6-1-2 覚悟を問われる日 ②
本日2話目の投稿です。
俺とマリーベルが一番食べてて、ほか三人が控えめな朝食終わり! 一応リチャードはパンをおかわりしてたからほっとした。
だって、この中で一番身体が大きいからね。
「ねー、ピルさんはあんまり食べてないじゃない。大丈夫なの?」
「あ、俺が取っちゃったせい?」
もしそうなら、秘蔵のおやつを差し出さないと釣り合い取れないかも。
食後のお茶は、教会でもよく飲んだミントとエルダーのハーブティにした。気になったし飲みながら聞いたら、ピルピルさんは食卓に頬杖をつきながら言った。
「十分食ったさ。朝から回ってたらあちこちでいろいろもらうしな。大体、ボクは小人族だぞー? おまえたちに比べりゃそりゃ小食にもなる」
「それだけじゃないでしょう。昨夜はずいぶん飲みましたからね。まあもう若くはないですし…に゛ゃッ! おとなげないですよ、ピルパッシェピシェール!」
わ、ピルピルさんが人差し指を向けただけなのにリチャードのお髭が一瞬で凍った! すごい!
「ふふん、小人族は永遠の子どもだからな。――さて、仕事の話をしようか」
あ、空気が変わった。リチャードは文句を言いたそうだったけど、凍った髭をハンカチで拭き拭きしながら姿勢を正す。俺も気になったから身を乗り出して手伝ってあげた。
「ありがとうございます」
「ううん。昨夜のお礼にもならないけどね」
「十分ですよ」
ぽにっと頭を撫でてもらって終わり。今度いっしょに寝られるときは、もっともふもふさせてもらおう!
「うちのリーダーが寝ぼすけなんでな。ボクが先に村長に話を聞きに行ったんだ。それから昨夜の酒場と朝の見回りで聞いた内容を併せての話だが」
「ごめんなさいってば!」
「次は起こすさ。まず全員、これを見ろ」
あ、地図が出てきた。羊皮紙かな?
「これって、この村の地図?」
「そうだぞー。この近辺だけだけどな」
触っても怒られないかな? そっと手を伸ばしたけど、ピルピルさんがなにも言わないからちょんちょんとつついてみる。
意外と紙っぽい!
「なにか気になるかー?」
「羊皮紙っぽいなと思って」
「惜しい。獣皮紙なのはそうだが、仔牛のものだ。これが一番滑らかだからな。地図は細部の書き込みが増えていく。なにに描かれてるかは大事だぞ」
「へえ……」
そうなんだ。残すためのメモは羊皮紙……じゃなくて獣皮紙っていうのか。それを買えばいいのかな?
「地図は高いわよね。これ、村長さんに借りたの?」
「そうだぞー。あとで返すから、しっかり頭に入れとけよ」
「わ、わかった」
よし、俺は自分の地図に情報を入れるためにも、くまなくこの村を歩こう! できれば近辺も。
マリーベルとエルフィーネも身を乗り出して地図を見た。
地図で見たら小さな集落に見えるけど、深き森と湖が大きいからか。こっちが畑、ラルベルテ山脈の山裾にさしかかるあたりは段々畑になってるみたい。見たいところをズームできないのは不便だな。さっき会話に出てきた坑道跡は、えーと……。
「ピルピルさん、坑道跡ってどこ?」
「このあたりだな」
「印をつけてないの?」
「もし地図を取られたら、場所がわかっちゃうだろ?」
「なるほど……」
こっちの地図って、重要な情報はあんまり載せないのか。うーん、地形ぐらいしか頼れそうにないなあ。
俺は自分の地図がないと旅も難しそうだ。昨日、このラズに着くまでに通ったルートも教えてもらった。これといって特徴が描かれてるわけでもないのによくわかるなあ。村長さんたちとも親しかったし、ピルピルさんはそれだけ何回もここに来てるってことなんだろう。
「この坑道跡と、女神の鏡にさしかかったあたりの深き森の様子が気になるって話だったな」
「あの森になにかあったの!?」
俺にとっては故郷だ。心配で思わず大きな声を出してしまった。
「サトル、リーダーたる者、何時如何なる時も冷静であれ、だぞ」
「ご、ごめんなさい」
キラっと光ったブルーの目に射竦められて、小さくなって謝る。
「名目だけだと甘えるなー? 冒険者のパーティは仲良しこよしだけじゃ済まないぞ。なんでもかんでも相談し合って解決することばかりじゃない。必ずおまえが一人でパーティの進退を決めなきゃならん場面が出てくる」
「え……解散するかどうかってこと? いたっ」
氷の粒で鼻先を弾かれた! 涙目で口を尖らせたら、ピルピルさんが怖い笑顔で続けたんだ。
「生きるか、死ぬかだよ。迷宮の中で強敵に会った時、罠にかかった時、仲間が捕まって救助が絶望的な時。ほかの仲間を道連れにしてでも助けるか、誰か一人を犠牲にしてほかの仲間を助けるか。どちらにしても、リーダーはその責を負わなきゃならん」
……怖い。
今までで一番の恐怖が俺に襲いかかった。
俺の記憶とか、どうでもいいよ…! いや、よくないけど、でも、今そばにいてくれる仲間を失うこと以上に怖いことなんかあるもんか!
「あたし、それがどんな結果になろうと、サトルだけに押しつけたりしないわ!」
「わたしもです。迷う時間がないなら、誰かが選択しなければいけない。でも、その重い選択をリーダーだからって誰か一人の責任にするなんて、そんなことできません」
二人が力強く言ってくれたけど、ちがう……。
ピルピルさんが言ってるのは、そういうことじゃないと思うんだ。
「……サトル君」
「うん」
リチャードが穏やかな目で、まるで仔猫のためのような優しい声で俺を呼んだ。
「サトル、ピルさんが意地悪なこと言ってるけど、気にしちゃダメよ! どんなことだってあんただけが決めるんじゃないわ。それが嫌なら、あたしがちゃんと文句を言うもの!」
「そうだね。でも、君の文句を受け入れてあげられなくなる場面が、あるかも知れない」
「それは……!」
「マリーベル、エルフィーネ」
ぎゅっと自分の膝を掴んで、俺は顔を上げた。右からマリーベルが俺の手に、左からエルフィーネが俺の背中に優しい手を添える。
「俺は、きっと誰かを犠牲にして前に進むことはできない。だから、慎重にやるよ。臆病って言われてもいい。冒さなくていい危険は絶対に冒さない」
「そうだなー。少年は、名誉のための危険は冒さないだろうな」
「うん。それでも、いつか譲れないもののために危険を冒すときが来るかも知れない。そのときは、俺が一人でやる……あちっ!」
面白そうに俺を見るピルピルさんをまっすぐに見ながら言うと、ぎゅうっと握られた右手がめちゃくちゃ熱くなった!