表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「おばあ」の松屋デビュー

 バイト終わりの昼12時過ぎ、空いた小腹を満たすため、いつもの松屋へ立ち寄る。店に入ろうとすると、仁王立ちしたおばあさん(以下、親しみを込めて「()()()」)が入り口の前にたたずんでいる。小柄な「おばあ」は、茶色のニット帽を深めに被っている。物珍しいものを見るように、入り口の引き戸に貼ってあるメニューを眺めている。こちらの気配に気づく様子がなかったため、「すみません」と手刀を切り、自分は先に店の中へ。いつものように「牛めしの並」と「生卵」の食券を購入し、一番奥のカウンター席に着く。すると、先ほどの「おばあ」が自分の隣の席に座ってきた。店員に何か話しかけているようだが、その声は店員の耳には届いていない。「おばあ」は店内を見回し、「ああ、食券が必要なの?」と店のシステムを理解した様子。「はい、そうです」と、店員からの確認も得られた「おばあ」は、すぐに食券機の前へ。どうやら、先ほど一人でモゴモゴ喋っていたのは、店員に直接注文をしようとしていたらしい。


 食券を購入する必要があることこそ理解はしたものの、果たして、「おばあ」は無事に目当ての食券を購入できるのだろうか。自分の心配は的中した。松屋の食券機は、最初に「店内」か「持ち帰り」かを選択し、次に希望のメニューを選択後、最後に「会計」ボタンを押して指定の金額を投入する。しかしもちろん、初見の「おばあ」にそんなことなどわかるはずがない。ただひたすらに「会計」ボタンを初めから連打し、何も進展がないままに「ピロッ、ピロッ」という無機質な機械音だけが店内に鳴り響く。助言を求めようと、「おばあ」は店員の方に目を向けるも、「おばあ」の5倍の速さでせわしなく動き回る彼らには気付く余地もない。食券機の最寄りの席に座る青年も、心配そうに「おばあ」の方へ何度か視線を向けるものの、自ら立ち上がって声をかけるのに躊躇している。かく言う自分も、食べかけの牛飯を差し置いて店の反対側にいる「おばあ」のもとまで向かうのは、やや抵抗があった。しかし、このままではらちが明かない。「おばあ」の動向を見守りたい気持ちもあるが、さっさと牛めしを食べ終え、帰り際に「おばあ」に声をかけよう。と、残りの牛めしを口にかけこもうとしたその瞬間、「おばあ」は活路を見出した。無事に「店内」ボタンを押し、メニューを選んで会計を済ませたのだ。おばあ、やるやん。無事に食券を手に取った「おばあ」は、今度は自分の隣ではなく、反対側の席に座った。同じ位置に座るのは何か気まずかったのだろうか。店員がメニューを一つ一つ「おばあ」のもとへ運ぶたびに、「ありがとう」と感謝を述べている。様々な困難はあったものの、無事に食にありつくことができたようだ。「おばあ」が松屋のデビューを果たした瞬間であった。


 これにて一件落着、となったわけだが、まだ不明な点も多い。結局「おばあ」が注文したのは、「〇〇定食のご飯大盛り」だったわけだが、「おばあ」は本当にご飯を大盛りにしたかったのだろうか。よくわからないままにご飯の量が増えてしまったわけではないのだろうか。そして、12月28日という年末の昼頃に、なぜ、「おばあ」は独りで、訳の分からない牛丼チェーンを訪れたのだろう。(この時間のほとんどの客は、サラリーマンの中年男性だ。)何が「おばあ」を松屋へ向かわせたのだろうか。そして、もし「おばあ」が自分で注文方法を理解できていなかったから、事態はどのように展開したのだろうか。「おばあ」は、ご飯を全て食べ切ることができたのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