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#13 総天然色アンヘル座

「説明を始めてもよろしいでしょうか」

「ちょっと待ってくれ、これで……ここか?」


 アンヘルがこの世界の歴史について語ってくれるそうだが、この世界の化身自らが語る世界の歴史なんて言ったら、一級の考察資料じゃないか。

 当然ながら俺は動画として投稿するため、その語りを記録しようとしていた。


『録画ボタンは緑色になってる?

 カメラドローン持ってないなら、シングルタップで自動的に視界カメラになるはずなんだけど』

「じゃあ大丈夫だと思う……たぶん」


 ホログラム通信画面の向こうからスズネが操作を教えてくれる。

 リストコムをいじくり回して、俺はやっと録画モードを起動した。

 スズネがさっきやってたカメラドローンをいくつも出すようなやつじゃなく、俺の視覚と聴覚をそのまま映像データとして残すやつだ。

 こうすれば、映像記録に俺の姿は残らない。

 まあドローンを出す撮影法は、別売りのカメラドローンを買わなくちゃできないからってのもあるんだけどな。スズネは配信で飯食ってるから、大量のドローンを展開してベストアングルを継ぎ合わせられるようにしてるそうだ。


「お待たせ。じゃあお願いしていいかな」

「かしこまりました」


 アンヘルは一礼して説明を開始……するのではなく、壁際のスイッチを操作して部屋の電気を落とした。


「では、失礼致します」


 アンヘルは広い壁に向かい合う。

 そして、ブルースクリーン色の目を輝かせた。


 彼女の両目から光が投射されて、プロジェクターみたいに壁に光の画面を浮かび上がらせている。

 ……どうなってんの、コレ?

 そしてアンヘルの耳辺りから流れ始める、音割れした勇壮なBGM。

 ……だからどうなってるの、コレ?


『方舟八号棟の悲劇 ~いかにしてこの世界は窮地に陥ったか~』


 なんかこう、実物を見た事があるわけじゃないからイメージで言うけど……戦果を広報する第二次世界大戦中のプロパガンダニュース映画って感じのタイトルが大写しになって音割れ気味のナレーションが入った。


『遠い昔、この世界は……』


 以下省略。

 CM(地球時代に存在した企業のものらしい……)を挟んで30分間という、クソ長くてスペクタクルな映像を箇条書きで要約するとだいたいこんな感じだ。


 ・地球は環境汚染が酷くて住めなくなったので環境の再生を待つため、スペースコロニーをたくさん作って移り住んだ。

 ・その時、どっかの偉くて頭がおかしい人は考えた。『人の社会が進化しない限り、再生した地球に戻っても同じ過ちを繰り返すだけだ』と。

 ・そこで、コロニー毎にコンセプトを作り、特殊な社会形態を人工的に構築することで進化の方向性を探ろうとした。

 ・このコロニー『方舟八号棟』のコンセプトは『人造神による統治』。方舟の管理者権限という神の如き権能を一人の人に持たせ、それを頂点とした社会を構築するというもの。つまり現人神による神権統治になったのは、技術水準が後退して迷信が支配するようになったからではなく、当初からの設計通りだったのだ。

 ・神になるのは、地球時代に拉致だの保護だのされてコールドスリープさせられていた普通の人々。先代の神が死ぬと、眠っていた控えの神が就任するというシステムだ。

 ・しかし、神を補佐する機関である教会は徐々に自ら権勢を求めるようになった。

 ・神に従うのが遂に嫌になった教会は、神が持つ全ての武力に対抗策を練り、神に戦いを挑んだ。

 ・勝った。

 ・教会は自分たちの傀儡である偽の神を立てて人々に信仰させた。真実は教会上層部のみで秘匿した。

 ・方舟各所に『神予定者』のコールドスリープ設備が存在するのだが、教会はそこで徹底的に出待ちして、新たな神が生まれる度に、力を得る前に殺害して神不在の状況を保っている。

 ・俺が神として無事に誕生できたのは、まさにこのような事態に備えて厳重に秘匿された、隠し部屋のような場所で眠らされていたからだ。

 ・管理者が居ないせいで方舟はメンテが滞り、各所がどんどん壊れて環境がおかしくなっている。

 ・教会は神という抑えが無くなり、我が世の春に増長しまくっている。


 ……考察wikiに書かれてたような話もあるけど、全く根拠が無かった仮説の裏付けや新事実も混じっていて、正直頭がパンクしそうだった。


「あなた様と方舟の置かれた状況、ご理解頂けましたでしょうか」

「大筋では……」


 上映会が終わり、部屋が徐々に明るくなっていく中、俺はアンヘル二号に供された合成ポップコーン(外見も味も完璧なので何がどう合成なのか怖くて聞けない)を食いながら答えた。


