家庭教師と使い魔 執筆中
先生の教え方が良いと、カルラ語の上達も早かった。
スミスの発案で、情操教育と家族との交流も兼ねて使い魔を育てる事になったのが功を奏したのかもしれない。
魔物使いから獣魔を譲って貰うのが一般的なのだが、私は愛玩用の獣魔よりも実用性のある獣魔を希望して、スミス先生引率の元、大人数の護衛を引き連れて魔物屋を訪れた。
「ふぉぉお、あぁぁあ! 先生、可愛い子ちゃんがいっぱいです」
亀にヤモリ、蛇に蛙と私のテンションが爆上がり中だ。
頬を真っ赤に染めて、うっとりとケースに入れられた可愛い子ちゃんを眺める。
「ビオラ様、使い魔になさるのなら猫・鳥・犬種類がお勧めですよ」
若干引き気味のスミスに、
「あの子達も飼い易いと思うわ。寧ろ、全員うちに連れて帰りたい」
と主張すると微妙な顔をされた。
「そう思うわよね?」
護衛に同意を求めるが、サッと視線を逸らされる。
「お嬢様に所望されると嬉しいですな。ですが、全員をお求めになられますと使い魔同士で焼きもちを焼いてしまいますぞ」
「そうなの?」
店の亭主に言われてしまっては、全員を平等に可愛がる自信が無くなってきた。
「ワシの様に仲介する魔物使いは、その辺を弁えております。店に並んでいる獣魔達は、条件の良い主との橋渡しをする前提で契約している事を理解しておるんですよ。使い魔は、生涯の相棒と言っても良いのです。魔物使いの中には、複数契約している者もおります。それは、非常に稀であり平等に愛する才能が無ければなりません」
「……私には、無理ね。沢山迎えても、平等に皆と接する時間が無いもの」
カルラ話を習得し、漸く貴族令嬢としての教育が始まったのだ。
物理的な時間がないので、全員を迎え入れたとしても平等に接するだけの時間を確保することは難しい。
「ビオラ様は、どの子も選びたいのですね?」
「はい。どの子も可愛くて選べません」
「では、卵から選んでみては如何でしょう」
「卵?」
スミスは、カウンター前に置かれた卵コーナーを指さして言った。
「卵としか書いてないのね。何の卵なのかしら?」
スミス先生様様である。
日常会話が出来るようになってから、カルラ語の書き取りを教えて貰えるようになり、水を得た魚の如くどんどん吸収していき娯楽の小説程度なら読めるようになっていた。
重度の活字中毒者で萌える小説を追い求めて励んだ結果なので、手放しで褒めちぎる両親に内心『腐った娘でごめんなさい』とあやまっておいた。
本来ならマナーや勉強は八歳から十歳くらいから始めるものらしいが、私の異様さに気付いた両親は優秀な家庭教師を雇って私に宛がった。
魔法はスミス先生が教えてくれるので、マナーはエリザベート・バーバリー伯爵夫人に、それ以外はアクエリオン・テプレノン男爵が教鞭を取る事になった。
バーバリー伯爵夫人は、王族にもマナーを教えているらしく社交界の貴婦人として名を馳せており、貴族令嬢の憧れの存在で流行の発信源ともいわれ、彼女が出席するお茶会は一種のステータスなんだとか。
確かに実年齢よりも若く見え、一歩間違えたら下品になるドレスも彼女が着れば上品だけど妖艶な仕上がりになる。
一方、テプレノン男爵は学者って感じの人で身なりにはあまり頓着しない方だった。
もっさりとしていて、目元を長い前髪で隠しながらボソボソと喋るが教え方は非常に分かり易かった。
平民思考に凝り固まった私に対してノブレス・オブリージュが何たるかを叩き込んだ。
「ビオラ様、口角が上がり過ぎです! ティーカップを持つ手は中指で支え人差し指をカップの手にかけ親指で固定すると何度言ったら理解するのですか! 後、小指は立てない!!」
「はいぃい!」
バシッと容赦なくカップを持っていた手を扇子で叩かれる。
痛いと言おうものなら、第二撃が来るので痛みに堪えながらカップを持ち直す。
「顎の角度は30度を常にキープしなさいと言っているでしょう!」
またも扇子が私の手を強打した。
「すみません」
「謝罪は結構。言われたことをきちんとこなしなさい。笑みが崩れておりましてよ。基本は笑顔を作りなさい。感情は押し殺すのが貴族の嗜みでしてよ」
「はい」
内心は、『このクソババア』と罵ってました。
バーバリー伯爵夫人のお蔭で、外面だけは立派な淑女が出来上がりました。
意識しながら生活をすると、自然と身に着くものです。
しかし、残念なことに地頭は突出して良いわけではないので復習しないとスコーンと忘れてしまいます。
抜き打ちでマナーテストされた日には、手の甲は真っ赤に腫れます。
児童相談所があるなら通報しても良いレベルだと思います。
誰かにチクるのも悔しいので、常に手袋をして隠してました。
スミス先生に一番最初に魔法を教わったのが水魔法でした。
それを応用して叩かれた手を包むように水の塊を浮かせて、冷やしてました。
痣は出来ても、腫れはそれで何とかなったのが救いです。
