#12 東京タワーに刺さって世界を滅ぼす名前
【PKK! 『三条院 旭輝麻呂』さんを殺害しました。】
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
膝が笑って、俺は崩れるように座り込んだ。
辺りにはレーザービームの薙ぎ払った痕跡が深々と刻まれている。
地面は焼け焦げて抉られ、サイケデリックな森は焼かれながらレーザーに寸断されて乱雑に散らかっている。
そして、天から降ってきたレーザーに貫かれた三条院は……死亡時の強制転送を受ける寸前、炭化していたような気がする。
アイテムをいくつかドロップして、消えていた。
達成感とかそういうのより、腹の中が空っぽになったような……
徒労感? 虚無感? そういうのでいっぱいで、俺は疲労困憊していた。
いろんな気持ちがグルグルに渦巻いて、整理できなくて。
「勝った……のか……」
『マサル様の勝利にございます』
自称・世界運営支援システムのお姉様が恭しく礼をしつつ俺を労う。
『……何が、起こったの?』
繋ぎっぱなしの通信の向こうでスズネは呆然としていた。
「あ、えっと、俺もまだよくは分かってないんだけど……」
かくかくしかじかと成り行きを説明すると、スズネはホログラム画面の中で驚いたり顔をしかめたりしていたけれど、俺の話が終わると最終的に何やら渋い顔になる。
『マサ、ちょっといい? そのスキルって神様だけが使える力なんだよね?』
「らしいけど……」
『しかも、めっちゃ目立つ。
……あのさぁ、多分教会は神様の力を知ってるはずだと思うんだけど』
「げっ!」
普段から正体隠して注意深く生きてるスズネ、即座にヤバいことに気が付いた。
迂闊にも俺は指摘されてようやくピンと来る。
あんなレーザーを空から降らせたら『ここに本物の神様がいますよ』って宣伝してるようなもんだ。
『すぐにそこを離れて! でないと……』
「ん? なんか聞こえるような……」
レーザー騒ぎで虫も鳥も静まりかえった森の中に、音割れしたような声が遠くから響いてきた。
『あなたのお部屋に監視カメラ! 背教者でないならやましいことはないはずだ! 身の潔白を証明しましょう!
本教区では来月から義務化されます。お求めは教会公式通販まで!』
「……なんだよ、この騒音公害ディストピアプロパガンダは」
『おそらく教会のパトロール車両と思われます。
通る道すがら、人々をより祝福的に教化するための放送を行うという規定があるようです』
ディストピアが止まらない。
ツッコミ所は置いといて、今ここで重要なのは教会のパトロール車両がこっちへ向かってるという事か。
『おそらく、先程の≪天罰≫を見てちょうど近くに居た車輌を急行させたものと思われます』
「やべえじゃん! ど、どうすれば……」
『ご心配には及びません。決して敵の入れない逃げ場所がございます』
ホログラムのお姉様は俺の焦りなどどこ吹く風で落ち着き払っていた。
……多分こいつ、目の前で地球が真っ二つになって三つ首のサメが天から降り注いでもこんな調子だろうから、こいつが落ち着いてたからって何の保証にもならないんだろうなとは思うけど。
と、ホログラムのお姉様はプロジェクターの電源でも切ったかのように掻き消える。
「逃げたー!?」
『そういうわけではございません』
声だけしっかり聞こえてきて、そして、近くの地面が持ち上がった。
「……え?」
上に薄く積もった土を押しのけ、地面の下にあったハッチのようなものが開いた。
地下から扉を押し上げて顔を出したのは……世界運営支援システムさん。
ただし、ホログラムではなく実体だった。
「管理者領域へご案内致します。ここは、神であるあなた様でなくば立ち入ること叶いません。
ちょうどここに入り口がございますのでこちらへお隠れあそばしてください」
「な、な、な、な、な」
いきなり地面を持ち上げてコンニチワって。
どういう状況!?
「お早く。教会の者が来てしまいます」
「わ、分かった。でも、その前に……」
俺はちらっと、逃げてきた方を見る。
スズネの死体は転送されて消えたけれど、NPCであるレインちゃんは違う。
……埋葬にこだわるのは、現実の俺の感覚みたいなものでしかなくて無意味なのかも知れない。
それとも彼女を守れなかった俺の意地みたいなものだろうか?
でもなんか、このまま放っておくのは……忍びない。せめて家族のところへ返してやりたかった。
「かしこまりました。お運び致します」
世界運営支援システムさんは、俺の視線だけで全てを察したらしい。
言うや、同じ黒スーツのお姉様方が地面の下からワラワラ湧いてきてレインちゃんの方へ向かって行った。
「……お前、五つ子だったの?」
「私は世界運営支援システム。
あくまで本体はAIでございますので、操作可能なボディがあればこの通り、分担して作業が可能なのです」
夏休みの宿題とか片付けるのに便利そうだな、と俺は思った。
* * *
「畜生ぅあああああああああ!!」
街の中に突如、咆えるような男の声が響き渡り騒然となった。
すぐ近くの立ち飲み労働ドリンクスタンドでドリンクを飲んでいた者たちが目を丸くしてその男を見ていた。
そこは『転送屋』……街から街へ瞬間移動するための施設の前。
この店には転送の他にもう一つ役割がある。方舟内部の施設でクローン再生された『再生者』が転送されてくる、わかりやすく言えば復活地点だ。
復活してきたのは言うまでもない。
三条院旭輝麻呂という名のプレイヤーだ。
装備を失って手術着のようなシャツ一枚の三条院は、ひび割れた樹脂タイルの敷石をゴリラの威嚇みたいにバンバン叩いて悔しがる。
「おい貴様、騒ぐのは祝福的でないぞ!」
「何をしているんだ!」
すぐさま金と白の神聖プロテクターで武装した教会系のNPC警備兵が三条院を取り囲む。
彼らは金と白に装飾された神聖レーザーガンを抜き放つと『ロック』『捕縛用』『祝福的』の三段階になっている安全装置を一気に『祝福的』に合わせて三条院に向けた。
「公共の場で騒ぐことは11の罪に該当する!