「この世界をつつがなく運営することこそ、神たるあなた様の役目。

 まつりごとを正して、虐げられる人々を救い、壊れゆく世界を修復することがあなた様の使命にございます」

「役目だの使命だのさぁ……

 意地の悪いことを聞くようだけど、もし俺が拒否したらどうなる?」

『神様!?』


 通信の向こうでスズネが悲嘆するような声を上げる。グッド・ロールプレイング。

 対照的にアンヘルは全く動じなかった。


「どのようにもなりません。

 このコロニーはあくまで実験場です。神たるあなた様が神としての責務を拒否なさるのであれば、それすらも貴重なサンプルケース。何人なんびとにも強制すること能いません」

「じゃあ、別の質問。

 俺が神の仕事をやらなかったとして、代わりに世界を救ってくれそうな人とか居る?」


 少し、考え込むような間があった。

 と言っても超高性能AIであるアンヘルが答えに迷うはずもなし。人間らしい反応を演出しているのだろう、たぶん。


「何を以て『世界を救う』と表現するか必ずしも確かではございませんが、教会に所属する役人などの中にも、衆生を想い、少しでも多くの人を救おうと心から考えて行動している方は見受けられます」

『ですが、それで充分ならこの世界はここまで滅茶苦茶になっていません』


 スズネがすぐにアンヘルの言葉を拾って話を継いだ。


『我々『祭司』の一族に力があれば、悪しき教会を打ち倒して全ての無軌道を正すことができたでしょう。しかし、それも残念ながら不可能でした。あなた様のお力が必要なのです、神様。

 我々以外の勢力に至っては……』


 スズネは、忌々しげに小さく唸る。


『……教会に対抗しようなどと考えている者は、一部の誇大妄想狂以外居ないことでしょう。

 そして、大きな力を持つ自治企業や重武装犯罪組織などは己の利益しか考えておりません。

 教会以外で最も大きな勢力である『サンタクロースカルト過激派』からして事実上の重武装犯罪組織です』

「待って、あいつらそんなデカかったの!?」


 サンタクロースカルト過激派!

 単語だけでも頭痛を催すようなこいつらは、考察wikiの『プレイヤー発祥の勢力一覧』にも書かれていたので俺も知っている。でも、イカれた泡沫ジョーク団体だと思ってた! まさか教会以外で最大とか!


「少なくとも人数の面では最大です。

 彼らは表向きプレゼントによる相互扶助を訴え、地球時代の聖人サンタクロースを至高とする現世利益系の異端信仰団体でありますが、実態は『戦闘クリスマス』と『爆殺プレゼント』ばかりを尊び、『再生者』の強みを活かした無限自爆テロによってよく知られています」

『他勢力間の抗争など、何か大きな事件があればトナカイバイクで駆けつけ横槍を入れてきて何でもクリスマスにしてしまい、破壊と略奪の限りを尽くす危険な集団です』

「聞いてて目眩がしそうなんだが」


 これが公式の用意したNPC中心の勢力じゃなくプレイヤー発祥って辺りがイカれてる。世界観がイカれてるだけじゃなく、プレイヤーも世界観に当てられてだんだんおかしくなっていくんだろうか。


『とにかく……この世界を救うほどの力と意思を持ち合わせた勢力はございません。

 まして、壊れゆく世界を修復することは神様でなくば不可能なのです。

 もしあなた様がそれをなさらないのであれば……次の神様がお生まれになるまで、この世界はもつのでしょうか?

 いえ、あなた様がお生まれになったことそのものが奇跡。教会は、今度こそ新たな神様の誕生を妨害することでしょう』


 スズネは必死で、縋るように訴える。

 俺に見放されたら終わりなのだという必死さを滲ませて。


 無機質な視線と、画面越しの必死な視線。

 空調の音だけが妙に大きく聞こえてくる沈黙があって、それから俺は口を開いた。


「言ってみただけだよ。

 分かった。俺にしかできないって言うなら、やってやる」

『あぁあ……ありがとうございます! 私、信じておりました!』

「では、今後はマサル様のご意向に沿ってサポートをさせていただきます」


 スズネが歓喜し、アンヘルは恭しく礼をする。


 この俺に、神代賢プレイヤーとしての意見を聞かれたら、そりゃやるに決まってる。動画の配信報酬のことを考えれば、神様なんて美味しい立場を逃がすわけにはいかない。

 だけどそれだけじゃなく、俺は既にこの世界の住人としても、張るべき意地を抱えていた。


 結果論でしかないけれど。

 もしもこの世界がマトモなら。

 病気のお父さんに薬を飲ませるため危険な森の中に出かけて凶刃に倒れる孝行娘なんて、一人くらい少なくて済んだんじゃないかな、って。

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