スミス先生は水と雷の二属性の適性があり、その道のスペシャリストだそうです。
他の属性は、初級から中級程度だったのですが、日本語をマスターしてからは上級まで使えるようになったのだとか。
それでも魔力消費が激しいので乱用は出来ないようです。
テプレノン男爵には、主に貴族社会の常識や政治や領地運営・歴史と幅広く教えて貰いました。
魔法歴史学を研究しているらしく、古代魔法が専門だそうで聞いた時はハッスルしました。
全属性使える反面、どれも中途半端で初級から良くて中級程度と魔術師としては致命的だそうです。
テプレノン男爵のように全属性持ちは珍しいですが、器用貧乏になりがちなので重宝されないとの事。
私が神言を使えるのは、家族とスミス先生のみの秘密なのでテプレノン男爵には教えていません。
私がどの属性を持っているかは、七歳になって教会でステータスを確認してもらうまでは分からないと言われて落ち込んだこともありました。
どんな適性があっても、魔法が使えるのはロマンです。
前世の中二病と言う名の黒歴史が、この世界では堂々と使えるのですから素晴らしきことかな。
計算能力にかけては私の方が上なので、そこは逆に教える形になってしまいました。
暗算で問題を解いていたから、どんな計算方法をしているのか聞かれて、うっかり喋ってしまったんですよ。
四則演算は基本中の基本なので、九九を教えたら直ぐに覚えてしまい少し悔しかったです。
ただ、この世界には電卓も算盤もないので暗算で計算するにも時間が掛ってしまうのが難点でした。
無いなら作れば良いじゃん! と思い立ち、カルラ大公が贔屓にしている武器屋に無理を言って作って貰いました。
アーフェクトで一つだけのMy算盤!
それを使ってガツガツ計算して、暗算の比じゃないぜってくらい高速で数字を書く私を見て、テプレノン男爵がまたも食いつきました。
使い方を教えると、一回説明しただけでサクッと覚えてしまい悔しさに涙が出ました。
九九や算盤は、父や祖父の耳に入り試験的に屋敷の従業員全てが覚えられるか試したところ全員ものの三週間でマスターしてしまいました。
「リリーの発想は素晴らしい。もし、何か思いついたら言うんだよ」
と頭を撫でながら褒める父に、
「この間、お父様の書斎にある本だと思って持ち出した帳簿。あれを一つの形式にして収支が分かるようにしましょう。あれでは、書式も形式もバラバラで計上し辛いのではありませんか?」
「は?」
私の言葉にポッカーンとする父に、私は紙とペンで帳簿と収支報告書(見本)を書いて見せた。
それと同時に昨年の帳簿を勝手に簿記に当てはめて帳簿を作り直したのも手渡した。
「この簿記の書式を元に、お金や財産に関する取引の記録を付けます。最終的に纏めたものが収支報告書となります。過去一年分を試しに纏めてみました。領地運営のお金と家のお金が混在しているので分けて作成致しました。私が纏めた限りでは、領地の税収も可もなく不可もなくと言ったところでしょうか。赤字ではありませんが、貯蓄出来る程の余裕はありません。それから、我が家の収支は出資が多いので赤字です。もし、飢饉などが起きた場合に対処できなく没落する可能性があります。別口で収入を増やす方法を考えて下さい」
紙の束を食い入るように見つめる父の手が震えている。
バッと顔を上げたかと思うと、私の肩を掴み問いただしてきた。
「素晴らしい! どうやって思いついたのだ?」
いや、前世で知っている知識だからと言うのは不味いので口ごもっていると勝手に一人で完結してしまった。
「リリーは、昔から変わった子だと思っていたが神の愛し子なのだな。時の節目に我々が想像しない発想で革命をもたらす者が現れる。殆どは聖女様だが、極々稀にリリーのような子が市井・貴族問わずに生まれることがある。そういう者を神の愛し子と呼ぶ。薄々気付いていたが、確信が得られたぞ」
たかが簿記、されど簿記。この世界に簿記と言う存在が無かったから、斬新なアイディアに感じたのだろう。
「しかし、一枚一枚枠を書いたりするのは手間だな」
「ハンコを作れば宜しいのでは?」
「ハンコ? 何だそれは」
どう説明したら良いものか。
うーんと少し考えて、細長く切った角材を持って来て貰い紙の大きさより小さく切って貰い組み立てていく。
縦長に五枠に仕切られた物体が完成したので、それに筆を使ってハケ替わりにインクを塗って紙に押し当てた。
定規を使い横に線を入れれば、帳簿の完成である。
「インクをつければ、何度でも使えますよ。後、予め表音文字を彫っておけば、組み合わせ次第で同じ文書を紙に転写することが可能です」
「なるほど! 是非詳しく教えてくれ」
活版印刷の原理だの用途だのを父が納得するまで説明させられた。
私が歴女でマニアックな知識を持ってなかったら答えられなかっただろう。
二十歳過ぎたおっさんの何で攻撃は、苦痛以外ないなと思い知る事になった。