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15/18

#15 255:255:255

 スズ姉の執念を感じさせるほどの手際で、ものの30分と掛からず俺のアバターは完成した。


「鏡をお持ちしました」

「……これが、俺……?」


 呆然とした俺の呟きは、ボーイソプラノな甲高い声に変換されていた。


 アンヘルがゴロゴロ転がしてきたキャスター付きの姿見に映っていたのは……

 男と言われたらギリ信じられるかなってレベルの、少女寄りな中性的美少年だ。


 年齢はローティーン。……だと思うがモンゴロイド以外の歳はよくわからん。コーカソイドとかそっち系のハーフってよりは、なんてーかこう、いかにも剣と魔法のファンタジーの登場人物的なアレ。

 さらさらショートの輝く金髪は神々しくも見え、まこと神の名にふさわしい。

 あとさあ、他人の目を宝石にたとえる表現ってあるよね? ああいうのクサいと思ってたんだけどさ俺。こういう時に自然に思い浮かぶわかりやすい表現ってやっぱ宝石だわ。この美しく透き通った赤い目は俺の語彙ではルビーにしかたとえられない。本物のルビーも見た事無いけどさ。

 顔立ちは職人芸を感じさせる比率で『可愛い』と『美しい』がブレンドされている。額の魔晶石コンソールも、この顔に嵌まってれば何か人外の神秘を感じさせるアクセサリーとして機能している。

 そして華奢な身体を包むのは、冒険者用の装備。赤と白を基調にしたミニワンピース風の、プロテクター付きサイバースーツだ。本来女物だが今の俺には違和感無く似合っちまってる。……あの、やっぱり下着までちゃんとセットにされてんすね。当然女物で。


 可愛い。

 すごく可愛い。

 自分自身でさえなければ可愛い!! だがこれが俺のアバターってどういうことだ!?


 ってか、床が近い! 天井高い!

 アンヘルもスズネもでかい!

 身長が急に縮んだから違和感やばい!


 巨大化したスズネは星が飛びそうな笑顔でサムズアップ!


「完璧! これならリアルのマサとは完璧別人ね。

 ところで一人称は『ボク』と『あたし』どっちにする?」

「しねぇよ! なんだその詐欺の見本みたいな誤った二分法!」


 キンキン声で俺は反論する。

 どっちを選んでも損する無茶振りの二択を吹っ掛けて相手を支配する。

 これは誤った二分法と言う典型的詭弁で、詐欺やパワハラでも使われる手でございます。


「まあいいや、後でまた別のアバター作ればいいんだし」

「そんなー」

「とにかく! これで街に出られるわけだろ。

 もういいから早く用事を済ませふみゃっ!!」


 半ばヤケクソで歩き出して、二歩で俺はずっこけた。

 同様のあまり足がもつれたとかいうわけじゃなく、何も無いところに躓いて転んだのだ。


「きゅ、急に歩幅が変わったから感覚がっ……!」


 地面までの高さも違うし、足の長さも違うし。そうだよVRはこれがあるんだ、久々だから忘れてた。

 農道で軽トラに轢かれたカエルみたいに俺は無様に突っ伏していた。


 尻が妙に寒い。そう言えば今はスカートを履いて……いやちょっと待て。

 俺はバネ仕掛けのように振り返って起き上がりつつスカートを押さえた。


 時間が止まったように身じろぎ一つせずこちらを見ているスズネ……

 視線が、怪しい!


「……スズ姉、まさか」

●REC(レク)

「消せーっ!」


 やっぱり視界にカメラ載せてやがった!

 多分、お披露目の瞬間からだよな!?


「ちょ、待ってよ! こんな可愛くて微笑ましい上に演出抜きの天然映像、他じゃ撮れないし!

