不貞腐れのスーザフォン
ブォ、ブォ、ブォ。
白くて重たい管楽器を体に巻きつけ、重低音を出す。見た目のインパクトは大したものだが、トランペットやサックスにある花形感は無く、フルートやオーボエのような可愛らしさもない。
ただデカく、ああ吹奏楽だな。と周りに思わせるくらいで、取り立てて何かにピックアップされることもあまりない。
そんなスーザフォンを一郎は、無表情、無関心でひたすら吹き続ける。
所属する吹奏楽部は来週、近所の吹奏楽イベントにマーチングバンドとして出るらしい。らしい、と離れた位置から言うのは、もう楽器なんてどうでもよくなっているからだ。
「ただでさえ重いのに、担いで歩く。それも振り付きで…。考えただけでも憂鬱になるなぁ。」
と、ボヤいた時、ドラムメジャーを勤める善子がキーキーと文句を言ってきた。
「やる気あるの?もっと真面目にやらないとダメなんじゃないの?」
疑問形のお叱りほど鬱陶しいものはない。だって「あ、はい。」しか言えないから。
「あ、はい。」ブォ
定型文の回答をした時、一郎の菊門から重低音が放たれた。後ろでシンバルの竹内、木琴の香奈ちゃんが笑いを堪えている。この2人も、一郎と同じような連中、つまりやる気なし、意欲なしのカスである。
「ちょっと!何?ふざけてるの?…集合。」
以前、鳴り止まぬ一郎の重低音。ブォ、ブォ…ビチィ。
「臭え!テメェ、実もやったべ?」
「クソ一郎ね。クソ一郎。」
今にも吹き出しそうな表情で文句をヒソヒソと囁く竹内と香奈ちゃんなど意に介さず、一郎は冷静に
「今日食った学食のうどんだな。俺のだけ色が紫だったもの。」
と分析していると、善子がまたキーキーと叫び始めた。
「みんな集中力欠けすぎ!真剣にやってよ!」
「はい!」
「来週本番なんだよ!分かってるの!」
「はい!」
1、2年生は善子の”ありがたい言葉“に、大声で答える。
「竹内、藤田、猫村。あなた達パーリーでしょ?下の子らの見本になってよ!」
下の子、というか下の穴が限界点の一郎は脂汗が止まらない。竹内は無表情、香奈ちゃんは顔を赤くして黙っている。
「何か言いなよ!!」
今日一の叫び声がグラウンドに響いた。野球部、サッカー部のイケメン、野外囲碁部のメガネ、ミステリー研究会のボブ…みんなが善子と吹奏楽部員に目をやった。
パーン!ガシャン!パーン!ガシャン!
竹内が狂ったようにシンバルを鳴らし始める。一年の女子部員は、その姿に恐怖を感じたのか泣き始めた。
「…うるせぇよ!」
竹内はシンバルをグラウンドに置き、正門に向かって歩き始めた。
「竹内〜竹内〜(棒)」
香奈ちゃんも迫真の演技で竹内を追った。
「ヤベェ。もうアレのアレでダメだ…。」
取り残された一郎は、そう呟くと「独り楽団」という珍芸を始めた。
奏でられるのは重く迫力のあるラッパの音、それに対となる高音の音色は何でしょう?と探究心をくすぐるラッパの音、マエストロ一郎は不規則なリズムに対して、懸命にタクトを振る。
「オレ、ジッカ、ジテンシャ屋。」
と言い残し帰るボブを見る善子は、もう涙も枯れ果てていた。
演奏が終わる。
「辞めるわ。吹奏楽。」
翌日、一郎の姿は音楽室ではなく学校の近くにあるコンビニにあった。
ピッ、ピッ、ピッ。
高い電子音も悪くない。一郎はニヤリとしてそう思った。
—完—