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#16 突撃隣のクリスマス

 その街の名は、辺境都市ダツエバ。


 えー、皆さんは奪衣婆というのをご存知だろうか。死者の着物を奪って罪の重さを量るという冥界の住人である。

 よりによってそんなもんを街の名前にするとか突っ込まざるを得ないような気がするのだが、設定上既に地球の歴史や伝承など遠い忘却の彼方に行ってしまいかけている時代で、いろんな単語が本来の意味を離れて使われるようになっているのだとかなんとか。

 この調子で変な名前の町や村がしょっちゅう出てくるのでいちいち突っ込んでもいられない。


 ともかくそこは、スペースコロニーの中とは思えないほどに素朴な(オブラートに包んだ表現)街だった。


 いかにもローテクで作られましたってな感じの、漆喰っぽいものと木材の建物が建ち並ぶ。

 通りに敷き詰められた石畳はなんか妙に軽い感触で、アンヘルが言うには合成石材らしい。

 いくら地球の環境を模したコロニーとは言え、この方舟の中には、建材に使えるほど石が積まれていないのだ。代わりに一種のコンクリートみたいな石材もどきがよく使われるんだとか。


 酒場に武器屋に冒険者ギルドときたら、ファンタジーな街並みそのものだ。そんな中をレーザーガン持った市民やら、SFバイクに乗った冒険者が行き交っているんだから実にカオス。あと、目付きのイってる人ばっかり出入りしてる『祝福屋』とかいう金と白に装飾された店があったり……いや、これは深く考えないでおこう。


 俺たちの乗った車は、そんなワケが分からない街並みの中を抜け、街はずれにある素朴な一軒家へと向かっていった。


 * * *


 有能秘書……もといアンヘルが事前に連絡を入れており、その家には既に人が待っていた。


 シンプルなリビング兼ダイニング兼応接間みたいな部屋で俺たちを出迎えたのは、顔色の悪いおやっさんと、いかつい中年のおっさんと、レーザーガンとSFなプロテクターを装備して『自警団』の腕章を付けたハリウッドアクションヒロインみたい女戦士アマゾネス

 そして、部屋の高いところに飾られた金髪ロリのご真影と、部屋の奥に堂々と飾られたクリスマスツリーだった。


 …………クリスマスツリー?


