#18 青き銅よりも強かな
やべえ、と思って俺は反射的に顔を隠したが、流石に気付かれた様子は無い。
つーか気付かれてたらあんなこと言う前に俺が居る場所にレーザースナイパーライフルとかぶち込まれてるよな。多分。
配給を貰いに集まった皆様は、不穏なワードにざわめく。
『聞きたまえ、ダツエバの民よ。諸君も見ただろうが、北の森に赤き災いの光が降った。
あれこそ背教者がおぞましきアフィリエイト広告の儀式によって呼び寄せた滅びの予兆なのだ。
背教者はおそらくこの街に紛れ込んでいる。背教者を探し出すのだ。配給品を配るのはそれからになる。
いと祝福的なる配給品が、汚れた背教者の手に渡る事態は避けねばならない。そうではないか?』
がやがやと、絶望の声が上がる。
背教者が云々なんてワードよりも明らかに反応が大きい。
「そんな……」
「探せって言ったってどうしろと!」
「ただでさえ配給が遅れてるのに……」
まあそりゃそうだよな。
ガタがきてる配給制度でも、貰えば当座はしのげる。
配給頼りに生きる人々は縋るしかない。
「どうか、医薬品だけでもお分けください!」
ひときわ大きな声を上げ、荷台の前に平伏する痩せた女の人が一人。
「私の娘は昨日の晩もショッキングピンクに発光していたんです!
もう私は娘のあんな姿を見ていられません!」
涙ながらに必死で訴える若い母親。
『教会へ物事を訴えるためには所定の書類一式32枚に必要事項をご記入の上、最寄りの教区役所の教徒課へお越しください。
なお手数料は無料ですが、皆様の祝福的なご寄付はいつでも受け容れており、陳情者の標準的寄付額は2000クレジットとなっております』
暴徒鎮圧用大型鉄装ナメクジに取り付けられた金白装飾の神聖スピーカーから、自動音声が流れる。
これ実際は金払わないと話聞いて貰えない奴だ絶対。そんなお金があったら、彼女は配給に頼らなくても薬が買えるんじゃないだろうか。母親は必死で、頭を地べたに擦り付けたまま動かない。
群衆は静まりかえっている。
声を漏らさず、固唾を呑んで成り行きを見ている。不気味なくらい揃った動きだった。
みんな心情的には彼女の味方だろう。でも声を上げたら……どうなる?
「どうか! お薬を!」
『警告。所定の手続きを経ない陳情は背教的行為です』
「お願いします!」
ZAP!
それは突然だった。
銃声一つ、そして声が聞こえなくなる。
ひれ伏していた母親の上半身が炭化していた。
自動音声は止まり……片手でマイクを、片手でレーザーガンを持った教区長様が口を開く。
いらいらと煩わしげに、しかし脅迫観念的な何かにせき立てられるように。
『私は教区長だ。畏れ多くも神の代弁者であり、私への反逆は神への反逆である。
何故私が命じたというのに、そこに異論を差し挟む?
よいか? これは神聖にして祝福的な教会秩序を守るためだ。
決して、背教者が見つからなかったら私の出世が遅れるからという理由ではない。祝福的な統治を維持するために必要な措置である。
街中の者が探せばすぐに見つかるだろう! 最悪、それらしい者が一人見つかればいい!
理解できないというのなら、諸君には少しばかり祝福的になっていただかねばならない!』
無茶苦茶おっしゃりやがる。
そして狙いも適当に、群衆目がけてレーザーガンを発射!
Zap! Zap! Zap!
「う、うわ、うわーっ!」
「きゃーっ!」
悲鳴が飛び交い、人垣が四散!
とは言え、これだけ集まってた人々が一気に逃げようとしたら何が起こるかは火を見るより明らか。
所々で将棋倒しが発生したりしつつ、運の悪い人はレーザーガンにぶち抜かれて信じられないほどあっけなく死んでいく。
「まずい! あいつを止めないとその場のノリで何人でも殺しちまうぞ」
「ストップ! それこそどうやんのよ、教会の要人警護部隊は普通に強いし、仮に勝ったとしても教会はガチギレするわよ。
……いや、『スズネ』のキャラとしては『神様がいればなんとでもなる!』って目をキラキラさせて応援するとこなんだけどね! 流石にそれちょっとまずいわ!」
非常階段の柵を乗り越えようとした俺をスズネが引き留める。
「でも実際、あのスキルがあれば勝てるんじゃないか!?」
「この街はどうなるの?」
言葉の意味を理解するまでにちょっとだけ時間が掛かった。
「近くにレーザー降ったってだけでこんなことされてんのに、この場で教会幹部が酷い目に遭ったりしたらどうなると思う?
