プロローグ ②
本日2話目の投稿です。
【元居た世界ではありませんが、あなたに縁が結ばれた世界です。この世界に存在する生物、種族、産業…なにもかもあなたが生きた世界とは違います】
「人間だけじゃなくて、いろんな種族がいて、魔物もいて……」
俺が…やってたゲームだ。「Solomon of worth」…子どもの頃から細々と続いてる俺的名作のRPGシリーズで、最新機種でリメイクされてさ、本当に楽しみにしてて……。
追加要素もあるし、隅々までやり込みたかったのに、死んだせいでできなくなったゲーム!
やばい、ぞくっと来た。
生身の人間がゲームの世界に突っ込まれるって、怖すぎる…!
あんななんでもアリな世界は、ゲームだから楽しめるんだ!!
【藤崎悟。あなたの知る世界で、あなたはあなたの人生を全うすることです】
「行った瞬間、肝心の人生そのものが終わりそうなんですけど!?」
【終わらせない努力が必要です】
「待って! もし赤ん坊からだったら、どうしようもないです!!」
そりゃもう必死だよ! だっておぎゃあの瞬間口減らしで捨てられるような環境だったりしたら、そこで終わっちゃうし!
何一つできないままだ!!
【なにも成さなかったかわりに、なにも侵さなかったあなたに、三つのギフトを与えます。なにを願いますか?】
「え、どうしてですか!?」
有り難い話なのはわかってる。でも、取り立てて悪人じゃなかったってだけの俺がもらっていいものじゃない気がする。
世の中無料より怖いものはない!
警戒してそう問いかけると、謎物体がふわっと光って、無邪気に笑う赤ん坊が座ってこっちを見ていた。実体かと思うクオリティの3Dだな!? そっか、あのときの子だ。
【藤崎悟。あなたが助けたこの子どもが生き延びたことによって、多くの命が救われることになります】
「そりゃすごいや。未来の名医とかですか?」
【いいえ。この子自身が生きていることにより、きっかけが生まれるということです】
「バタフライエフェクトってやつか…。まあ、なんにせよあの子が無事に大きくなれるならよかったです」
小さい出来事があとには大きな影響を持ったりするってやつだな。
あの子が生きて歩んだ先で出会った縁やできごとが、大きなものを呼んだり生み出すのかも知れない。
それを見られないのは残念だけど、あの子やあの子の親御さんが俺のことで苦しまなかったらいいなあ。
あとは、俺が助っ人に行けなかった仕事だけど……まあ、それはしょうがないと割り切るしかないか。俺の担当してたやつが終わってただけ、気持ちはましだ。
【運命にはいくつもの分岐点があります。あの時、本来は踏み込むべきでない場所にこの子どもは迷い込みました。そしてなんの功績も残すことなくこの子の命が終わるところを、あなたは自分の命を引き換えることで救いました】
そのせいで、俺自身は家族を泣かせたり苦しめたことになるんだ。褒められるようなことじゃないけど、これで気持ちは固まった。
【藤崎悟。三つのギフトはどうしますか】
俺は覚悟を決めて聞いてみた。
「……俺が行くのは、今神様が映してる星…『Solomon of worth』の中ですか」
【あなたの持っている情報と照らし合わせるなら、そうなります】
子どものころ、夢見た剣と魔法のファンタジー世界……。あのころだったら素直に喜べたんだろうけど、大人になった今じゃ恐怖しかない。
方針や対策をじっくり考えたいけどたぶん、そんな時間はなさそうだ。
よし! そうと決まったらまず交渉だな。素直にその三つのギフトをちょうだいしよう!
「俺はその世界を知っています。ゲームという形でしたが、関わりを持ったので。そのデータをそのまま使いたいです」
【許可できません。過ぎた力は新たな器を破壊します】
「あー…レベルカンストまでは行ってなくても、さすがにラスボスクリアするぐらい強くなってるからかな。わかりました」
経験値は無理か……。
仕事で忙しいのもあって、一周目はいろいろ飛ばしながらさくっと終わらせて、二周目は強くてニューゲーム状態でじっくりコンプするつもりでいたんだ。
それでも引き継げるものがあればって思ったんだけど、さすがにそうは問屋が卸さないか。
「じゃあ、一つ目は記憶を持っていきたいです。過去の反省もあるし、今度はその……」
口にするにはちょっと勇気がいって、俺は膝の上で両手を握った。
なんだこれ。おっさんのくせに、青少年の主張みたいで恥ずかしいな!
