スロースターターな異世界ライフ
酷い激痛と息苦しさに声を上げた瞬間、私はサイエスという世界に生まれ落ちた。
前世の私は、お一人様を気取ったキャリアウーマンだった。
結婚願望がなく、男は二次元のBLに限るという腐った方向に突っ走った結果、モテ期も婚期も逃してしまった。
仕事がパートナー!
順風満帆とはいない生活を送っていた。
専門学校を出て、そこそこ大手の広告代理店に入社し、それなりに仕事の評価を認められ、同年代の男性とも劣らない収入を得ていた。
周りが結婚し始めてから肩身が狭くなった時期もあった。
恋人を作ろうかとも考えた事もあったが、自分のプライベートに踏み込まれたくない性格が災いして結局恋人は出来なかった。
趣味の時間を邪魔されるくらいなら、結婚も恋人も要らないという考えに至ったのだ。
世間では彼氏なし独身女の強がりとも取られそうな意見だが、本当に彼氏より趣味優先の生活だったのです。
私の三つ前の世代が、『二十四時間戦えますか』『企業戦士』といったフレーズの方ばかり。
必然的にパワハラ・モラハラ・セクハラは当たり前の会社でした。
残業100時間超えは普通だし、ノー残業代もまかり通るブラック企業。
権利を主張れば降格&左遷は当たり前。
下手したら辞職するまで陰湿な虐めに発展するのを、身をもって体験した。
年を重ねるにつれて、色々と知恵がつき小賢しく立ち回ることが出来る様になったのだ。
結果、校正担当の部長にまで上り詰めたのです。
部下のやる気を出させるために、身銭を切って打ち上げでお金を出したり、祝い事にはお金を包んだりしてました。
そうすると、劣悪な環境でも私の力になりたい役に立ちたいと思って頑張ってくれるものです。
私は直属の部下だけでなく、どの部署の部下にも同じように接した。
理由は、会社を円満にするためである。
どこか一つ欠けただけで業績が直ぐに悪化してしまう業界で、生き延びるには社員全員が一丸となって目標に向かって進む必要がある。
私の発言は、どの部署の部長よりも重く大きかったと思う。
色んな仕事を掛け持ちし、無理が祟ったのでしょう。
気付かぬうちにポックリ死にました。
ええ、死に方としては、この上なく最良だと評価しています。
痛みや苦しみを感じることなく眠るように死ねるのは、一種のご褒美ですね。
生れて目が見えるまでは、何もかも手探りの状態でした。
雑音をぼんやり聞きながら、腹が減っては泣き、粗相をした時は泣き、私は健やかに成長した。
しかし、一つ弊害があったのです。
私は会話を雑音と捉えていたので、人の言葉が理解できない残念なお子様になっていた。
そんな私が、英語混じりの日本語で書き綴った絵日記を侍女が見つけて持ち去ってしったのが最初の転機でした。
巡り巡って、日記の件が父の耳に入り、果ては家長の祖父まで報告が上がってしまった。
それから暫くして、上位宮廷魔術師のおじいちゃんが我が家を訪ねて来ました。
片言の英語で話しかけてきたのには、吃驚したのを覚えています。
「コンニチハ、ビオラ」
「こんにちは、貴方は誰?」
「ワタシハ、リチャード・スミス。ハナス、ビオラ」
私とお話をしに来たってことなんだろうか?
「話すと言っても何を話せば良いの?」
「シンゴンハナス。フツウノコトバ、ハナセナイ。ナゼ?」
「私は英語を話しているだけよ。普通の言葉って、母さんたちが話している言葉の事?」
私の言葉を聞いて、近くに居た父に何やら話しかけている。
父の顔が、徐々に明るくなっていくのが分かった。
リチャードは、私の方に向き直りこう言った。
「ビオラ、オボエル、カルラゴ」
「スミスさんが、語学の先生になるのね」
「ソウダ」
「分かった。よろしくお願いします」
こうして、リチャード・スミスが私の家庭教師になった。
英語が神言だと知り、魔法を発動させるのに必要な言語だと説明を受けた。
日本語は、神言よりも強力な魔法が行使できる新しい言語であると魔法学会で近年の発表されたばかりだという。
主に英単語を言葉にして、魔法を発動させるらしい。
リチャードも私との会話は、日本語をベースに英語とカルラ語を交えて行うことで、カタコトだった英語が流暢になり、日本語も上達した。
結果、スミスは賢者の称号を得る事が出来たと甚くお礼を言われた。
魔法は、頭で魔法をイメージしながら神言を唱えるのが一般的らしい。
それでは、相手にどの魔法を使うか先読みされてしまうのでは? と考えた。
頭の中で唱えれば良いという結論に至り、完全なイメージと脳内詠唱で魔法を発動させることに成功した。
無詠唱魔法を会得した瞬間である。
科学の知識があれば、理解も出来るしイメージするのもお手の物。
しかし、無詠唱魔法は詠唱した時よりも威力が下がる。
無詠唱魔法は、一長一短だと言えるだろう。
遅ればせながら、私の異世界ライフが幕を開けた。