この街、地図から消えるわよ。教会幹部の気まぐれで人が死ぬなんて日常茶飯事なんだからね。
教会軍が攻めてきたとして、それを相手取って戦える?」
俺は言葉に詰まった。
つまりここで介入したとしても、最後まで面倒見切れないなら結局死人を増やすだけだって話だ。
神の必殺技≪天罰≫は超強力な攻撃スキル。
しかし、その代価はポーションで回復するNPなんかじゃなくて、よりによってストーリーポイントだ。
凄く強い奴ひとりなら倒せるかも知れない。しかし、無数の軍勢が押し寄せるとしたら絶対にガス欠になる。
「でも……じゃあ、どうすれば……!」
未だ広場では混乱が続いている。
このまま見てていいはずがない。それは確かだ。確かなんだが今の俺に何ができるんだ?
「偶然と事故に見せかけて追い払えばよろしいのですね」
「アンヘル?」
非常階段の柵を握りしめ、答えを探していたのはほんの刹那。
陰のように付き従っていたアンヘルが口を開いた。
「私に策がございます」
「手があるのか!? 分かった、やってくれ!」
『何が』とか『どんなのだ』なんて聞いてる余裕はねえ!
飛びつくように承諾した、その瞬間だった。
荷台を牽いてきたと思しき暴徒鎮圧用大型鉄装ナメクジの、背中の連結具が弾け飛んだのは。
『わはははは! そろそろ祝福的な気分になってきたかね?』
人を殺しておきながら、教区長殿はありんこでもいぢめる小学生みたいな調子で笑う。
だが、周囲を取り巻く警備の者が異変に気づき、ようやくナメクジの方を見た。
荷台から解き放たれ、ゆっくりと方向転換しつつある生きた鉄要塞の方を。
「……なに?」
『私ハ 祝福的デ 空腹デス』
取り付けられた神聖スピーカーが合成音声をシャウトする。
「そうか、電子の使い魔のハッキング能力!」
隣でスズネが撮影ドローンを前方に飛ばしながら身を乗り出す。
電子の使い魔は地球時代のロストテクノロジーの産物という設定。
同様にロストテクノロジーである機械類をハッキングして操作可能であり、ダンジョンではそれを活かしたギミックなんかがあったりするのだ。
つーかよく考えたら、こうしてアンヘルが物理ボディを操ってるのもシステム的にはハッキング能力だな。
あのUMAは調教されて飼い慣らされてるわけじゃなく、メカ部分から電極ブッ刺されて動かされてるだけだ。
つまりその電脳をハッキングすれば自由に操れるということか。
「『ハッキング強度:65535』……カンストしてますがな」
「マジで? 普通どんなに特化しても10000がいいとこなのに」
リストコムから電子の使い魔のパラメータを見てみたら、そこには絶賛あり得ない数字が輝いていた。
鉄を纏う巨大ナメクジはゆっくりと荷台にのし掛かり、体重で荷台を挽き潰しながら荷台上の人間を狙う。
「……マサ、知ってる? 教会のお役所ってすっごいアナログで、ハンコとFAXで事務処理してるの」
「知ってる。考察wikiには『方舟八号棟は初期住人の三割が日本人だったんだから普通こうなる』って冗談半分で書かれてたな」
「もし、ハイテクを忌避する理由があるとしたら?」
ついに荷台がひっくり返って上に乗っていた人間たちと積み荷が辺りに転がった。
「……かつて、教会は真なる神に反逆し、戦いを挑みました。
私は全ての能力を用いて当時の神様をお守り致しましたが、力及びませんでした」
非常階段に立つ、スーツ姿のお姉様。
人間味を排した機械的な表情が凜々しく見えた。
「私は世界運営支援システム。世界統治の完全なる補佐こそ私の製造目的。
二度目の失敗は許されません」
巨大ナメクジは、散らばった配給の食糧や呆然としている市民の皆様には目もくれず、キンピカ衣装のお偉いさんに向かって行く。
護衛の皆さんがビームライフルや、著作権的にヤバそうな光の剣で応戦するが……
こいつは高位冒険者でもソロで戦うのは普通無理な決戦兵器だ。生半可な攻撃では止まらない!
『私ハ 祝福的デ 空腹デス』
「く、来るな! やめろ、やめろーっ!」
教会の皆さんは転がるように逃げていく。
後に残ったのは、ナメクジの這った跡だけだ。
「……事故、でございますね。暴徒鎮圧用大型鉄装ナメクジの制御電脳に不具合が発生するヒヤリハットは比較的高頻度で発生致します」
「ああ……事故だな」
アンヘルが白々しい状況説明をした。