〜天才の真髄〜
目を閉じても分かるような白い光が消えていき、俺はゆっくりと目を開けた。見えたのは俗に言う中世ヨーロッパのような町と、伝統民族のような服を着た人々。見える限り全員がそういった服を着ていることから、わざわざ服を買っている訳ではないと考えられる。どうやら、俺は本当に召喚されたらしい。
辺りを見回すと、街からくり抜かれたような円形の敷地に様々な屋台が出ている。どうやらここは広場のようだ。
「さて、ギルドとやらを探すとするか。まあ、俺にかかればすぐ見つかるだろうがな」
俺はふと目に入った道を歩いていった。看板に書いてある文字は見慣れないものだったが、何故か意味は分かった。自動翻訳の効果のようだ。
「武器屋、防具屋、道具屋、鍛冶屋、服屋、食料品店、薬屋……と、この辺はこの町の商店街のようだな」
俺はとりあえず武器屋に入る。武器屋には様々な武器が並んでいた。俺はとりあえず自分に相応しいような武器を探す……が。
「ロングソードは重すぎて使い物にならないな。ショートソードは短いくせに重たくて使い勝手が悪そうだ。かといってナイフや弓は俺の好みではないし、杖というのも違うな……ああ、ここにはまともな武器は無いのか?」
強くて俺に似合うといえばやはり剣だろう。それも魔法剣や日本刀だな。本当はサブ武器として銃も欲しいところだが、この店にはそういったものは一つも無い。最初の町なだけあってガラクタしかない様だ。
店主も俺を見て悲しそうな顔をしている。この俺に最強の武器を提供できないことを深く反省している様だ。俺はそれを見て落胆し、店を出た。
俺は気を改めてギルドを探す。俺の実力があれば、あの程度の剣など無くても余裕で暮らせるだろう。金は他に使い道がある。例えば、道具などはあれば色々できるだろう。俺は道具屋に入って物色を始める。
「おい、店主。ポーションと薬草に何か違いがあるのか?」
「うーん、そうだね。その二つは回復するものが違う。薬草は体力回復と解毒の効果がある。体力回復の方は申し訳程度だが、解毒に関して言えば薬草が優秀だね。ポーションは主にマナを回復するものだ。体力も回復するが、やはり少量。あんたさんがどういった用事で使うかは知らないが、持ち歩くにはどちらも便利な品物だ」
「体力を大きく回復する物は無いのか?」
「もしやエリクサーのことかね?あれは確かに体力回復するが、値段も相当高いし、寝ればほぼ同等の効果を得られるから普通は買わないし、ウチでは取り扱っていないな。あれを買うのは野営ができないような厳しい環境にわざわざ赴く物好きぐらいだ」
「そうか。寝れば回復するなら要らないな。最初は大した物も仕入れられない無能店主かと思ったが、それなりにやっているようで見直した」
「……う、うーん?まあ、一応商売人だからね?そういう所は結構考えてるんだよ?」
「ああ、分かった。では、その有能さをかって薬草、ポーション、ロープ、松明を貰おうか」
「…ま、まいどあり」
そうして俺は道具屋を出た。少し荷物が重くなってしまったが、大したことではない。どうせギルド辺りが何か用意するだろう……そうだ、俺はギルドを探していたのだ。忘れてしまうなんて、天才の俺らしくないな。いや、ギルドがその程度の存在だというだけか。まあ、今はどうでもいい。俺はギルド探しを再開するべく商店街を抜けた。
しかし、そのようなものは全く見つからなかった。この俺が見つけられないぐらいだ。おそらく町が相当広いのだろう。こういうときは誰かに聞くのが得策だ。そう思って町を歩いていると、どこからか女のものと思われる叫び声が聞こえてきた。
「助けてくださーいっ!」