「それが珍しいですか?」

「あ、ええ、まあ……」


 思わずクリスマスツリーに視線を吸われた俺を見て、筋肉多めのいかついオッサンが気さくに聞いてくる。

 うーん、アバターのせいで身長が縮んでるから見上げるようにデカイ。


「他所から来られた冒険者の方ですか。あなたには珍しく思うかも知れませんが、これが我々の信仰の形でしてね。

 ……申し遅れました。私はこのダツエバの都市長で、カスミガセキと申します」

「ど、どうも……」


 反射的に名前に突っ込まなかった俺を褒めてくれ。


 カスミガセキさんは岩みたいにゴツゴツの手で俺の手を取って握手をする。

 何故かカスミガセキさんの厳つい顎周りは縦横に古傷が走っていた。


「お見苦しい顔を失敬、私はカミソリが苦手でしてね」

「いえそんな別にお気になさらず……」


 本当に何も気にしていなかったのに予防線を張るように、顎を撫でながらカスミガセキさんは言った。

 どう考えてもカミソリの傷じゃない気がするんだが。


「……私はパスカル。レインの父です。

 妻は今ラリって……じゃなく、悲しみのあまり伏せっておりまして……」


 不穏なことを言いおったのは、顔色の悪い痩せたオッサン。

 やっぱりこの人が病気してるという、レインちゃんのお父さんか。


「ささ、お掛けになって下さい。

 粗シャンメリーですがどうぞ」


 パスカルさんが俺たちに椅子を勧め、湯飲みに発泡飲料を注いだ。


『アンヘル……この辺の文化ってどうなってんの?』


 俺は泡立つシャンメリーを見ながら、口には出さず自分の頭の中に声を響かせるようにアンヘルに問いかけた。

 これは『ささやき会話』。MMOなんかじゃ良くある、自分と相手にしか聞こえない会話だ。

 リストコムの通信機能と、生体接続コンピュータである魔晶石コンソールを組み合わせることで実現しているという設定なんだとか。

 ただ、このテレパシー会話はちょっとコツが要るな……


 ちなみに俺の額の魔晶石コンソールは頭部を斜めに半分覆うヘッドマウントディスプレイ風サイバーヘルメットで隠してある。

 アンヘル曰く、『着けていても特に怪しまれる類いのものではない自然なカモフラージュ』だそうなので……不安だが信じるぞ。


『この辺境都市ダツエバは、教会が支配する地域と、その他の勢力が支配する無法地帯との中間に存在します。すぐ近くにサンタクロースカルト過激派の勢力圏がありますので、ダツエバの場合は一般市民にもサンタクロースカルトの文化が流入し、教会の信仰と混交している模様です』

『そんな、仏教が伝来したので土着の信仰と習合しましたみたいなノリで言われても』


 本当に大丈夫なのか、この世界。

 いや現在既に大丈夫じゃないんだけどそういう意味じゃなく。


「俺は、ウィンと言います。冒険者です」

「私はウィン様の電子の使い魔(サイバーファミリア)、アンヘルと申します」


 俺らも自己紹介を返す。


 ウィン、というこの偽名は、俺の本名である『マサル』にひねりを加えたものだ。

 俺の名前、リアルだと『賢』って書くんだけどさ。読み方だけ拝借して、『マサル→勝る→勝つ→Win→ウィン』ってわけ。スズ姉が検索エンジンに突っ込んだところ、普通に存在する名前でもあったようなので更に良し。


「ご丁寧に痛み入ります」


 パスカルさんは自分も椅子に座り、軽く会釈して机の上に小さなクリスマスリースを出す。

 いや、これを俺にどうしろと。


「ウィンさん。

 どうか、教えて下さい。あなたが見たものの全てを」


 痩せて落ちくぼんだパスカルさんの目が、刺すような眼光を俺に向けていた。

 粗末な部屋の隅には、棺が置かれ、その上にクリスマスリースが置かれていた。


 * * *


 実際の所、俺がレインちゃんに出遭ってからの出来事は、要点を掻い摘まんで話すならかなり短かかった。

 体感一時間ぐらい喋ったような気がしたけどな。


 俺は、森の入り口でレインちゃんに声を掛けられてからのことを順を追って説明した。

 ただ三条院を倒したのは俺の神様パワーじゃなくて、俺とスズネの協力ってことにしたけどな。その後アンヘルの案内で管理者領域バックヤードに隠れたこととかもとにかくカット。

