第五章
指がもげそう。息苦しい。
だって誰が予想するよ?大好きな曲を演奏するのがいつもよりこんなにキツいとか!
唯一吹けるハーモニカを手に、キリヤと楽団に参戦して少し。若干経験があったから助かったけど、楽譜に嚙り付かないとまともに吹けない。隣のキリヤはというと、涼しい顔してアコーディオンを弾いている。足で拍子とったりとかもしてるし。本当にどこで身につけたんだか。
『魔剣もメルトたちもいねぇな』
言の葉術はすごく便利。お互いの状況把握はこれに頼りっぱなしだ。
『何でそんなに余裕なの?』
『経験の違い』
何も言えない。とりあえず周りの様子を見て今後の動きを決めようという話になったけど、あたしにはみんな舞踏会を楽しんでいるようにしか見えない。ルナイト城は広い。魔剣もカラシャたちも、ある程度目星をつけておかないと日付が変わるまでに探せない。
「キャーッ!」
突然悲鳴が上がる。フロア中を張り詰めた緊張感が支配する。音楽が止まる。
「貴様らァ!魔剣に選ばれし俺様に跪けェ!」
あたしたちの数メートル先で、男の人が剣を振り回している。周辺にいた人が慌てて逃げ、男の周りには空白のような円ができた。キリヤがあたしを庇うような位置に立つ。全員、戸惑いすぎて跪けていない。
「俺様はこの魔剣・双月と同化したァ!」
同化。つまり、その剣とそれに込められている魔力を自分に従わせたということ。双月のような銘入りの剣は膨大な魔力を有するから、ルール的にも実力的にもこの場の“全て”は彼にあると言ってもいい。
「ルカ、あれ双月じゃねえ」
キリヤが囁いてくる。
「マジで?じゃああの人誰かに騙されてるってこと?」
「それもあるが…」
「おい!そこの銀髪と茶髪の二人ィ!!」
キリヤの声を遮って、男の人があたしたちに向かって剣を突き出す。…え何、バレた!?
「悪いがここで死んでもらう。生憎様、俺様の役は暗殺者でね、貴様らに暗殺命令出てんだわ」
ガチですか…?
そういうが否か、相手が大きく踏み込んでくる。咄嗟に楽器をポケットに突っ込み、魔力盾を出す。キリヤも秒速で楽器をしまって、手には剣を持ち、盾の隙間から反撃。
「フッ…緩いぞォ」
盾に加わる力が増す。これ、双月じゃないんだろうけど、それでも強い剣…!
「フッ…!」
キリヤが剣であたしの盾から無理矢理相手を引き離す。その剣が黒く染まる。キリヤお得意の黒魔術だ。
「リューラ!出てきてっ!」
「はいはい」
肩のりサイズのカピバラがあたしと同じくらいの身長で擬人化する。擬人化したリューラは、長い爪を使った攻撃が特徴だ。しかも、回復魔法の腕もピカイチ。運動能力皆無のあたしにしては珍しく、戦闘の授業でリューラを出すとクラスで無双できる。
キリヤの剣は黒炎を孕み、相手を斬る。怯んだその背後をリューラが切りつける。あたしは周りの人に被害がいかないように、結界を張る。
「全く情けない。加勢するわ」
どこからか黒髪の女性が降ってきた。連れている使い魔は龍。あたしたちの援軍ではない分、厄介だ。
「ルカ!このままだとお前の結界術でも間に合わねぇ!一旦外出るぞ!」
結界を広げつつ、大きく後ろに飛んで開いていた大窓から外へ飛び出す。動線を工夫したから、被害は出ていないはず。飛翔魔法で補正をかけて城の屋根に着地。
追いかけてきた2人と1匹は、月明かりの逆光で影のよう。魔法高校の先生ほどには手練れかもしれない。
深呼吸をして、あたしの十八番の魔法の法術式をそっと起動させる。