「逃げたいときに、簡単に逃げないようにしたいので。後悔したことを、覚えていられるように」
もちろん、もし戦闘するような生き方をするなら、生き残るための戦略的撤退というか、逃げ足は必要だけど。
記憶を持ったままもう一回生きられるなら、同じ轍は踏まないようにしなきゃ意味がない。
【許可します】
「二つ目は、アイテムボックスをお願いします」
【許可します】
おお、よかった!
アイテムボックスは、自分の魔力に応じて内容量が増える主人公だけが持つマジックアイテムだ。
ゲームだと初期装備だけど、現実にその世界で生きるとなったらあるかどうかわからないから、持てるのを確定したい。
「あと一つか……」
【潤沢な資金、その世界の至宝、強力な縁。あなたはなにを望みますか?】
「どれも魅力的ではあるんですけど……」
【残っているギフトは、一つだけです】
「はい」
せっかくの人生二周目だし、今度はブラック企業に勤めてふらふらってのはいやだ。どうせなるなら、あの世界を旅して回ってふらふらになりたい。
かといって貴族とか名門の家に生まれることを選んだとしたら、それはそれで家つながりのいらん気苦労が絶えないだろう。
至宝は興味あるけど、宝なんて結局は自分で探して見つけないとうれしくない。
強力な縁は良さそうだけど、それが権力者になると絶対面倒なしがらみがセットでついてくる。
なにより、人の縁っていろんなきっかけを生むけどさ、分不相応な縁はあとで引け目を感じたりしそうだしね。
今度の人生は一人でもいいから、等身大の俺と付き合ってくれる誰かと友だちになれたらいいな。
「決めました」
【なにを望みますか?】
だから、最後の一つは俺のコンプレックスを克服するために使うことにした。
「歌を」
【歌、ですか】
「はい。上手くなりたいです。俺、音痴だったんで。人前で歌うときに恥ずかしい思いをしなくてすむように、上手くなりたいなって」
【許可します】
「ありがとうございます!」
うおお、もしかしたらこれが一番うれしいかも知れない!
学生時代、カラオケに連れ立っていける連中がうらやましかった。
下手でも楽しく歌えたらいいとは思うんだけど、気が小さい俺には子どものころに音痴だって笑われたことが抜けない棘のまま突き刺さっていて、克服できなかったんだよな。
一人でカラオケ行って練習するような度胸もなかったし、好きな歌の中で自分が歌えそうなものがなかったってのもあるけど!
「あ、身体が……」
なんだかわくわくしてきて、決意も新たに立ち上がって礼をしたかったのに、その前に俺の身体がふわっと浮いて光った。
うわあ、これが無重力ってやつか!
【藤崎悟。あなたに授ける三つのギフトが決まり、あなたはあなたの新しい人生を選びました】
「はい」
【藤崎悟。あなたの新たなる人生に、幸いがありますように】
「はい! ありがとうございます!」
ふわふわ浮いたまま、いい歳の大人のくせにちょっと涙ぐんだりしながらがばりと頭を下げて礼を伝えると、心なしか不思議な物体の光が強くなって、それがまるで頭を撫でられてるような、背中を叩いてくれてるような…そんな心地になった。
そして、また顔を上げた瞬間。
「!」
ぐわっとあの物体の玉が大きくなって、地球儀ぐらいだったベルトリア大陸がどんどん大きく、巨大になった。
吸い込まれる!
ああでも、目を閉じるなんてもったいない!!
風圧を感じるわけじゃない。
でも必死に目を見開いたまま、俺を飲み込もうとする巨大な玉に落ちていきながら、俺はこれから俺が生きることになるだろう世界をただ見ていた。