 その辺の話をしないのは「俺自身の身の安全のためでもあるし……この人らを巻き込まないためでもある。


 自分の分のシャンメリーに口も付けず、じっと話を聞いていたパスカルさんは、俺が話し終えると目一杯沈黙してから、やっと口を開いた。


「自慢の娘ですよ……

 私は農業を営んでいるのですが、3年前の工業廃水流出事故で汚染された水を飲んでしまい、身体がショッキングピンクに点滅しながら倒れて……

 それから寝たり起きたりでしてね。

 あの子は私に代わって畑を耕してくれていたんです。遊びたい盛りだろうに……毎日……っ」


 パスカルさんとカスミガセキさんは、えーと……ツリーに巻き付ける金銀のもさもさした飾りってあるじゃん? モールって言うのかな。

 あれを取り出して、数珠みたいに手に巻き付けて祈った。


「サンタクロースよ、我が娘に安らぎをプレゼントしたまえ。メリー・クリスマス」

「メリー・クリスマス」


 そんな『アーメン』みたいなノリで言われてもクリスマスはクリスマスだよ。


「すみません。俺がいたのに、何もできなくて……」

「いえ、いえ、ごめんなさい。そんな意味では。あなたは祝福的で比較的トナカイです」


 意味はよく分からないが感謝してくれているらしい。

 嗚咽が喉に詰まったかのように彼はむせ返る。


「うっ、ゲホッ、ゲホッ……

 すみません、ちょっと失礼します」


 咳き込みながらパスカルさんは何か注射器か吸入器みたいなものを取り出した。


「薬ですか」

「ええ、()()()です」


 そして彼は、やにわにVR黎明期のゴーグルディスプレイみたいなものを持ち出すと、それを頭に被って注射器らしき形のデバイスを突き刺した。


「あ゛~~~~~~…………」


 俺は椅子の上でビクンビクンと痙攣するパスカルさんをしばし眺めていることしかできなかった。

 ものの1分ほどでそれは終わり、パスカルさんはディスプレイを外す。


 パスカルさんは歯磨き粉のCMみたいに爽やかに輝く笑顔をしていた。

 

「私は祝福的で心穏やかです」

「えっ、ちょっと」

「私は祝福的で心穏やかです」


 宇宙の彼方を見るような遠く澄んだ目で彼は繰り返していた。


「すまんですの。彼は倒れたときの後遺症で、感情が高ぶるとよろしくないものでしてな。

 こうして時折、祝福的で穏やかな心にならなければならんのです」


 隣のカスミガセキさんが補足する。

 要はラリってるってことじゃん。これが方舟八号棟で流通している『非物質ドラッグ』……電子ドラッグってやつか?


『……アンヘル、電子ドラッグって法的にOKなんだっけ?』

『脳と精神に回復不能な損傷を負う可能性がありますが合法です。

 教会が背教者に対する教育として行う『祝福』も基本的にこれと同じものです』


 あかん。


「ところで、一つ伺ってもよろしいでしょうか。

 ちょうどウィン様が戦っておられた頃かと思うのですが、森の方で空が赤く光るのを見たと言う者がおりましてな。

 何かご存知ではありませんか?」


 急にカスミガセキさんが核心を突いてきて、俺は飲みかけたシャンメリーをどうにかむせずに飲み下す。


 別にここは大都会ってワケじゃないからトップもフットワーク軽いのかも知れない。

 なんかパスカルさんと親しげだし、公人としてじゃなく彼の友達としてここへ来ているのかも知れない。

 しかし。わざわざ一番偉い人が出て来てまで俺から聞きたい話はこれだったりするんじゃないかな、もしかして。


 やばいかな、とちょっと俺は警戒したけれど、もし教会の意を受けて俺を捕まえに来たのなら、こうやって話を聞いたりしないで問答無用で捕らえていただろうなと俺は思い直した。


 ここは教会の支配がギリギリ及ぶかどうかのボーダーゾーン。俺とパスカルさんの話に立ち会ってるのも、教会兵じゃなくて自警団だ。

 そんな街だから大丈夫だろうとは思っていたけれど……

 さっきの天罰レーザーを見て、教会の連中がうろついてるに決まってる。アンヘルが言うには『多分大丈夫』とのことだったが、都市が教会に協力的だったりしたらそれもまずいことになる。


 自分の身の安全だけを考えるなら俺はこの街に近寄るべきじゃない。もうレインちゃんに関わるべきじゃない。

 それでもさ……なんか違うだろ? そういうの。

 ケジメは付けたかったんだよ。つまんない意地なのかも知れないけどさ。


「あれは……よく分かりません。ならず者が魔法を使ったのか、それとも別の何かなのか……

 とにかくあれは、俺たちが戦っていた場所からちょっと離れた場所で起きたことで……何が起こったのか、よく分かりませんでした」

「そうでしたか……皆が不安がっておりましたもので、何か分かればと思ったのですが」


 カスミガセキさんはそれ以上突っ込んで聞いてこなかったので、俺はちょっとだけ安心した。

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