声を聞くにどうやら若い女のようだが、何かあったのだろうか。その内容には特に興味はないが……いや、これは丁度いい。これを助けてやればギルドぐらい簡単に教える気になるはずだ。更に助けてやったとなれば金なども貰えるだろう。どうせ大した用事ではないだろうし、解決するのは容易いものだ。俺は声のする方へと歩いていった。
「きゃーっ、誰かーっ!」
「ほら、お姉ちゃんよぉ?俺達とちょっと遊ぶだけだからさぁ?」
「そうだぜぇ?優しくしてやるんだから、静かにしろよなぁ?」
声のする場所に着くとそこは路地だった。そこではチンピラみたいな男二人に少女が絡まれている。所謂ナンパというやつだろう。どこの世界にもこういうのはあるものなんだな、と俺は少し失望した。
「いやぁーっ!」
どうやら叫んでいたのはこの少女で間違いないらしい。しかし、チンピライベントか。少々ありきたりのような気もするが、まあいいだろう。これでギルドの場所が分かるのだ。まあ、この手のイベントのことだ。俺の圧倒的な強さの前に、あの少女が俺に惚れてしまうという副産物付きだろうがな。とにかく止めないことには話にならない。異世界転移の肩慣らしとでもいこうではないか。
「お前たち、そこまでだっ!」
俺はチンピラ達に向かって叫んだ。
「あぁん?なんだお前は?」
チンピラ達は呼ぶ声に気付いて俺の方を向く。
「俺は天野才、天才勇者だ。くだらないことはやめて家に帰れ」
「あぁん?天才勇者だぁ?お前がぁ?そんな訳ねぇだろってぇ!なぁ?」
「あぁん、そうだそうだ。こんな弱そうな奴見たことないぜぇ」
「ほう、俺の強さが分からんとは、やはり所詮はチンピラだな」
「あぁん?お前こそ俺達の強さが分からねぇのかぁ?」
「俺達は落ちこぼれとはいえ、魔導学園の生徒だぜぇ?学園で見たこともねぇお前に勝つ余地があるってのかぁ?」
魔導学園?よく分からんが、彼らの言い方から察するに、有名な学園らしい。だが、所詮はそこの落ちこぼれだ。簡単に倒せてしまうだろう。段々彼らが可哀想になってきた俺は、一つの提案をする。
「分からないようならばしょうがない。俺がお前らの攻撃を一発受けてやろう。それで勝てると思ったなら戦ってやる。勝てないと悟れば逃げてもいい」
「あぁん?お前、何言ってんだぁ?」
「ビビってんじゃねぇのか?じゃなけりゃハッタリをかましているかだなぁ」
「そんなんが俺達に通じる訳ねぇだろ?そんなに強さが知りたいなら、お前が先に攻撃仕掛けてみろよぉ?どっちが強いか分かるからさぁ」
どうやら聞き入れてもらえなかったようだ。そうなると、可哀想だが俺に倒されるしかないな。
「はぁ……そういうことなら、遠慮なく倒させてもらおう」
「あぁん?お前に何ができるっていうんだよ?」
「大人しく見ていろ」
ヴィーナがここは魔法がある世界だと言っていた。そうであるならば当然、天才の俺は最強の魔法が使えるだろう。もちろん全属性だ。魔法がどういうものかは分からんが、イメージすれば大体出るはずだ。そう思い、俺はとりあえず炎の魔法をイメージする。燃え盛る、全てを焼き尽くすような炎だ。すると、俺の中に何か力のようなものがみなぎってきた。これが魔法なのだろう、そう思った俺はその力を外に解放するようにイメージする。
「あぁん?何だあれは?」
俺の手元に現れたのは巨大な炎の塊だった。それは俺のイメージ通りに燃え盛っている。どうやら魔法の完成のようだ。俺はその塊をチンピラたちに向ける。
「お、おい。ヤバいんじゃねぇの、あれぇ?」
「あぁん、確かにあれはヤバそうだ……いやぁ?」
「あぁん?どうしたんだぁ?」
「あぁん、アイツの魔法、どうやら密度が伴ってないっぽいなぁ?」