しかしお前が祝福的であり、教会に従順で敬虔なる信徒であると示すなら……」
「……クソ! 拾え、ゴミ共!」
警備兵が口上を述べ終わるより早く、三条院は電子マネーのデータを記録したチップを撒き散らした。
当然のような顔で警備兵たちはそれを拾い始める。
官憲が白昼堂々賄賂を求め、それによって怪しい男を見逃したわけだが、良くあることなので周囲の市民たちもすぐに日常に戻って行った。
そんな中を、肩を怒らせて足早に三条院は歩いて行く。
「あのガキ、なんだ、クソ、死ね、あの野郎、死ね、殺す、畜生……」
祝福的とは言いがたい呪いの言葉を、風が攫っていった。
* * *
暗い階段を降りた先には、ざっと3LDKくらいか? ってイメージの居住スペースがあった。
なんで地中にこんな場所が? という疑問には、俺が口にする前に世界運営支援システムさんが答えた。
「方舟八号棟は地球の環境を模しておりますが、あくまで人工的に作られた世界。
水や電気系統の循環設備など、世界の各所に管理用のスペースが存在します。
それが管理者領域。この居住スペースもその一つです」
「神用の隠れ家、ってこと?」
「本来の用途ではございませんが、この状況では事実上そうなってしまいますね」
モデルルームみたいに殺風景なダイニングキッチンに俺は通された。
メカボディのお姉様はキッチンでテキパキと飲み物を用意する。
「つまらぬものですが、どうぞ。お口に合うと幸いです」
「ありがとう」
SFちっくなケミカル色のドリンクが俺に供される。飾り気の無いガラスのコップに水滴が付いててキンキンに冷えてる感じ。
あれだけハードな戦闘をしたからか、身体のほてりや疲労感までしっかりVR的に再現されている。なんという作り込み。お陰で丁度飲み物が欲しい所だった。
そして一口飲んでみると……宇宙が見えた。
「…………なにこれ?」
VRの味覚だからとか関係無しにヤバエグイ。
マジでなんだこれ?
甘苦くて鼻に抜けるフルーティーなゲロ?
「アップルジュースとオレンジジュースと青汁とウーロン茶を3:2:2:1の割合で混合したものです」
「お前はドリンクバーではしゃぐ小学生男子か!
普通つまらねーし普通口に合わねーよ!」
「申し訳ありません。
私はこのように面白みの無いAIですので、親しみやすさを演出するために『たまに突然突拍子も無いお茶目を仕掛けたくなる回路』が存在するのです」
「お前を作った奴、石の入ったグーで一発殴らせろ」
「故人でございますが」
そうだよなー、こいつ遙か昔、地球時代にロストテクノロジーで作られた方舟の一部って設定だもんなー。
まあ目一杯好意的に解釈すれば、あんな滅茶苦茶な戦いの後だ。
俺の緊張とかそういうのをほぐそうとしてくれている……の、かも知れない。
「マサル様。目覚められたばかりで未だ混乱していることと思われますが、よろしければ私からこの世界の現状についてお話をさせていただけませんでしょうか」
相変わらずフラットな調子で彼女は言う。
「分かった、頼む。
スズネ……さんからある程度話は聞いてるけど、信じられようなことばっかりだし……正直言って、何が何だか分からないんだ」
さっきからリストコムがうるさいので、俺はあくまで『神』として振る舞う。
こいつがメタ発言を理解する保証も無いわけだし。
世界観については考察wikiで予習してきたけれど、それはプレイヤーとしての神代賢の視点であって、『マサル』が知ってるはずもなし。
まして俺にもまだ分かってないことがたくさんある。
……あ、そうだ。話の前に。
「スマン、そう言えばお前のことなんて呼べばいいんだ?」
ドタバタしてて名前すら聞くのを忘れていた。
「私は世界運営支援システム」
「それはもういいし呼びにくいから。何か愛称とかって無いの?」
「では、アンヘルと」
「分かった、アンヘル。まだ神って言われてもよく分かんないけど……
とにかくさっきは助けてくれてありがとう。それと、よろしく」
俺が握手のつもりで手を差し出すと、世界運営支援システム改めアンヘルは、その手を取って恭しく跪き手の甲に口づけをした。
ぎゃあああ!
や、柔らかくて瑞々しくて温かくてっ!
機械の身体とも思えないしVRとも思えないリアルさ。健全な青少年に良くない。
俺はアンヘルが手を離すなり、気持ちを落ち着かせようとダークマター系ミックスドリンクを呷った。
「と、と、ところでアンヘルってどういう意味?」
「天使を意味します。神たるあなた様にお仕えする身なれば」
「なるほど」
ドリンクをもう一口。
「ちなみに、現在私が使っているボディは地球時代に存在した会社によって製造された高性能セクサロイドであり、『アンヘル』とはそのボディの商品名でもあります」
俺はミックスドリンクを噴いた。