ネモフィラの島
「歯ブラシを……」
ノブナガは日本語でそう言うとカゴに乱雑に入っている歯ブラシを指で示した。
病院の廊下を通ると救援物資の配給をしていたのだった。
ーーこんな時間に配給をしているんだなーー
ノブナガは心の中で呟いた。この病院に来てから約20日……いや23日も立つのに……
フラフラと廊下を歩いているのに初めて配給に出会ったのだった。
配給品を配っているボランティアの人物は何も言わずに、ポン!と歯ブラシを渡した。
ノブナガは大事そうにそれを両手で受け取った。
「サンキ……」
ノブナガがお礼を言おうとした時、ボランティアのその人物は……
「これも、持ってユケ」
そう言って長方形のクッキーをぎっしり詰めた包みをグイッとノブナガに押し付けた。
「サンキュ」
今度こそお礼を言って、ノブナガはそれを受け取った。
廊下を歩き、重症患者の病棟へと入るノブナガ。そこには苦しそうにうめき声をあげる人々が押し込められていた。
「遅くなった」
背中の痛みでほとんど眠れなく、疲れ切った妻の姿がそこにはあった。
最初の方こそ痛み止めの薬はもらえていたのだけれども、もう何日も薬は滞ったままだ。
「アイラは?」
ノブナガの顔を見るといつも妻はそう訊ねる。だけど今日はノブナガの顔がどこか優しい。
「ああ……昼前に目を覚ました。」
「本当⁈」
「ああ本当だ……まだ起き上がれないがな」
「あぁ……神様……」
妻の瞳から涙がとめどなく溢れた。
「アイラに会いたい!」
体を起こし、そう言う妻に、ノブナガは寝ているように制止する。
「まだだ。まだ何も食べていない。それに、すぐに眠ってしまった……」
「そう…そう…そうなのね…」
「点滴は1日に1本だ。食事のチューブは今は入ってない。少しでも動けて食事をとれて、それからだ」
「そう…そう…そうよね…」
泣き続ける妻に貰ったクッキーの包みを渡そうとすると手で制止した。
「それはアイラに」
「まだ食べられないと思うが…」
「一緒に…食べれるように」
そう言って涙を拭いて
「がんばりましょう‼︎」
そう力強く宣言した。
ノブナガは涙を堪えながら
「じゃあ、これを……」
ポケットから歯ブラシを取り出して、その中から一本。赤い歯ブラシを手渡した
「これは?」
「さっき廊下で配っていた。」
「そう。」
3本入った歯ブラシは赤、黄、青の3色だった。
「イエローはアイラで、ブルーはあなたね」
「そうだ。」
日本で当たり前にいまは安価で手に入る歯ブラシも、ここでは本当に貴重な物だ。そうして2人は顔を見合わせ、声を出さず、ほんの少しだけ笑ったのだった。
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青い小さな可愛い花が一面に咲いている。
ここはゲーム内。アイラちゃんの島。
時折ふく優しい風に青い小さな花は一斉にゆれる。
そこに海と花を見つめるように静かにウシくんが座っている。
頭にハリネズミのお友達ロボットを乗せて……
何故かそのハリネズミは第二サーバーでイベントをクリアしたのだけど、そのまま第一サーバーでも連れ歩けるようになっていたのだった。
「えっ⁈イベントクリアしたのっ⁈」
突然すっとんきょうな声が、現実のウシくんの頭の後ろで炸裂し、ウシくんは心臓が止まるかと思うくらいびっくりした。
「なっ⁈」
「それっ‼︎ハリネズミ‼︎あんたのロボットでしょ⁈」
「まぁ…たぶん」
「たぶん。って何よ」
「よく覚えてないから……」
「はぁ?」
「なんとなくクリアしたとは思うけど」
記憶を辿るウシくん。呆れて深いため息をつく結。
「はぁー…まぁ…もう…いいや……あんたその状態でよくクリアしたわね……」
「なんとなくだけど……」
本当に不思議そうな目でウシくんを見る結。
「アクションゲームは得意なんだ」
ウシくんはそう言って頬杖をつき、青いネモフィラがゆれる島を見つめていた。




