんのステータスは…まあ見た目通りだな。
四十五歳で、種族は人間。ジョブは商人、HPは俺より高いけど、MPは俺と同じぐらい。使える魔法はないみたいだな。
森ですれ違った冒険者にも試してみたけど、スキルまではやっぱり見えないらしい。
だって商人だったら「交渉」ぐらい持ってそうだし、思い出してみたらゲームでも敵のステータスや弱点は見えてもスキルは見えなかったし。
ここから見える範囲の人も似たようなものかな。用心棒や冒険者、芸人っていうのも遠くに見えたけど、離れている人はジョブだけで細かい情報まではわからなかった。
ただ、獣人族がちらほら混じってたのはうれしい。獣人族は文字通り獣の特性を身体に持つ種族だ。大半が犬と猫、稀に虎。超希少種に獅子、狼、狐がいる。
この世界では人間だけじゃなくて、人語を話せる種族はみんなまとめて「人族」だ。これは元の世界で言うところの「人類」に近い感覚かな。人種は違ってもみんな人類ってくくりなのと同じ。
ほかには魔族や魔人がいるはずだ。普段は魔界に住んでいるからめちゃくちゃ珍しいし、軒並み強い!
ゲームでは良いやつも悪いやつもいたなあ。現実だとどうなんだろう? おっかないから俺はあんまり会いたくないな。
そういうこともひっくるめて、この世界をもっと知るためにもまず冒険者になろうと思ってるんだ。
問題は、俺一人でできるかなんだよね……。たぶん、仲間が欲しくなると思うんだよな。
正直、誰かと仲良く旅しましょうなんてハードル高いし、自信はないけど、生き延びたかったらほかに選択肢がない気がする。
俺と同じようなやつ、できれば気が合うやつがほかにもいると信じるしかない。
「よし、次! 身分証を出せ」
おっと、俺の出番だ。
でもまだギルドカードがないし、身分証はないからお金を払わないといけないはず。
そう思って鞄に手をかけたのだけど、その前に服の中で鍵の形の「ソロモン・コア」がちりちりと揺れた。
「おや、それは」
思わず引っ張り出したら、門番の三十代後半ぐらいのベテランっぽい兵士がそっとその鍵を手に取る。
それから、さっきまできりっと厳しかった顔が笑顔になった。
「君は、森の魔女オウル殿の養い子か!」
「あ、はい…」
「そうか。大きくなったなあ…! 使いで薬をもらいに行った時に、何度か君に会ったことがあるんだよ。ガストだ。覚えていないかい?」
懐かしそうに目を細めた兵士、ガストさんがさっと兜を取ると、暗い茶色の短い髪と太い眉、優しそうなたれ目の顔がはっきり見えた。
ふっと記憶の中に、もう少し若いころの面影が浮かぶ。
「あ…! 最後に来たの、確か十年ぐらい前でした?」
「そうだ! ちょっとだけ出世してな!」
「いつも美味しいクッキーをくれた優しいおじちゃん!」
「ははは! かみさんが焼いたやつだな! 覚えていてくれてうれしいぜ!!」
大きな声で笑ったガストさんがくしゃっと頭を撫でてくれて、照れくさくなった。
だって大人になってからこんな風にされたことないし、籠手を着けた手って固いんだなあ。
「しかし、君がここに来たのは初めてだな。オウル殿は具合でも?」
「いえ…数日前に亡くなりました」
隠しても仕方がない。正直に答えると、悲しそうな顔になったガストさんが俺の頭に乗せた手でもう一度撫でて、そっと肩を掴んでくれた。
「そうか…。オウル殿はとても腕のいい薬師でもあったからね。世話になった者も多いんだ。おっと、一応名乗ってくれ。これも仕事でな」
「はい。サトル・ウィステリアです。ばあちゃん、そういうことはなんにも言わなかったな…。もっといろいろ教えて欲しかったです」
「オウル殿らしいな。サトル、一人になっても恩人に恥じぬよう、しっかり生きていきなさい」
「はい!」
「よし、行って構わないよ」
「はい。ありがとうございました」
よし、終わった。
まさかこの鍵っていうかコアで大丈夫だとは思わなかったけど、お金がいらなかったのは助かった!
これを持たせてくれた神様に心から感謝しつつ、もう一度大事にシャツの中に入れて、俺は始まりの町、ナーオットの門をくぐった。