「あぁん……ホントだぁ、あれじゃあマンドラゴラも燃えねぇぜぇ」
「ただの見掛け倒しじゃねぇか、あぁん?」
「あぁん、俺の『リフレクト』で余裕だなぁ」
向こうで何か相談しているようだ。おそらくこの炎の恐ろしさを前にして逃げる算段を立てているのだろう。だが、俺は逃さない。俺を舐めていた彼らには俺の怖さを一度思い知ってもらう必要がある。そう思い、俺は炎を打ち出すようにイメージし、ふと思い留まる。
いや、待てよ?ここでそのまま倒してもいいが、それではあまりにも勿体無いのではないだろうか。初めての戦闘であり、相手も最弱のチンピラだ。ここでいろいろ試すのが得策だろう。その時、俺はまだあのスキルを使っていないことに気付いた。せっかくならどの程度のものか見せてもらおう。そう思い、俺は炎の魔法を解いてスキルを発動させる。
「くらえ、『才に恵まれたもの(スチューピッドエイジャー)』」
俺の体から放たれた気のようなものがチンピラ達の方へと飛んでいく。相手の知能が下がる能力……果たしてどのように相手にはたらくのだろうか。俺は興味津々にチンピラ達を見る。
チンピラ達は始め炎の魔法をキャンセルした俺を不思議そうに見ていたが、俺の気が当たってだんだんと……ん?
「あ、あぁん?だんだん頭が、回らなくなっ、てぇ」
「あぁん、リフレクトの魔法の使い方が、分からなく、あぁん」
もしやと思い、俺は再び炎の塊を出現させる。
「あぁん!炎の塊だぁっ!でかいぞぉっ!殺されるぅぅ!」
「あ、あぁん!どうすんだよぉ!と、とりあえず逃げようぜぇっ!」
……やはり俺の思ったとおりだ。チンピラ達には俺のスキルがかかっていないらしい。あの女神め、俺にガラクタを押し付けやがったのか。いや、そう決めつけるのは早すぎるかもしれない。彼らは知能最低レベルのチンピラだ。このスキルに下限があって、それより下がらない事などがある可能性がある。というか、おそらくそういうことなのだろう。冷静に考えればこのスキルがガラクタのはずがないのだ。俺は予想外の出来事に少し冷静さを欠いていたようだ。しかしそれも無理はない。いや、むしろこのスピードで冷静さを取り戻したのは天才の所業と言えるだろう。普通の人間なら未だに理解できないだろうからな。
俺の頭で一段落ついたところでチンピラ達を見ると、彼らは丁度逃げ出そうとしているところだった。俺は逃さず炎の塊を次々と打ち出す。背後に沢山の炎を受けながら、チンピラ達は退散していくのだった。彼らがが燃えなかったのは、町が燃えてはいけないという俺の心が無意識のうちにセーブをかけてしまっていたからなのだろう。俺はチンピラ達が視界から消えたのを確認した後、壁際で茫然としていた女を呼ぶ。
「おい、大丈夫か?」
「……」
女は何も言わない。もしかしたら俺の炎が激し過ぎて彼女を怖がらせてしまったのかもしれない。どういう理由にしろ、彼女と話さないことにはギルドの場所は分からない。とりあえず彼女をどうにかする必要があるな。
「すまない、そこまで大きな魔法を使うつもりはなかったのだが」
「……いえ」
女は口を開いた。これでギルドの場所を聞くことができそうだ。どうやら怖がらせていたわけではないようだが、だとすれば何故黙っていたのだろうか……いや、先程自分が予想していたではないか。彼女は俺に惚れたのだ。それを汲み取った俺は彼女の言葉を促してやる。
「俺がなにかしたのか?言いたいことがあるなら言ってくれ」
「……あ、あのっ!」
「何だ?」
「助けてくれて、ありがとうございましたっ!それでっ、それでっ!……」
「どうしたんだ?」
「……わたしと、お付き合いしてください!」
まあ、無理もないだろう。あまりにも圧倒的な勝利だったからな。