 これがいくらになると思って……」

「まだ尊厳を売る気は無ーい!」

「分かった、うpるのはやめとく」

「助かった……」


 スズ姉が『消す』とも『見ない』とも言ってないことに気が付いたのは、かなり先になってからのことだった。


 * * *


 平原を真っ二つに切り裂く、ひび割れた古い舗装道路。

 そこを俺の乗った車が走っていた。


 四人乗りの乗用車は、やや流線型のフォルム。ありがちな未来予想図カーって感じだ。

 運転手はスズネではない。遂にログイン時間が限界に達して先程蹴り出されてしまったスズネに代わり、物理ボディに憑依したメインサーバーAI・世界運営支援システムことアンヘルが俺の運転手を務めていた。


 この車は管理者領域バックヤードに用意されていた大量の物品の一つだ。

 神様のための設備のみならず、強力なアイテムや種々の物資なんかも管理者領域バックヤードには貯蔵されていた。

 中にはロストテクノロジーをふんだんに使った地球遺産アーティファクトも存在したのだが、そんなもん持ち歩いてたら目立ってしょうがないのでひとまずお預け。普通によく見かけるような車を一台持ち出したところだ。


 助手席に座る俺は、結局あの格好。椅子が妙にデカイし、シートベルトは俺の身体に合ってないし、スカートを巻き込まないようセルフで尻撫でてから座るのってなんかすげー妙な気分だったし。

 でももう今夜はこれでいいや。こっちは昼閒だが、現実の時間はそろそろ夜中。今やっておくべき事をこなして、後はログアウトしてもう寝よう。

 このアバターをどうするか、とかは明日また考えよう。うん。


 ちなみにログアウトしたスズ姉は未だに通信を繋いでいた。

 リストコムからゲーム外のインターネットに接続可能なので、ゲームシステムのチャットではなく、外部ツールを使えばログインしてない人とも連絡が取り合えるのである。


 そこで俺はスズ姉から驚きの新事実を伝えられていた。


「えっ!? じゃあスズ姉に前のゲームで付きまとってBANされたPKって三条院なの!?」

『そ。まさか同じ名前でEaOやってるとは思わなかったけどね。しかも結構な高レベル……』


 なんか顔見知りらしい会話をしていたと思ったら。

 あのイカレPKとスズ姉はお知り合いというか、因縁の相手というか、加害者と被害者だったわけだ。


「まさか、スズ姉を追っかけてきたとか」

『そんなまさか……って言いたいけど何とも言えないなー。私が何のゲームやってるかなんて配信見てれば丸分かりだし。

 しかもあいつ、私のビルドをメタれる装備でPKやってたわけでしょ? これも配信見て、いつ私に会っても良いように対策してた……ってのは考えすぎかしら。

 ま、私は『祭司』の一族でプレイしてるから、居場所だの正体が掴まれないよう配信時もずっと注意してて、お陰で今まで尻尾掴めなかったんでしょうけど』

「そんなもん実質ストーカーじゃねぇか。

 運営とか警察に通報した方がいいんじゃ……」


 別に恋愛感情があるって風には見えなかったけど、あれはやべえ奴だ。

 粗暴で視野狭窄で歪んでて、その場の勢いで何をやっちまうか分からない。そういうタイプだと思った。

 リアルでもゲーム中でもどうにかして関わらないようにするべきだし、そのためには運営だの警察だのに頼るしかない。


 しかし、スズ姉は溜息をつく。


『どーかな。

 あいつ、このゲームではまだ私に付きまとってないからBANの理由が無いし、まして法律に違反してるわけでもないでしょ。

 一貫して行動を見ていれば異常だし危険なんだけど、それだけの理由じゃどうにもできないの』

「ううーん……」


 俺は確かにさっき、三条院に勝った。

 だがあいつは『再生者』だから、これでサヨナラってわけにはいかない。一時的に追い払っただけだ。

 そして……NPCじゃなくリアルの人間だから、結局根本的な解決はできていない。

 どうすりゃいいってんだ?


「マサル様。目的地まであと5分で到着します。正確には4分37秒ほどです」

「いかにもAIらしい言い回しをありがとうアンヘル」


 多分これはわざとそういう言い回しをする回路が組まれてるな。


「スズ姉、こっちもう着きそうだから一旦切るわ」

「了解。ハブ・ア・グッド・ロールプレイング!」

「おー、早く寝ろよ」


 ぷつっと通信が途切れて、俺は前を向いた。


「ロールプレイングね……」


 わざと軽い調子で言ったのかな、みたいなスズ姉の別れの挨拶が、なんか妙に耳に残ってやがった。


 ゲームと分かっちゃいるけれど、俺はどうしたって厳粛な気持ちになる。

 車の後部座席は倒されてトランクと一体化していて、そこには棺が一つ、収めてあった。

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