#17 UMAの出典:作者の見た夢
翌日。俺は改めてログインしてスズネと落ち合っていた。
場所は昨日ログアウトした場所、ダツエバの街だ。
「うーん。やっぱり傑作ね、このアバター」
「そりゃどうも」
至福の表情と言うよりも、やや危ない感じで目を輝かせるスズネ。
コンパクト化されてしまった俺は、多少見上げるようにスズネを睨み付けているのだが。それさえも眼福としか思われていない気がする。
うん……見た目上美少女な奴が拗ねたように睨み付けてきたらそれはそれで可愛いかも知れないと俺自身ですら思う。
だが俺は別に自分がそうなりたいわけじゃなくてな……
「ふん、この身体を使うのもあと1時間くらいだ。
今日はアバター作りに使うと決めたんだ。
都市長さんとパスカルさんに挨拶したら、もうすっぱりボディ変えるわ」
「むー」
口をとんがらされてもだめでーす。
ただ、いきなり外見変えたらNPCの皆さんはちゃんと混乱するので、アバター変更は用事を済ませてからだ。
昨日はもう現実世界の時間が遅かったし、都市長さんやパスカルさんも色々手続きがあるとのことで『また明日』となった。
ま、俺一人で行動するのもちょっと不安だったしな。一晩経てばスズネもまたログインできるし。
ぺちぺちと軽い足音を立てながら、俺は街を歩く。
NPCの皆様のほっこり和んだ視線が刺さる。
……なんかくすぐったい。お前ら猫を見るみたいな目で俺を見るな。
しかし、金と白で装飾されたテナントビルっぽいもの(『電気ショック屋』の看板が禍々しく掲げられている)の角を曲がったところで俺は人だかりにぶつかって足を止めざるを得なかった。
前方の広場を中心に、なにやら人が大量に集まっている。
「なんだ、祭りか?」
「教会の配給車が来てるんでしょ。食料とかバッテリーとか医薬品とかを配ってんのよ」
俺の身長ではよく見えないのだが、スズネはちょっと背伸びして人だかりの向こうを見ていた。
方舟には、コロニーがソーラーパネルで発電した電力だの、内部施設で培養&合成された栄養ペーストを供給する設備なんかが存在する。
教会は自らの支配領域にてそういう設備を独占管理するが、そこで生産された電力や合成食料を配給という形式で市民に配ってもいるのだ。最初はそれだけだったんだけど、衣類やら医薬品も徐々に配給に組み込まれるようになり、市民の生活の基盤となっている。
教会が電力や食料の生産設備を管理しているのは、あくまで『市民に公平に分配するため』。だから今その辺の露店で売られてるバッテリーとか合成食料は教会と全く関係無くどこからか流れてきたものだ。教会の統治が及んでいない無法地帯に巣くっている自治企業や重武装犯罪組織だって、生産設備を隠し持っているのだからそこから流れてきてもおかしくない。きっとそうだ。たとえそこで売られている合成食料ペレットが配給用の容器に入っていたとしても。
……おめでたい話だよなあ。
コロニーのメンテナンスをする『神』が居なくなったことで、電力も合成食料も生産量低下中だってのに、未だに配給制度は教会の偉い人が私腹を肥やすための道具にされている。
それでも真面目に医薬品だの配ってくれるなら、まだ存在意義はあると思うんだけど……どうだかなあ。
俺とスズネのリストコムが涼やかに鳴る。
RPアラートだ。
うーん、何か起こるのか?
「壊れゆく配給制度は、欺瞞に満ちた偽りの救い。それでも人々はあれに縋らなければ生きてゆかれないのです。
教会のやり口をご覧になる価値はあろうかと存じます」
忌々しげな堅い声で、神にぬかずく者としての意見を述べるスズネ。
流れるようなRPへの切り替えである。
「こちらへ」
スズネはビルの壁にへばり付く外骨格(骨粗鬆症気味)のような非常階段へ俺を招いた。
なるほど、ここからなら遠くが見える。
広場を埋め尽くす人波は、大物アーティストの引退ライブもかくやという有様。
俺はリストコムを起動し、カメラモードの望遠機能で広場の中心を見た。
するとそこには奇妙なものがあった。
金と白で装飾された巨大な神聖荷車みたいなものが鎮座しており、その上に偉そうな法衣を着たオッサンだの、金と白で装飾された神聖プロテクターを身につけている教会兵なんかが立っている。
で、その荷車を牽いてきたらしいのは自動車とかじゃあなく……なんかこう、形容しがたい奇妙な物体だった。
「……鉄板を貼り付けたスライムに牽かれた馬車……?」
「あれは『暴徒鎮圧用大型鉄装ナメクジ』です」
「あれが!? あれがか!」
攻略wikiでちらっと見ただけだが、その単語だけで俺は強烈に記憶している。
ジャイアントスラッグという巨大なナメクジの魔物に、いろんな機械をゴテゴテとくっつけたよく分からないUMA。恐ろしいことにこの世界で割とポピュラーな家畜だ。本来ジャイアントスラッグは知能が低すぎて飼い慣らせないのだが、メカ部分から神経に直接電極を突っ込んで操縦することで食欲以外は完全制御に成功した、らしい。
ナメクジ部分が見えないくらいにメカを特盛りされたせいで、俺からはメタリックな巨大スライムか何かにしか見えない。そいつは電気以外の何か(バイオマス燃料?)で動いているらしく、ドルンドルンと黒煙を噴いてアイドリングしていた。
「より一般的なのは『荷物運搬用中型鉄装ナメクジ』ですが、大型は大量の荷物を牽けるし、いざという時は戦闘に使えるます」
「なんで、なんでナメクジなんだ……」
俺にしてみればメカまみれの巨大ナメクジがそこに鎮座ましましているだけでカルチャーギャップなんだが、この世界の人々にとっては実際大したことではないらしく、皆は大量の物資を積んだ荷車の方に群れている。
「……奇妙ですね」
「え、何が?」
俺と同じようにリストコムで配給を観察しているスズネが言う。
「なかなか物資の配布が始まりません。普通は兵士がすぐに列を作るものなのですが。
それに、あの場所にいる人物。法衣のデザインからすると、こんな場所に普通は現れない上位聖職者です」
「ああ、あれってやっぱり偉い奴なのか」
山盛りの物資を背負うようにお立ち台に立っている法衣姿のオッサンは、人間か豚かで言うと僅差で人間に近い外見で、小物っぷりと底意地の悪さがそのまんま顔立ちに出てるような感じ。なんか腐り肥えた権力者のステレオタイプという印象の外見だ。見ているだけで共産主義に目覚めそう。
SPっぽい雰囲気の兵士が奇妙な機械を持って、青く輝く光のシールドを展開してオッサンをガードしていた。
『あー、あー。本日は祝福的なり。
良き教会市民諸君よ、聞きたまえ。私は第48教区長、ノリオ・ブラックだ』
オッサンことノリオ教区長が演説を開始。
暴徒鎮圧用大型鉄装ナメクジに接続された、音割れ気味の大音量スピーカー(もちろんこれも金と白で装飾された神聖な外見だ)が、脂っこいボイスを街に響かせる。
『皆に、悲しくて恐ろしい報告をしなければならない。
……極めて重大な背教行為が確認された。
神の名を騙る背教者が現れたのだ』